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世界の半分・イランの古き都イスファハーンを訪ねて(1)

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悠久の歴史を誇るイランには、いくつもの古い都が存在します。中でも、イラン中部の都市イスファハーンは、16世紀末に当時のサファヴィー朝の為政者、アッバース1世によりイランの首都に定められたことから、世界に誇る町としての道を歩むことになりました。また、イスファハーンは政治の中心地としてのみならず、シルクロードの要衝に位置することから商業の拠点、さらには文化、芸術の都としての地位を確固たるものにしています。当時、この大都市は、世界各地から訪れた商人や外交使節からは、世界の半分とも評されるほど栄華を極めました。今回から2回にわたり、イランの古き都、イスファハーンの魅力をたっぷりとお伝えしてまいります。

イスファハーンのあらまし
イスファハーンという地名は、もともとは「軍隊が駐留する町」、あるいは「戦いの野営の土地」を意味します。それは、7世紀にアラブ軍がイランに侵入した際、この町が兵士たちの野営のために使用されたことに由来するものです。イスファハーン州の中心都市でもあるこの町は、首都テヘラン、北東部の聖地マシュハドに次ぐイランで第3の都市とみなされ、人口はおよそ200万人ほどです。また、華やかなイスラム建築による建造物や世界遺産が数多く存在し、細密画、手工芸、じゅうたん製造などが盛んな、文化と芸術の町でもあります。このような魅力あふれるイスファハーンに、今回はテヘランから空路で向かうことになりました。テヘランから南におよそ400キロ離れたイスファハーンまで、飛行時間はおよそ50分。国内線に搭乗するのは、昨年11月にペルシャ湾に浮かぶゲシュム島に行った時以来のことです。周りのお客さんとの会話を楽しんでいるうちに、あっという間にイスファハーンに到着しました。空港に降り立ってみると、日差しはあるものの幾分寒く感じられました。気温は氷点下2度。テヘランより少々寒い中での、イスファハーン周遊の始まりです。

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アッバース1世の一大事業でもあった、ナクシェジャハーン広場
まず足を運んだのは、世界遺産にも指定され、南北に510メートル、東西に163メートルに細長く伸びている長方形の広場、「イマーム広場」でした。この広場は、ナクシェジャハーン広場、すなわち「全世界の図」という別名もあります。

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ここには、細かいタイル装飾が施されたスカイブルーのモスクや、イスラム風のアーケードつきの商店街、さらには多種多様な手工芸品などを販売する工房が並び、さらには馬車が走っています。まさに、この広場そのものが野外美術館とでもいうに相応しく、その壮大な光景に思わず息を呑んでしまうほどでした。時の為政者アッバース1世は、政治、経済、宗教の全てが大集合した最高の広場を造ろうと思い立ち、1598年に着工したものの完成には数十年を要したということです。

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<サファヴィー朝の為政者・アッバース1世>

壮麗なイマーム・モスク
というわけで、非常に見所が多く、話題に事欠かないこの広場のどこから見学しようかと迷いましたが、真っ先に目に付いたのは、広場の南側に佇むイマーム・モスクでした。これは、イランのイスラム建築の最高峰とも言える、サファヴィー朝時代を代表する建造物です。当時の為政者アッバース1世の命により、1612年に着工し、26年をかけて建築されました。4本のミナレットが立つこのモスクは、遠くからでも非常に目立ちます。
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ですが、まずはそのアーチ型の入り口の天井に施されている、スカイブルーを基調とした細かいタイル装飾が幾何学的に幾重にも連なっている部分が目を引きます。まるで、蜂の巣の内部のように、幾何学的なくぼみが規則正しく連なっている中にタイル装飾が施されており、とにかく見事の一言に尽きます。上を見上げてばかりで首が痛くなるのも忘れて、しばらくの間その美しさに見とれてしまいました。
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しかし、入り口だけで感心しているわけには行かず、モスクの内部も見逃すことはできません。そこで、この壮麗な入り口を通って短い回廊を通り過ぎ、広い中庭に出ました。ここは、大きなアーチの両側に、2段にまたがる小さめのアーチが連なった建造物に取り囲まれています。これらのアーチや壁、天井にもブルーを貴重とした化粧タイルによる見事な装飾が施され、それが延々と続いています。さらに、そうした化粧タイルによる独特の書体のイスラム書道も実に壮観です。これは、アラビア語によるコーランの章句でしょうか。

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さらに、このモスクのもう1つのポイントは、アーチ型の入り口を入った奥にある中央礼拝堂です。高さが54メートルにも及ぶその天井のドームの内装の美しいこと。ここにも化粧タイルを駆使した放射線状の幾何学模様が施され、その不思議なイスラム芸術の美しさは、いくら眺めても飽きません。
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しかも、面白いことにこのドームは外側のドームの内側に小さめのドームがあるという二重構造になっています。そのため、このドーム内で手拍子を打ったり、何か音を立てたりすると絶妙に反響します。試しに、地面を踏み鳴らしてみました。何とも言えない不思議な反響音が、ドーム全体に響き渡ります。この時ふと、小学校時代の修学旅行で訪れた、日光東照宮の薬師堂にある鳴き竜の水墨画が思い出されました。何度も手をたたいたり、床を蹴ってみたりしてその不思議な反響音に耳を澄ませながら、このモスクを後にしました。

イラン初の高層建築・アーリーガープー宮殿

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次に見学したのは、イマームモスクを出て向かって西側にある、アーリー・ガープー宮殿でした。これは、イランで初の高層建築と言われており、アーリー・ガープーとは、トルコ語で「壮大な門」を意味します。というのは、当時のイランの西方にはオスマン・トルコが栄えており、オスマン王朝の建築スタイルを取り入れて、この宮殿が造られたからだと言われています。18本の柱があるこの宮殿は、外から見ると3階建てに見えますが、実際には6つの階があります。さらに、この宮殿の関係者によりますと、アーリーという言葉はもともとはイスラム教シーア派の初代イマーム・アリーにも関係があり、そのためこの宮殿の敷地は聖なる領域と見なされていました。そのため、警察に追われている犯罪者や脱獄者がここに逃れてきた際には、警察であってもここに踏み込んできて彼らを捕らえることはなかった、ということです。

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もともとは、アッバース1世が迎賓館として建設した2階建ての宮殿だったのが、その後アッバース2世がバルコニーなどを増築しました。その後は、1階と2階は聖職者用のスペースとして使われたとされ、3階は池のあるバルコニー、4階と5階は国王の謁見を待つ賓客の待機室、そして6階は国王の命令で音楽会が催されたという音楽堂です。さて、意を決して中に入り、らせん状に続く階段を上り始めました。
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この階段は、段差がかなり大きく、しかもブルーを貴重とした化粧タイルが敷き詰められています。いずれの階もとにかく、壁や天井の装飾が大変見事であり、幾何学的なデザインや、アラベスク模様が延々と連なる装飾がびっしりと施され、栄華を誇ったサファヴィー朝の雰囲気が見て取れました。

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そうして3階に出ると、バルコニーに行き当たりました。向かい側には、これから訪れることになる王族専用の壮観なモスク、シェイフ・ロトフォッラー・モスクが見えます。また、道路や植え込みが規則正しく設けられているイマーム広場の全景を見渡すことができました。

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<現在工事中のバルコニーから見たイマーム広場とシェイフ・ロトフォッラー・モスク>

サファヴィー朝時代の王たちが、このバルコニーからポロを観戦したり、閲兵式を見学したという話は、なるほどとうなずけるものだと感じました。バルコニーの壁にも、当時の王朝時代の女性と思われる華やかな衣装を身に着けた女性たちの姿が描かれています。

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さらに、当時の宮殿内王侯貴族たちの様子を描いたと思われる壁画もあります。アラビアンナイトにでも出てきそうな、ターバンを巻いた男性たちと、その前で優雅に舞踊を披露する女性たちの様子が、色鮮やかな色調で描かれています。

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もう1つあるこの壁画は、馬に乗っている男性たちの姿が描かれていますが、これは戦争の様子でしょうか、それともかつてサファヴィー朝の為政者たちがこの宮殿のバルコニーから見学したというポロの試合の様子でしょうか。
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そして、この宮殿のもう1つの重要な見所は、最上階の音楽堂です。音響効果を挙げるため、アーチ型の天井には、イランの弦楽器タール、もしくはセタールかと思われるような形の数多くの穴が、規則正しく設けられています。これがまた、全体として眺めた場合に絶妙な光景をかもし出しているのです。壁の材質は漆喰だということでした。音響とビジュアルという2つの効果を挙げるための、この不思議な装飾に、しばし時間を忘れて佇み、当時ここでどのような音楽会が催されたのだろうかとの思いにふけりました。

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外国人観光客のコメント
とにかく、この広場の中の見所では外国人観光客が目白押しです。ヨーロッパ系と思われる人々のほか、韓国人を初めとする東洋系のお客様の団体にも遭遇しました。ここでは、そうした中、エジプトからイランを見物にやってきたという、アブドゥルハミド・ラフマンさんにお話を伺うことができました。

イスファハーンの町をどのようにご覧になりますか?
―私は、テヘランをはじめとするイランの他の町も訪れたことがありますが、イスファハーンは他の町と比べて、独特の都市計画により街路区画がきちんと整備され、非常に整っていると思います。また、私から見てイスファハーンの最も大きな特徴は、建築技術や多種多様な手工芸などの芸術が非常に盛んであること、そしてイスラム圏にありながらキリスト教会やゾロアスター教寺院などが混在し、平和共存のイメージが感じられることです。エナメル細工やじゅうたんなどのイスファハーンの手工芸品は、イランのお土産として最適ではないでしょうか。また、私はイスラム教徒としてジョルファー地区のヴァーンク教会を訪れましたが、同じ神の啓示宗教でもあり、一方でアルメニアの文化的要素を漂わせる独特の雰囲気に、大変感銘を受けました。
日本人の皆様に、一言メッセージをお願いします。
―私たちエジプト人にとって、日本国民の皆様は兄弟のような存在です。イランには大変数多くの見所が存在しますが、その中でも、イスファハーンの美しさは格別であり、まさにイランの真珠というに相応しいものです。イランへのご旅行の際には是非、イスファハーンを訪れていただき、悠久の歴史と華やかな文化、そして芸術を満喫していただきますよう願っております。

イマームモスクに勝ると劣らないシェイフ・ロトフォッラー・モスク
さて、今度はアーリーガープー宮殿のちょうど向こう側にある、王族専用のモスク、シェイフ・ロトフォッラーのモスクに足を運んでみました。これもやはり、アッバース1世の命により造られたものですが、その目的は、レバノンの著名な説教師シェイフ・ロトフォッラーを招聘するためだったとされています。そもそも、イランではそれまでスンニー派のイスラム教徒が主流だったということですが、その中でイランの国教をシーア派に定めるという英断を下したのが、アッバース1世でした。しかし、そうした事情で当時のイランにはシーア派の指導者がいなかったため、シーア派教徒の多いレバノン南部から指導者を招く必要が出てきます。そこで、アッバース1世の白羽の矢が当たったのが、レバノンのシーア派指導者シェイフ・ロトファッラーだったという訳です。ちなみに、現在イランで女性用のイスラム的な黒装束チャードルを、シーア派スタイルのイスラム服に定めたのもアッバース1世だといわれています。さて、このモスクは、王族専用であることから、先ほどのイマーム・モスクよりも小さめで、普通のモスクに見られる中庭やミナレットはありません。

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このモスクのドームは、ベージュ色のそのほかの部分の壁と逆に、ブルーを貴重としたとても華やかなものです。
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その入り口にも、イマーム・モスクと同様に鍾乳石状の見事な装飾が施されています。

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そして、そのドームの内部に見られるモザイク模様は、実に見事なものです。このモスクの装飾の特徴として、絵柄のある化粧タイルではなく、小さなサイズの彩色タイルをモザイク上に敷き詰めることとで独特の模様ができていることです。

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イランの典型的なモスクは、ブルーを基調としたものが多くなっていますが、このモスクのドームや礼拝堂の内部はクリーム色のタイルが多く使われています。特に、ドームの内部を全体的に見ると、中央部の円形の模様の周りを、外側に向かうにつれてだんだん大きくなる網目が広がっているように見えます。

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1つ1つの網目の模様の中にも、さらに細かい模様が施され、まさにイスラム芸術の最高峰というにふさわしいものです。ちなみに、このモスクは1601年に着工してから完成までに17年間を要したと言われています。

多数の土産物店などが連なるゲイサリーエ・バザール
さらに、この広大なイマーム広場は、北側にあるゲイサリーエ門が正門となっており、ここから先はゲイサリーエ・バザールと呼ばれる、イスラム風の市場があります。アーチ型のアーケードが続く屋内には、観光客向けに絨毯や手工芸品、イスファハーンの郷土銘菓などを販売する商店が軒を連ねています。

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その手工芸品もまた、エナメル細工や銀細工、木工細工、ガラス細工、象嵌細工など非常に多岐にわたり、見る者を飽きさせません。銀細工の工芸品を売っているある店舗では、職人さんがお客様の前で金槌と釘のようなものを使って、銀板に模様を打ち込むデモンストレーションをしていました。その巧みな作業から生まれる美しい模様は、見る者をうならせるものでした。

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このバザールには、イスファハーンのお土産が大集合していると言ってもよいかもしれません。1つ1つのお店を覗きながらの、バザールでのそぞろ歩きも、イスファハーンでの楽しみの1つと言えるでしょう。

この広場の見学の締めくくりに、先ほどから広場の内部で何度も出会っている馬車に乗ってみることにしました。軽快な足取りで走る馬車は、今まで見学してきたモスクやアーリーガープー宮殿、手工芸品の工房の並びの前を通っていきます。かのアッバース1世とその一族たちも、広場の内部を移動するときにはこうして馬車に乗っていたのでしょうか。白馬が引く馬車に揺られながら、しばしサファヴィー朝時代の王侯貴族になったような気分を味わいました。この広場全体を見学してみて、まさにイスファハーンは世界の半分だと実感しました。

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次回も、まだまだたくさんあるイスファハーンの魅力をお伝えしてまいります。どうぞ、お楽しみに。

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