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イランの古き都、テヘラン西部・ガズヴィーンの名所旧跡を訪ねて(2)

今回も前回に引き続き、かつてイランの首都が置かれていたテヘラン西方のガズヴィーン州の見所をご紹介してまいります。

前回もお話しました通り、ガズヴィーンは著名な政治家や文化人、軍人、宗教家を輩出した町として知られています。さて、市内を車で走っていますと、オベイド・ザーカーニー通りという通りを見つけました。これは、今から700年以上前のガズヴィーン出身の詩人、オベイド・ザーカーニーの名前を冠したものです。この詩人の先祖は、イスラム初期にガズヴィーンに移住してきたアラブ族であるザーカーニーヤーンの一族に由来します。この通りを走っていくと、ガズヴィーン市内にあるもう1つの有名な博物館に行き当たりました。それは、現在はガズヴィーン民族博物館となっている「ガジャルの大浴場」です。ここは、今から5年前にガズヴィーン州文化遺産・伝統工芸・観光局により、民族博物館に改築されました。どうやら相当に人気のある見所のようで、入り口には既に長蛇の列ができています。順番を待つことしばし、やっと中に入ることができました。

ガズヴィーン民族博物館こと「ガジャルの大浴場」

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レンガ造りのやや細い階段を下におりていくと、明るく照らされた八角形のフロアに通じていました。フロアの壁にはいくつものアーチがあり、下から3分の1はスカイブルーを基調とした化粧タイルが施され、そこから上はレンガ造りになっています。
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中央には、現在でいう浴槽に当たると思われる八角形の池のようなものがあり、壁に掘り込まれた大きなアーチにはそれぞれ、人形を使って民族衣装の見本が展示されていたり、パン生地をこねたり、荷台に載せた野菜を販売したり、糸をつむいだり、果物を収穫したり、家畜の乳を搾っている様子などが再現されていました。
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さらに、当時の公共浴場で人々がくつろいでいる様子を再現したモデルもあり、その中にはこの浴場で実際に人々に対して行われていたサービスの1つ、吸い玉による放血療法を行っている人形のモデルもありました。この博物館の敷地全体の面積は、1045平方メートルにも及び、かなり多くの人々に利用されていた様子が伺えました。

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この浴場は、ガズヴィーンでは最も古く、最大規模の大浴場とされています。この浴場が造られた正確な時期については色々な説があり、西暦1636年とする説もあれば、イスラム暦1065年、または1057年とする説もあります。とにかく、この浴場は今から400年ほど前にサファヴィー朝のアッバース大王の命令により建設され、当初は「大王の浴場」と呼ばれていました。しかし、この浴場がアッバース大王に属する軍司令官の1人、アミールグーネ・ハーン・ガージャール・ガズヴィーニーにより建設されたことから、後に「ガジャルの大浴場」の異名をとったということです。この浴場は、人々の間でも相当に人気があったとされ、それはかつてこの浴場の入り口に掲げられていたという次の碑文にも現れています。

お優しき大王が造られた大浴場
この快適な大浴場は大好評
この浴場に入って出てくれば
誰もがさわやかな湯上りを味わえるから

中東最大規模を誇る「サアドッサルタネの複合施設」

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かつての大浴場に展示された民族色たっぷりの、そして昔ながらの風俗習慣や生活の再現モデルを見学した後、今度は世界でも最大規模を誇る、屋根つきの隊商宿とされていた、サアドッサルタネの複合施設を見学しました。この複合施設は、もともとは今からおよそ120年ほど前に、キャラバンサラーと呼ばれる隊商宿として建設されたものです。また、カージャール朝時代の最も価値のある建造物とされ、ここにはかつて商店の並びや喫茶店、公共浴場、モスクなどがあったほか、かつてラクダを休ませるために使われていたスペースも残されています。隊商宿は、町から遠く離れたところにあるもの、都市の入り口にあるもの、さらには都市の内部に設けられている場合の3つの種類がありますが、この隊商宿は都市の内部に設けられている隊商宿としては最大規模とされています。
また、サアドッサルタネという名前は、この建物がガージャール朝の王ナーセロッディーン・シャーの時代の末期に、当時のガズヴィーンの為政者バーゲルハーン・サアドッサルタネ・イスファハーニーの命令によって建設されたことに由来します。

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この人物は当時、イランがロシアやトルコと盛んに交易をおこなっていたことから、これらの国々とを結ぶ経路上の要衝にあるガズヴィーンに、2.7ヘクタールの敷地内におよそ400の小部屋を持つ隊商宿を造るよう命じました。この隊商宿ではその後第1次世界大戦まで、通商・貿易の拠点として盛んに商品の売買などが行われていたということです。しかし、ロシア革命が勃発してからは、次第にアジアとヨーロッパの交易上の架け橋としての位置づけを失い、ここでの経済活動は半減しました。しかし2008年からは、この隊商宿を歴史遺産として存続させ、また商業活動の活性化に寄与するため、ガズヴィーン市当局とガズヴィーン文化遺産・伝統工芸・観光局の協定による改修工事が開始されました。この複合施設のうち、既に改修工事が終了している部分については、近い将来レストランや衣料品店、生産工房の経営者などのテナントに貸し出される予定だということです。

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実際に、大通りの入り口から、この複合施設の中に入ってみました。総面積が2万6000平方メートルにも及ぶというこの施設内には、天井まで丹念にレンガが組み合わされたアーチが連なる通りが延々と続き、両側には多数の店舗が入るアーチ型のスペースが並んでいます。中には、既に商品が運び込まれている店舗もあり、近いうちに業務を開始する予定であることが伺えました。この複合施設の最大の見所は、2つの通りが交差して十字路を形成している、「チャハールスーク」と呼ばれる部分ではないかと思われます。この部分の天井は大規模なレンガ造りのアーチになっており、外からの光を取り入れる部分がいくつか設けられています。ベージュ色のレンガに、紺色に近い化粧タイルと思われるものも取り混ぜての、円形を基本とした精巧な幾何学模様が大変見事でした。

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この幾何学模様を見ていると、自分が子どもの頃によく使った、歯車の付いた円形定規に数多くの穴が空いていて、やはり歯車の付いた円の枠定規のなかで、穴にボールペンを入れてくるくると回し、色々な模様が描けるプラスチックの玩具である、スピログラフが思い出されました。スピログラフは、1960年代に、イギリス人の発明家デニス・フィッシャーが考案したということですが、もしかするとこの昔懐かしい玩具も、イスラムの幾何学模様と何かご縁があるのかしら、とそんな思いが脳裏をかすめました。

ガズヴィーンの郷土料理「ゲイメ・ネサール」を試食
さて、ここまでいくつかの名所旧跡を見学した後、市内の少々大きめのレストランで、昼食にガズヴィーンの郷土料理、ゲイメ・ネサールを食べました。これは、イラン全土で普通に見られる肉
と小粒の豆を挽き割ったダールのトマトペースト煮込み料理・ゲイメに、もう少し手を加えた料理というところでしょうか。
この料理の作り方を簡単にご紹介しますと、まず玉ねぎのみじん切りと一口大の肉をサラダ油で少々炒め、これにトマトペーストを加えて煮込みます。それから、イラン特有の細長いお米を油と塩で普通に炊き、炊き上がったライスのごく少量はサフランで黄色く染めます。ここまでは、普通のイラン料理のゲイメと同じですが、この郷土料理ではさらに、メギまたはヘビノボラズと呼ばれる植物の実、オレンジの皮を2センチにぐらいに細かく刻んだもの、さらにピスタチオとアーモンドを細長く刻んだものをそれぞれ別途に油で少々炒め、これに砂糖とバラ水を加えたものをライスにかけます。この少々手の込んだライスを、先ほどの肉を煮込んだおかずと一緒にいただきます。羊肉とトマトペーストの煮込みが、ライスにかけられた乾燥ナッツとオレンジの組み合わせと絶妙に溶け合い、この町の郷土料理の独特の風味を味わうことが出来ました。

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なお、このメニューが運ばれてきたときには、煮込みのおかずが別になっていて、白いライスの表面にサフランで染められた黄色いご飯と、赤いメギの実、ピスタチオとアーモンド、オレンジの皮のみじん切りで美しい模様が作られており、食べる前にビジュアル的な面でも、この料理を楽しむことができました。

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次回は、ガズヴィーン・シリーズの最終回をお届けいたします。

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