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イラン中部、ゾロアスター教の町ヤズドを訪ねて(1)

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イランが四季の変化と多様な気候に恵まれた国であることは、これまでに何度かお話してまいりました。そうした中で、日本にはない、イランの自然を代表するものの1つとして、皆様もご存知の乾燥した砂漠があります。しかし、砂漠地帯は単に灼熱の太陽が照りつける乾燥地域ではなく、昼と夜、そして夏と冬の寒暖の差が非常に大きいことが特徴です。また、イランの砂漠は単に砂地の広がる荒涼とした土地ではなく、その気候を活かした独自の都市文明が栄えました。特に、イラン中部の砂漠の中の町の1つであるヤズドは、イランの古来の宗教であるゾロアスター教の中心地として、他にはない歴史を育んできました。

ヤズド州は、イランの州の1つであり、地理的にはイランのほぼ中央部に位置しています。人口はおよそ75万人で、総面積は北海道よりやや大きい、およそ8万6000平方キロメートルです。この州の中心都市はヤズドで、テヘランからはおよそ670キロ離れており、長距離列車の他に空の便もあります。ヤズド州はタフト、アルダカーン、メイボドなどの10の行政県に分かれています。ヨーロッパ人として初めてヤズドを訪れたとされているマルコ・ポーロは、ヤズドの町を『学識の高い、優れた人々の住む麗しの町』として称えたということです。また、砂漠地帯にあるという土地柄から、快適に過ごせる建物が重視されたため、ここの地元民にはすぐれた建築家が多く、又商業に従事する人々も多いとされています。14世紀から15世紀には、ヤズドをはじめとするイラン中部から西部にかけて、モザッファル朝という王朝が栄えました。

さて、今回はテヘランから長距離列車に乗って、ヤズドを訪問することになりました。テヘラン駅を出発して2時間ほどで、以前にもご紹介したローズウォーターの生産で有名なバラの町・イスファハーン州カーシャーンに到着しました。ここまでは、まだところどころに草木のあるステップ草原が見られましたが、カーシャーンを過ぎてヤズド州に入ると、ラクダがのんびりと歩いている風景が見えてきました。ヤズドが砂漠の町と言われるゆえんです。ヤズド州に入って最初に止まったのはアルダカーンという名前の駅でした。アルダカーンの町は、イランのハータミー元大統領の出身地として知られています。そこからさらに30分ほど進んだでしょうか。テヘランから列車に揺られることおよそ6時間、ヤズド州の中心都市ヤズドまであと50キロほどというメイボドの町に到着しました。メイボドの駅に降り立ってみると、12月の半ば過ぎながらも強い日差しが照り付けています。駅から街中に出て、いよいよ砂漠の町の見学の始まりです。

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いざ、街中を歩いてみると、日干し煉瓦の表面を土で塗り固めた、一面に広がるベージュ色の家並みがとても印象的でした。また、ペルシャ語でクーチェと呼ばれる小さな路地が迷路のように入り組んでいます。そうした家々から、外国人の観光客に対し物珍しげながらも、純真な笑顔を見せる人々。この町の人々の話す言葉も、公用語のペルシャ語ではあるものの、テヘランではあまり聞きなれない言い回しや響きが聞こえてきます。高台に上ってメイボドの町を見渡してみると、この町の気候風土のせいでしょうか、ところどころにやしの木が生えている以外は、テヘランと比べて緑が少ないようです。そして、黄土色の土壁に囲まれた家屋、そしてところどころに四角い柱のようなものがいくつも立っていることに気づきました。これは、砂漠地帯にあるヤズド州を代表する建築物の1つで、バードギール・採風塔と呼ばれる、天然の風を利用したクーラーです。1つの方角、或いは四方に風を取り込むための解放口が設けられており、ここから入った風がこの建物の中にある貯水槽の水に当たって冷風となり、屋内を冷やす仕組みになっているとのことでした。地元の方のお話によれば、いわゆる電気を使用したクーラーでは電気代もかさみ、また人工的な風に当たることは健康によくないのに対して、天然の冷風であればこうした問題がないということです。これはまさに、砂漠の町ならではの生活の知恵といえるのではないでしょうか。ちなみに、メイボドの町ではある決まった方角から風が吹いてくるため、バードギールの風の取り込み口が1つの方角に統一されているのに対し、翌日訪れたヤズド市内のバードギールは、四方に風の取り込み口が設けられていました。また、ヤズドにあるバードギールで最も代表的なものは、旧市街にあるドウラトアーバード庭園内に建てられており、33メートルというヤズドで最高の高さを誇っています。なお、ドウラトアーバード庭園は塩分を含むイランの砂漠地帯の代表的な庭園であり、18世紀にヤズドの有力な族長モハンマド・タギーハーンによって建設されました。この庭園は、2011年にイラン式庭園としてユネスコの世界遺産に登録されています。

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さて、メイボドの町の全体を展望してから、今度はこの町の観光スポットをいくつも見て回りました。まずは、紀元前2000年に造られたといわれるメイボドの城砦です。日干し煉瓦を積み上げ、藁の混ざった土が表面に塗ってあるこの城砦は、日没時には西日に染まって全体がオレンジ色に見えるため、オレンジの城砦という別名もあります。5階建てのつくりになっているこの城砦の高さはおよそ25メートルで、その一部分についてはサーサーン朝時代に造られたとされています。

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次に見学したのは、この城砦から少々離れたところにある、チャーパールハーネと呼ばれる飛脚の中継地、即ち昔ながらの郵便局でした。チャーパールとは、もともとペルシャ語で主に馬を初めとする4本足の動物、そこから発展して馬に乗って手紙を運ぶ飛脚の意味を指しています。驚いたことに、イランでは紀元前6世紀ごろのアケメネス朝時代には、既に現在の郵便制度に相当するものがあったとのことでした。当時は、主に馬に乗って飛脚が手紙などの配達を行い、ある一定の距離ごとに設けられたチャーパールハーネで馬を休ませ、或いは取替え、さらに飛脚自身もここで休息を取り、或いは別の飛脚にバトンタッチしたということです。今回訪れたこのチャーパールハーネは、今からおよそ200年ほど前のガージャール朝時代のもので、昔のタイプライターや電話、古い切手、そして当時のチャーパールハーネの様子を撮影した写真などが展示されていました。このようなことからも、イランが他国に先駆けて、高度なシステムを持っていた国であることをうかがい知ることができました。

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砂漠の町ではまず、飲料水や農業用水を初めとする水の確保が欠かせません。砂漠の灌漑施設としてよく知られているのは、カナートと呼ばれる地下水路ですが、ここヤズドではカナートの他にもう1つの生活の知恵として、ヤフチャールと呼ばれる天然の屋外冷蔵庫、即ち氷室がいくつも見られます。現在は、もう使われてはいませんが、現代式の冷蔵庫が普及する前には、砂漠地帯の気候を利用した氷の保存場所として使われていたとの事でした。ヤフチャールといえばペルシャ語で冷蔵庫を指しますが、もともとの意味はヤフ・氷、チャール・穴または窪みを組み合わせた言葉で、即ち地中深く穴を掘って氷を保存する場所を指します。今回、メイボドの町で見学した氷室もそうした氷の保存場所であり、外から全体の構造を見ると、日干し煉瓦を円錐形のドームのように積み上げ、その頂点に穴が空けられていて、外側にはやはり藁の混じった土が塗られています。中に入ってみると壁の内側にはモルタルが塗られています。モルタルが塗られていることで、夏の間は外の熱風を遮断し、また全体の形状が円錐形になっていることから、内部の冷たい空気が動かないよう滞留させたままにしておくことができる、ということでした。実際に氷を入れる大きな窪みは、深さ7、8メートルほどでしょうか。砂漠地帯では、夏と冬の寒暖の差が大きいことから、冬のうちに貯水槽に水を張って氷を作り、これを氷室に運び込んで保管し、夏の暑い時期にその氷を利用していたのです。これも、砂漠ならではの生活の知恵といえるでしょう。

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次回は、ヤズドを代表する見所であるゾロアスター教関係の宗教施設を中心にご紹介する予定です。どうぞ、お楽しみに。

 

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