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イランの新年ノウルーズ

イランの文化には、喜ばしい祭礼やイベントが数多くあります。イランに古くから存在する新年の行事ノウルーズは、こうした祝賀行事の一つで、イランの各都市において、社会を構成する全ての民族の間で、古代から現在まで様々な形式で行われてきました。イランでイスラムが伝播するとともに、この古式ゆかしいノウルーズは、精神性を帯びたものとなり、宗教的な慣習を伴うようになりました。新しい年へと暦の日付が変わる瞬間にコーランの節を朗詠するのは、イラン人の持つこの慣習が、宗教と切っても切り離せないものであることを物語っています。ノウルーズと信仰の結びつきが一般的なものであることによって、イランの文化の明白なシンボルとなっており、現在、新年を祝うノウルーズの祭りは、広大な国土の大部分に浸透しています。それでは、ノウルーズの儀式をご紹介しながら、イランとその近隣諸国の人々に共通する文明および遺産についてお話していくことにいたしましょう。

イランの新年、ノウルーズという一大イベントは、イラン暦12月にあたる西暦3月初旬から始まり、4月の初旬にあたるイラン暦1月13日の、野外へのピクニックをもって幕を閉じます。年末の数日間は、「家をひっくり返す」という意味の、ハーネテカーニーと呼ばれる大掃除を行うのが普通です。この時には、新春の訪れに備えて、誰もが家や家財道具、そして公共の場所をきれいに磨き上げます。実際、その年の終わりに住まいの大掃除を行い、地域や住居空間の汚れを落とすことは、古い埃を払い落とし、清潔な環境を整えて、新しい年を明るく迎えようとする証なのです。

 

さらに、イランの人々は、住まいの整頓に加えて、新しい衣服や履物を揃えたり、来客用のお菓子や乾燥ナッツ類の買出しも行います。イラン人の仲間意識や連帯感の強さからして、毎年歳末の時期には、イラン全土に共感をともなう親密な雰囲気が漂い、全ての人々が自分のできる範囲で金銭的な援助を行うことにより、恵まれない人々も、新年の喜びを味わうことができるようにするのです。ここ数年には、一部の政府組織や民間団体の協力により、こうした人道的な支援活動が公に行われ、慈しみや同情心にあふれた雰囲気が生まれています。

イランの新年の慣わしの一つで、昔から存在し現在もなおイラン全土に広まっているものとして、ハフトスィーンという7つの祝いの品物を、食布に陳列する習慣があります。古くからのしきたりや信仰に倣い、家族全員が、年が変わる瞬間には自宅にて、ハフトスィーンを並べた食卓を囲んで座ります。ハフトスィーンのハフトとは、ペルシア語で数字の7を表し、スィーンはペルシア語のアルファベットのSを表します。つまりスィーンで始まる7つのもの、という意味です。Sではじまるその7つのもので代表的なのは、りんご(Sib)、ほそばぐみ(Senjed)、ウルシ科の植物スーマック、にんにく(Sir)、ヴィネガー(Serke)、草の芽(Sabze)、麦芽でつくる練り菓子(Samanu)で、これらは、農作物の生育や豊かさを示しています。これに加え、コーラン、鏡、ろうそく、金魚が泳ぐ水を一杯に張った金魚蜂、色塗りした卵、ヒヤシンスの花やコイン、といったものが、ハフトスィーンに並べられます。

 

年が変わる瞬間には、家族全員がこの食布の周りに集まり、年明けの祈祷を捧げてからコーランを朗詠します。家族の中の年長者は、家族の一員に金銭や贈り物をお年玉として渡します。それから皆でお菓子を食べ、新年の甘みを味わい、お互いに新年のお祝いの言葉を述べます。一部の家庭は、自らの宗教的な習慣に基づいて、年が変わる瞬間を、巡礼所や、イマームの聖廟といった、精神性溢れる場所で過ごし、神の御前で人間の尊厳や、英知のみ光の恩恵に浸るのです。年が変わる喜ばしい瞬間に、このような精神性あふれる空間で神への祈祷や賛美を行うことにより、心が晴れ、すがすがしさを感じることができます。このため、イラン北東部の聖地マシュハドにある、シーア派8代目イマーム・レザーの聖廟、ゴム市にあるマアスーメの聖廟、シーラーズのアフマド・イブン・ムーサーの巡礼地やその他の聖地は、聖なる場所で年の変わる瞬間を迎えようとする人たちで賑わいます。とにかく、全ての人々が、自然空間や生活環境、就労環境を清潔にすることで、自らの心の汚れをも取り払い、精神の穢れを清めることに努めます。

 

年が変わると、年始周りの挨拶が始まります。人々は、この年始周りによって、悪感情を敬愛に変えようとします。この習慣は普通、まず年下の者が年上の者に対して行い、それから、それに対して年長者が年少者のところに挨拶に来る、という答礼訪問が行われます。親族や、友人同士の間では、こうした年始回りは繰り返し行われ、明るい喜びに満ちた雰囲気の中で、お年玉に相当する年賀の贈り物を交換し、果物やお菓子、ナッツ類を食べながら和やかに過ごします。イランの人々の中には、お正月休みの期間中、国内各地を旅行し、ふるさとに帰省して、春の自然のみずみずしさやさわやかさを満喫する人もいます。ノウルーズの休みのしめくくりは、イラン暦1月13日、春の自然散策を楽しむピクニックです。この時に、それまで飾っていた縁起物ハフトスィーンのうちのサブゼは川などに捨て、未婚の女性や少女たちは草を結び、幸せな結婚を願います。翌日からは、人々はお正月気分や楽しい思い出にけじめをつけ、気分新たに仕事や勉学をスタートさせるのです。

 

 

 

イラン人の祝祭のうちで最も古く、日本の春分の日にあたるイランの新年の行事ノウルーズが、2010年2月23日に国連総会で満場一致により可決され、ノウルーズ国際デーとして正式に承認されました。この決議案は、国連のイラン代表部並びに、トルコ、アフガニスタン、そしてイラン北部の近隣諸国であるアゼルバイジャン、トルクメニスタン、タジキスタン、カザフスタン、キルギスタンの各国の共同のイニシアチブにより、国連総会に提出されたものです。これらの国々の総人口は合計で3億人に上り、国家レベルでノウルーズを祝っています。ノウルーズは、その重要性や様々なしきたりを有することから、2009年9月30日にユネスコの無形文化遺産に指定されています。


ノウルーズは、単なる暦の上だけのものではなく、根深いルーツを有する文化です。この祝祭は、様々な伝統習慣とともに、毎年、地球上の数百万人もの人々に対し、希望と平和、幸福をもたらしてくれるものです。ノウルーズは、ペルシア人の住む土地で、初めて産声を上げました。イランが様々な民族や文明の発祥地であった数百年の間に、ノウルーズは、アジア、中央アジア、中東、コーカサス、バルカン半島そしてそれ以外の地域に住む、数百万人もの人々の共通語のような形で出現してきたのです。今や、全世界でこのノウルーズを祝う人々の数は、3億人以上に達しています。ノウルーズを祝うことは、人類の輝かしい文明のルーツや歴史、価値観を尊ぶことであり、このことは、数世紀にわたって人間の持つ価値観を、古い世代から新しい世代へと伝えるものでした。また、ノウルーズは、全ての人間社会にとってあるべき、自然と調和した生活文化を広める、という側面をも有しています。

 

ノウルーズは、古代イランの国土に広がる祝祭であり、イラン社会を構成する全ての階層の間で、古代から現代に至るまで様々な形で執り行われてきた慣わしの一つです。イラン人が、イスラム教に改宗したことにより、古くから続いてきたこのノウルーズという慣習は、独特の精神性を帯びるようになり、イラン人のアイデンティティーを維持しつつも、イスラムの価値観が加えられました。ノウルーズは、春分の折、自然のみずみずしさや新緑の季節そして、イランやアフガニスタンの新年の始まりと時を同じくするものです。また、この祝祭は、イランの近隣諸国の多くにおいても、花の芽吹きと再生の季節である、春の訪れを祝う行事として執り行われます。

この春の祝祭を大切に迎えることは、イランの全ての民族にとって、イラン国民としての団結と統一の基軸と考えられています。また、このことにより、今やノウルーズは、イラン文化の象徴となっています。この歴史ある習慣は、中央アジア、コーカサス地方、中東に渡る広大な地域に住む人々が、過去から現在まで持ち続ける古くからの文化の共通性を強調しています。この国民的な祭りは、その伝統の全てをもって、喜びや麗しさ、親密さ、花々の開花のメッセージをもたらすものであり、且つイランやイスラムの文化と融合しています。また、ノウルーズの国際化に伴い、今やこの春の祭りは、全世界の人々に平和と団結のメッセージをもたらしています。3月21日をノウルーズ国際デーとして迎えるにあたり、イランのこの歴史ある祭りが、全世界に平和と友好、情愛という吉報をもたらすよう望みたいものです。

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