世界遺産;レンガ造りの塔としては世界で最も高いとされるゴンバデ・カーヴースの塔
多種多様な動植物が生息するゴレスターン国立公園
独特の習俗を持つトルクメン族の人々
港町バンダルトルキャマンから望むカスピ海の夕映え
バンダルトルキャマン市内の民族色豊かなバザール
前回は、テヘランから最も近いカスピ海のリゾート地・チャールース、ラムサール条約の発祥地となったラームサルを初めとする、マーザンダラーン州のツアープランをご紹介させていただきました。しかし、カスピ海沿岸地域の見所はまだまだ存在します。そこで、今月はテヘランから北東に進路を変えて、トルクメンサラー(トルクメン族の住む地域)とも呼ばれるカスピ海東海岸にあたるゴレスターン州を中心にしたプランをご提案してまいりたいと思います。
まずは、ゴレスターン州の位置を地図でご紹介することにいたしましょう。この州は、イランの北東に位置しており、下の地図の赤で示されているのがゴレスターン州です。
もう少し詳しく説明すると、先月ご紹介したマーザンダラーン州の東隣、即ち以下の地図に出てくるマーザンダラーン州の町アーモル、サーリー、ベフシャフルのさらに東に当たる、紫色の線で囲まれた地域にあたります。また、この州は河川をはさんでトルクメニスタンと国境を接しています。以下の地図の右上にあるアシカバッドは、トルクメニスタンの首都で、その下に引かれている灰色のラインが国境線です。
さて、今回の周遊プランですが、ルート面での都合、テヘランを出発して先月ご紹介したマーザンダラーン州の中心都市サーリー、そしてベフシャフルを経由してゴレスターン州に入り、まずはこの州の港町バンダルトルキャマンからご案内したいと思います。
<第1日目>;テヘラン出発~マーザンダラーン州サーリーで昼食~バンダルトルキャマン周遊
テヘランを早朝に出発し、マーザンダラーン州の中心都市サーリーで昼食をとり、午後にバンダルトルキャマンへの到着を予定しています。
この港町には、実に多くの見所が秘められています。まず、埠頭からは、一面に広がるカスピ海の絶景を見渡すことができますが、それだけでなくボートに乗っての遊覧も可能です。
特に日没時のカスピ海の水面は、沈み行く夕日に照らされ、金波銀波が織り成す錦織のような光景が出来上がります。
また、バンダルトルキャマンのすぐそばには、カスピ海に浮かぶ唯一のイラン領の島・アーシューラーデ島もあり、ここも是非見ておきたいところです。島民は主に牧畜や漁業に従事し、ペルシャ語のほかにトルコ語も使用しています。
この島は、先月ご紹介したマーザンダラーン州の属するミヤーンカーレ半島の最東端にありますが、バンダルトルキャマンの管轄下にあります。以下の地図で、細長く伸びているのがミヤーンカーレ半島で、その右端の少々くびれた部分がアーシューラーデ島です。
この島へのアクセスには、地元で出ている小船が唯一の手段となっています。この島は、自然保護区に指定されており、多種多様な野鳥が生息しているほか、渡り鳥も飛来します。
さらに、バンダルトルキャマンを訪れたからには、ゴミーシャーン湿原も見逃せません。この湿原は、国際湿原に指定され、総面積は177平方キロメートルほどです。また、ペリカンやフラミンゴ、カモメ、オジロワシ、ヤツガシラ、サギなどが生息しているほか、渡り鳥の飛来地にもなっています。
夕闇に映えるこの湿原も格別です。
ですが、この湿原は最近、地球温暖化の影響により年々水量が減少し、枯渇が心配されています。
そしてもちろん、この港町にあるバザールも是非のぞいてみたいところです。ここでは、トルクメン族の人々が製作した手工芸品のほか、この民族の女性が着用する色鮮やかな大型のスカーフなど、魅力ある品々がそろっています。
トルクメン族は、東洋人に近い容貌の人々が多く見られ、独自の習俗を有しています。
特に、春にこの港町を訪れた際には、トルクメン族独自の乗馬レースが見られるとのことです。
初日は、長旅の疲れもあるかと思われますので、ここまでとし、バンダルトルキャマン市内で宿泊します。
<2日目>
バンダルトルキャマン出発~ゴルガーン行政区(ゴルガーンの壁、ゴルガーン手工芸博物館、大モスクとバザールの見学)~昼食~ゴンバデカーヴース行政区(ゴンバデカーヴースの塔の見学、宿泊)
さて、2日目はバンダルトルキャマンを出発し、近隣のゴルガーン行政区に向かいます。ここにも、観光名所や景勝地がたくさんありますが、まずは、万里の長城のイランバージョンと言うにふさわしい「ゴルガーンの壁」を見学します。
「ゴルガーンの壁」は、いわゆる防護壁として造られました。一部の学者の間では、この防護壁は丁度、秦の始皇帝の時代と同時期のサーサーン朝時代に建設されたと考えられています。当初は、以下の地図に赤線で示されているように、この防護壁はカスピ海沿岸からゴルガーン行政区を通過して、さらに東に伸び、合計して200キロにも及び、防護壁としては世界で3番目の長さを誇っていたということです。
また、この防護壁には「アレクサンダーの長壁」、「赤壁」、「赤蛇」などの別名もありますが、それはこの防護壁の一部がマケドニアのアレクサンダー大王によって建設された、と言われていること、さらには資材に赤レンガが使用されていることによります。なお、この防護壁の建設にはアケメネス朝のキュロス大王や、パルティア王朝の為政者たちも関係しているとされています。
かつては、勇壮な兵士たちが武器を手に外敵と戦ったと思われる防護壁も、今では雑草が生えています。「夏草や 兵どもが 夢の跡」という句が似合いそうな光景です。
さて、今度はゴルガーンの人々の手工芸と文化を紹介している「ゴルガーン手工芸博物館を見てまいりましょう。
この博物館は、ゴレスターン州初の手工芸博物館とされ、ゴルガーン旧市街にあるアミール・ロトフィー邸宅の内部にあります。この建物は2階建てで、ガージャール朝時代末期に造られ、当初は居住用に使われていましたが、現在では手工芸博物館となっています。
博物館内には、ゴルガーンの人々の生活様式や文化を再現した模型や遺物などが数多く展示されています。
なお、この博物館の近隣には、美しい化粧タイルの施された大モスクやバザールもありますので、ここも見学ルートに入れてもよいと思われます。
ゴルガーン大モスクの外観。イラン国内に見られる普通のモスクとは異なり、タマネギ型のドームやミナレットがなく、切妻屋根がついています。
このモスクに使用されている化粧タイルは、実に色鮮やかで、その美しさに驚かされます。
ゴルガーンのバザールも、ほかの都市のバザールに負けず劣らず繁盛しています。
さて、ゴルガーン行政区内を一通り周遊した後は、少々離れたゴンバデカーズース行政区に向かいます。ここでは、このツアープランの中で最も重要な見所の1つでもあり、ユネスコ世界遺産にも登録されている、世界で最も地上からの高さのあるレンガ造りのタワー、ゴンバデカーヴースの塔を見学します。
この塔は、地上からの高さがおよそ72メートルにもおよび、2012年にはユネスコ世界遺産に登録されました。この塔は、1006年に当時ゴルガーン地方からマーザンダラーン地方を支配していた、イスラム王朝のズィヤール朝の4代目の君主、シャムソル・マアーリー・カーブース・イブン・ワシュムギールの命により建設されたものです。この塔の名称は、この人物にちなんでつけられました。多くの専門家の間ではこの人物を埋葬するため、またこの人物が後世にまで自らの名を残すために、この塔が建設されたと考えられていますが、実際にはここからそれらしい人物の遺体は発見されておらず、この塔は今なお多くの謎に包まれています。なお、シャムソル・マアーリー・カーブース・イブン・ワシュムギールは最も著名なイランの歴史書の1つ、カーブースナーメの作者・ケイカーウスの祖父でもあります。
<イランの著名な歴史書の1つ・カーブースナーメの表紙>
この塔は、当時はカスピ海東海岸からイラン北東部にまたがる、ジョルジャーンと呼ばれる広範囲な地域の数ある建造物の1つでした。しかし、それらは14世紀から15世紀にかけてモンゴル軍の襲撃により完全に破壊され、唯一この塔だけが難を逃れ、現在まで残っているということです。塔の屋根の部分は円錐形で、胴体部に規則的な凹凸が見られるのが特徴的です。
この塔は、現在では一般の住宅地の中に佇んでいます。
<上空から見たゴンバデカーヴースの塔>
<ライトアップされた夜のゴンバデカーヴースの塔>
ゴンバデカーヴースの塔は、全体がレンガでできており、人類史上最高の建築作品とも評され、また「自由の塔」という別名もあります。その一方で、この塔の使用目的については、観測目的などをはじめとする様々な説があり、建設動機についても完全には究明されていないことから、今なお謎めいた存在となっています。
また、この塔の胴体の周囲にはレンガ造りの碑文が添えられており、そこにはアラビア書道のクーフィー体により「慈悲深く慈愛あまねき神の御名において」、「王侯なるシャムソルマアーリー」といった類の字句が見られます。以下の碑文には、「慈悲深く慈愛あまねき神の御名において」と刻まれています。
2日目はこれまでとし、ゴンバデカーヴース市内で宿泊します。
<3日目>
ゴンバデカーヴース発~ゴレスターン国立自然公園~昼食~ハーリドナビー墓地見学~テヘランへ
このツアーの最終日には、イラン初の国立公園でユネスコ世界遺産にも登録されているゴレスタン国立公園をまず見学することにしましょう。この公園は、ゴレスターン州を越えて隣接の北ホラーサーン州にまで広がり、イランで最大・最古の自然公園として、900km2の広大な総面積を誇っています。この公園では、これまでに1365種類の植物、69種類の哺乳類、150種類の鳥類、3種類の両生類、24種類の爬虫類の生息が確認され、またイランに生息する哺乳動物全体の約半数が生息しており、多くの希少動物の生息地となっています。
見学者が多いせいでしょうか、ここにいるイノシシなどは人に近づいてきます。
とにかく、この公園内に生息する動植物の多様性には大変驚かされます。まさに、天然の動物園にふさわしいといえます。
ゴレスターン国立公園で、大自然の醍醐味を満喫した後は、このツアープランの最後のプログラムである、ハーリドナビー墓地を見学します。この墓地は、ゴンバデカーヴースからおよそ90キロ離れた、グーグジェダーグ峰にあり、いたるところに奇妙な形の墓石が立っていることで知られています。
この墓地の歴史は、旧石器時代にまでさかのぼると言われ、そのすぐそばにはハーリドナビー霊廟もあります。
<グーグジェダーグ峰に聳え立つハーリドナビー霊廟と墓地>
<霊廟の御堂の内部、ハーリドナビーの棺>
ところで、ここに祀られているハーリドナビーという人物は、本来の名をハーリド・ビン・スィナーンといい、地元のトルクメン族の間ではハーリド・ナビーとして知られていました。彼は、イエメンのアデンで出生し、複数の伝承によれば、イエス・キリストの時代からイスラムの預言者ムハンマドの時代にかけて生きていたとされています。この人物が出現し、敵から逃れてイランのこの地にやってきた当時は、イランはサーサーン朝時代の支配下にありました。ハーリド・ナビーがトルクメン族の間で敬愛されていたことから、この人物の霊廟は、巡礼者用の宿泊・休息用の部屋やモスクの脇に設けられ、今なお沢山の人々が訪れています。
この人物の霊廟から少々離れた場所にあるもう1つの丘には、いくつもの長い石柱が立っています。現存する資料によれば、この墓地の歴史は数千年にもさかのぼるとされ、また柱上の墓石の数は当初は600にも上ったということです。また、一部の学説によれば、、細長い墓石は男性の墓で、帽子をかぶりショールをまとった様子をかたどったものとされ、墓石が小さいものは女性の墓だとされています。中には、十字架に近い形の墓石もあります。
以上をもちまして、今回のカスピ海北東部海岸地域の周遊ツアーの全日程を終了し、テヘランに向かいます。
これまで3回にわたり、カスピ海沿岸地域にスポットを当てた周遊プランをご紹介してまいりましたが、いかがでしたでしょうか。イランから、そして首都テヘランからごく数時間でカスピ海にアクセスでき、しかもこの地域にこれほど多くの見所があるということ自体、一般の日本人の皆様にとっては驚がく的なことかもしれません。このツアーにより、是非皆様にカスピ海地域の知られざる魅力に触れていただくとともに、イランのほかの地域に対するご関心をも高めていただければ、企画者側といたしましても幸甚です。
今後とも、イランの特定の地域にスポットを当てた周遊プランを随時ご紹介してまいりたい思います。どうぞ、お楽しみに。