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新型コロナ禍でのイラン人就学児童・生徒、揺れる新学期

イランでのオンライン教育ネット・シャードシステム

 

昨年末に新型コロナウイルスが発生してから、8ヶ月以上が経過しました。これまで全世界でのニュース報道や日常生活で「コロナ」、「新型コロナウイルス」という言葉が聞かれなかった日は1日もなかったと言っても過言ではありません。これまでにもリーマンショックやSARSの流行、そのほかの天災や情勢不安など、日本やイランをはじめとする世界は様々な危機を潜り抜けてきました。しかし、そのいずれも現在のコロナウイルス危機ほど長期には至らず、あるいは世界の一部の国や地域に限られていたのではないでしょうか。今回のコロナ危機は100年に一度の危機とも称され、全世界を同時にダッチロールに巻き込むとともに、鉄道・航空運輸や飲食、観光業などをはじめとする様々な産業、ひいては世界経済全体の麻痺・ロックダウンという、前代未聞の危機を引き起こしています。

そしてそれは、未来を担う学齢期の子供たちの世界にも大きな影響を及ぼしています。特に、コロナウイルスの蔓延により学齢期の子供たちが学校に通えない、それに伴い学業や学校関連の活動に参加できない、定期試験や入試対策に支障をきたすなどといった事態に陥っています。ユネスコ国連教育科学文化機関の調査によりますと、世界188カ国で教育機関の休校措置や、オンライン授業への切り替えなどにより、全世界の児童・生徒、学生のうち、91.3%以上に上る15億7600万人が通学できなくなっているということです。

この点に関して、イランでも決して例外ではありません。コロナ流行当初はマスクを着用しての通学風景が見られたものの、コロナ感染が益々拡大し、第2波も発生していることから、イランでも現在すべての教育課程がオンライン授業に切り替わっています。

コロナ流行当初のテヘラン市内のある男子中学校の登校時の様子。校舎に入る前に生徒1人1人を検温

コロナ流行当初のテヘラン市内のある男子中学校の登校時の様子。校舎に入る前に生徒1人1人を検温

コロナ流行当初は、マスク・手袋着用での登校が許されましたが、現在ではそれも不可能となり、全てオンライン授業となりました

 

これに伴い、日ごろ学校に行き昼間はいないはずの子供がずっと家にいるという事態が、それまでになかった様々な問題を引き起こし、日本でも大きく報じられていたことは、皆様のご記憶にも新しいと思われます。ここイランでも本来の9月中旬過ぎの新学期の開始を前に、イランの学校現場や教育界が大きく揺れており、また学齢期の子供たちやその保護者の不安や不満が高まっています。今回は、イラン国内で聞こえてくるコロナ禍の新学期の行方をめぐる、教育関係者らや学齢期の子供たち、その保護者らのホットな声をお届けしてまいりましょう。

イランは現時点で既に感染者の累計数が36万人、死亡者数が2万人を超え、中東アジアはもとより世界でもコロナの被害が深刻な主要国とされています。しかし、その国土が広いことから、新型コロナウイルスの蔓延状況には州や都市ごとによって、また市部と郡部などで多少の差が見られます。

イラン政府は、新型コロナウイルスの感染者と死亡者の数に応じて危険度が高い順に赤、黄色、白の3つに各区域を区分しています。白の地域は、感染者や死亡者の出ていない状態が続いているリスクの低い地域、黄色は中程度のリスク、赤は高リスクの地域とされています。

さて、日本のように文部科学省の定める学習主導要領にのっとり、複数の教科書会社があって各学校が教科書を選ぶ、というやり方とは異なり、イランでは小中高全教育課程を通して、全ての教科・科目において全国一律の国定教科書を使用しています。このたび、教育課程のオンライン化に伴い、全国統一のシャード・システムというオンライン授業が開始されました。シャードというのは、ペルシャ語で「喜び」を表す言葉です。普通なら、大雪などで学校が休みになると子供たちが喜ぶ光景が見られますが、コロナによる長期間の休校と授業のオンライン化は、必ずしも従来のように子供たちにとって嬉しいことばかりではないようです。

そこでまず、この問題に関してイラン南部ホルモズガーン州の教育関係者に話を聞くことができました。この州もコロナ感染が一時期深刻なレベルに達した地域の1つです。この関係者は次のように語っています。

「今年の新学年の開始は、例年の9月23日より早い9月5日ごろとなりそうです。但し、児童生徒は毎日ではなく、登校しての教室授業が週3日、自宅でのオンライン授業が週3日となる可能性が高まっています。現在の案としては、子供たちは土・月・水に登校するグループと、日・火・木に登校するグループとに分けられる見込みです。当州ではこの方式の実施に向けた準備が急ピッチで進められています。授業のビデオ収録も、かなり前から始まっています。現在、州内にある3400校のうちおよそ3000校が今月中旬過ぎまでに、国営のネット網とつながる見込みです。

新学期開始間近の時点で、州の状況が白ということであれば、登校しての対面授業とシャード・システムの活用プラス特別活動、という形で新学期を開始することになります。もし、黄色の状態であれば、対面授業を本来の予定の半分とし、残りはシャードシステムなどのオンラインによる問題練習に当てられる見通しです。そして、最悪の赤だった場合は全ての授業がシャードシステム・オンライン形式となります。

現時点で我々が把握している情報によれば、州内の全児童生徒および教職員のおよそ90%が、自宅にインターネット環境が整っています。しかし、州内には児童生徒数が5人から10人と非常に少なく、ネット環境のない学校が406校あります。さらに、様々な理由で自宅にネット環境のない子供さんもいます。このような事例に対しては、ダルスナーメと呼ばれる紙版の教材とDVDの配布により対応することになります。

制作が完了した、ネット環境のない子供向けのDVD・紙版教材(ダルスナーメ)の前に立つ州教育関係スタッフ。イラン西部ハメダーン州ではおよそ7万2000人、コルデスターン州では7万5000人の子供に配布される予定です

 

ですが、このようなオンライン形式での新学期の開始は教職員側にとりましても初めての経験です。特にこの方式が長期間続いた場合、果たしてこれまでと同様の成果が上がるのか、予期せぬ問題が浮上してくるのでは、という懸念はぬぐえません。コロナ期以前の全日制通学方式の時でさえ、勉強が苦手、嫌いであったり、学習障害があり習得力の弱い、集中できない子供さんは少なからず存在していました。対面授業を毎日行っても、教師が教えた内容を子ども全員がすんなり習得することはまずありえません。ただでさえ苦労が絶えないところで、今後教師の目が直接届きにくくなる状態で、落ちこぼれや落伍者を出さずによりよく学習内容を習得させられるのか、大学入試を目指すお子さんにしかるべき学力をつけさせられるのか、特に小学校の低学年で、まだ決まった時間にじっと座って学習する習慣が十分身についていない、または困難である子供にはどう対応するのか、などなど問題が山積しています。

教師側としての最大の懸念事項は、長期間このような状態が続いた場合の、特にネット環境のある子供とそうでない子供の格差です。遠隔地や僻地では、Wi-Fi環境のない児童生徒や学校も存在します。そういう子供たちが、大学受験に必要な学力をつけることができるのか、こうした格差の問題については、時間が経過してみないとその結果が把握できません。教師側も大きな試練に遭遇しています」

人口が少なく交通の不便な地域ではネット環境のない家庭も少なくないため、ダルスナーメが配布され、学校関係者などが保護者に説明します(南西部コフギルーイェ・ブーイェルアフマド州にて)

 

ダルスナーメの配布を受ける児童と保護者(西部ハメダーン州)

教育関係者側としては、このように現状でできる限りの最大限の努力により受け入れ態勢を整え、児童生徒の学力・学習の維持・向上をはかろうとしていますが、学齢期の子供たちやその保護者の間から聞こえてくる声もまた切実なものです。

児童生徒や保護者にとっては、学校環境という、家庭での甘えやわがままの許されない、教師やクラスメート、ある意味でよき競争相手がおり、子どもに学習を促す環境の存在は非常に大きいと思われます。学校環境は、単に知識の習得・学習のみの場ではなく、特に子どもにとっては、同年齢の仲間をはじめとする人々との集団生活の体験の場、人格形成の場でもあります。オンライン授業ではそうした実体験的な環境を十分に味わえないのでは、と懸念する声も聞かれます。

こうした点について、この9月から小学5年生になるテヘラン市内の小学生S・S君に話を聞くことができました。S・S君は成績も優秀で、今やイランでも知られてきている日本の折り紙に興味を持ち、またスポーツも好きで学校外の空手教室に通っていたという、文武両道のお子さんです。彼は、自分の状況について、次のように語ってくれました。

「コロナで学校が休みになった時には、最初のうちはヤッター!と思っていました。まだ眠いのに朝早く起きて学校に行かなくていい、楽になったと感じていました。でも、そういう日がしばらく続いたとき、あることに気がつきました。それは、気軽に会って話せる友達や先生がいないと寂しい、勉強にも今ひとつやる気が出ない、ということです。確かに自分用のタブレットがあるので、友達と楽に連絡して話はできます。タブレットでのオンライン授業そのものはそんなに悪くないと思うし、宿題もネットで出せば大丈夫です。でも、何だかつまらない。

コロナが流行っているから、友達や親戚と会って話したり、一緒に行動することでもしもウイルスが移ったら困る、ということは分かっています。でも、自由に外に行けない、家の外で自由に友達と会えない、遊べない、話ができないのはすごく辛い。そういうことができないと、勉強にもやる気が出ないし、ずっと家の中にいるとすごく退屈して、ついDVDゲームに手を出しちゃうんです。ネットでは学校の完全な代わりにはならないと思います。やっぱり友達にもじかに会ってしゃべったり、友達と一緒にサッカーや空手をやりたいです。コロナが出てくる前は、学校に行くのが面倒くさいと思ったこともありました。でも今は、秋から普通どおり学校が始まってほしいと思っています。家の中ばかりではとにかく退屈です!早く同じクラスの友達や先生と一緒にまた勉強したいです」

S・S君の話は、学齢期にあり同年の友達や仲間を必要とする子供たちの率直な気持ちを代弁していると思われます。特に学齢期の子供は非常に多感な時期にあり、この時期に様々な考えを持った同年齢や異年齢の仲間と接することで、社会習慣や人との接し方、人間関係のあり方を学び、人格を形成していくことになります。学校では通常の勉強のほかに子供たち同士のグループ活動、学校行事などもあります。学校は決して勉強するだけでなく、そういう集団社会生活の経験や人格形成の場でもあり、それを完全にネットに置き換えることはできない、またそうした場が喪失されてはならない、ということを、この小学生の話は如実に物語っているのではないでしょうか。

それでは今度は、テヘラン西部ガズヴィーン州在住で、小学生と中学生の子供を持つ保護者の声をお届けしましょう。親御さんにも、学校のインターネット化による一連の問題が押し寄せてきているようです。

「まず、子供を毎日学校に通わせていたときよりも経費や授業料が高くなったことに驚きました。制服や通学用送迎バス代などを払わなくていいことになったのはよかったのですが、子供に個人用のタブレットを買ってやらねばならず、これが結構高かったんです。しかも1つの授業ごとにこれまでより割高の授業料を支払うことになり、びっくりしました。もしかするとかえって全体的に高くつくことになったのでは。

何事にも当てはまるかもしれませんが、ネットやITなどの先進技術をはじめとした文明の利器もやはり一長一短であり、便利と不便が抱き合わせのようです。ただ、オンラインでの授業自体はポイントをしっかり抑えてきちんと説明してくれており、思った以上に充実しているようですね。また、今時の子供たちは生まれたときからネットやタブレットが身近にありますので、私たち親の世代よりもそうした機材を巧みに使いこなしています。もう我が家では私があれこれ言わなくとも、子供たちが自分でネットを使いこなして授業も宿題もやっていますので、その点では満足しています。

もっとも、小学1,2年といった低学年の子供については、子供が勉強の仕方を習得するまで親がそばについてみてあげる必要があると思います。私の知人は、今度小学1年になる子供さんがいる上、しかも共働きで母親が子供の勉強を見る人がいません。こういう場合には、年上の兄弟姉妹あるいはおじ、おばなど、誰かが見る必要があるようです。

それから、机上での知識習得、勉強はともかく、ずっと家にいる子供の勉強以外の空き時間を埋めてあげることができません。夫は働きに出ていて、子どもの相手をしたくとも、私自身も家事やらで結構忙しくしています。コロナ感染への不安から、外や友達のところに気軽に遊びに行かせるわけにもいかず、結局は携帯電話によるゲーム、テレビなどということになってしまいます。成長期にもっと学校外の活動に参加させたいのが親心なのですが、この現状ではどうしたものかと気を揉んでいます」

 

今回のコロナ危機の被害を受けていない国はほとんどないに等しいと思われ、このように、教育関係者、保護者、子どもさんの話を聞いていると、全てではないにせよ、ネット記事などを通して入ってくるほかの国の状況ともある程度共通性があるように思われます。従来までの全日制の通学方式でも、学習能力の弱い子どもや、一斉授業についていけない、落ちこぼれ、公立と私立の差など、イランでも様々な問題が浮き彫りになってはいました。そのような中で生じた今回のコロナ危機により、イランでもこれまでの学校教育のあり方自体が問われているのかもしれません。さらに、これまでのように自宅外の習い事や教室、友達との遊びや集まり、地域的な催し物などへの参加の自由が利かない中で、保護者や地域社会、行政サイドに対し、成長期の子どもの学習以外の時間をどのように埋め、人格形成に必要な実体験をさせるか、という重大な課題が課せられているように思われます。

一方で、これを機会にネットという文明の利器が、新たな公教育の選択肢として台頭してきたともいえるかもしれません。オンライン教育は、それまでの対面式教育にはない一連の特長を有しています。今後ますます社会の多様化、国際化が進む中、コロナ収束後はオンライン教育が1つの選択肢、方法として定着するとともに、場合によっては対面式かオンライン式かという二者択一ではなく、双方をうまく取り入れた教育が必要とされてくるのではないでしょうか。

世界ではまだ大半の国が新型コロナウイルスへの対応に追われ、その収束には今しばらく時間がかかると言われています。考え方によっては、コロナ危機をきっかけにこれまで一斉授業式が主流だった教育法を見直し、多様性に富んだ教育法のあり方を考えるべきなのかもしれません。そうした中でも、明日を担う子供たちが居住場所やネット環境の有無に関係なく、きちんと教育を受け、しかるべき必要な知識を身につけられるよう、また一刻も早くコロナが収束することを心から祈願して、今月のレポートを締めくくりたいと思います。

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