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イラン北西部の伝統手工芸・マメガーン刺繍

皆様、新年明けましておめでとうございます。昨年は一連の情勢不安、そして今回は昨年からの新型コロナウイルスの世界的流行の中での年明けとなりました。最近、複数のコロナワクチンが開発され、既に複数の国で接種が始まっているようですが、まだまだ厳しい状況が続くことが予想されます。そのような中でも、この世界的危機の早急の収束を願いますとともに、皆様のイラン文化へのご理解の一助となれますよう、本年もイランからの生きた情報をお届けしてまいりたいと存じます。

さて、2021年の初レポートは、イラン北西部の町マメガーンに伝わる伝統的な刺繍・縫製、マメガーン刺繍についてご紹介することにいたしましょう。

鍋しきやティッシュボックス、チョッキ、コースターなど様々な用途のあるマメガーン刺繍

日本での伝統的な刺繍工芸といえば、独自の幾何学的な図柄・デザインが目を引くアイヌの刺繍が特に有名なのではないでしょうか。イランにもこれに相当する著名な伝統刺繍として、マメガーン刺繍が全国的に知られています。なお、この伝統工芸はペルシャ語では、マメガーン・ドゥーズィー(縫う、というペルシャ語の動詞の語根)と呼ばれています。

マメガーン刺繍の本拠地であるマメガーン町は、イラン北西部・東アーザルバーイジャーン州の中心都市タブリーズから42キロ離れた小さな町です。統計によりますと、現在およそ700世帯、1680人の成人または未成年の女性によりこの伝統手工芸が行われ、これらの人々の貴重な職業・収入源になっているということです。さらに、同州伝統工芸・文化遺産・観光局によりますと、この伝統手工芸は2012年にイランの国家無形文化財にも指定されています。

またこの伝統手工芸は、約250年から300年の歴史を持つとされ、当初は帽子やチョッキの刺繍が主流だったものが、その後次第に対象となる品目が増え始め、現在では鍋しきやコースター、ポシェット、クッション、テーブルかけ、眼鏡ケース、ベルト、スリッパ、財布、ティッシュボックス、バッグ、携帯電話用カバーなど実に様々なものにこの刺繍が施され、著名な工芸品としてイラン各地に出回っています。

この手工芸の主な材料となるのは、基本的には各色の絹糸と朱子織の生地とされていますが、最近ではそのほかにも綿糸や合成繊維・糸、綿布なども使用されているということです。また、デザインとしてはそれほど細かいものではなく、円を中心とした放射状、あるいは左右対称の独自の幾何学模様がベースとなっており、これを基本に製作者自身が円や五角形、勾玉、三角形、楕円、半円などを組み合わせ、それぞれアイデアを凝らし創意工夫してデザインを生み出すということです。また配色面ではグラデーションではなく補色どうしを隣り合わせに使用し、多くの場合作品の縁が黒糸で縫われているのが特徴です。

また、この手工芸に使用される糸の色としては主に青、オレンジ、白、黒、赤、緑、黄色、紫、ピンクなどで、中間色はあまり使われず、しかも互いに対立する補色同士を隣り合わせにステッチすることから、作品全体のイメージがより鮮やかに見えます。

さて、今回はマメガーン出身のご両親のもとに生まれ、現在はタブリーズ市在住で、これまで20年近くこの手工芸に携わっている40代の女性に話を聞くことができましたので、ここにご紹介したいと思います。

「マメガーン刺繍は、古くから私たちのゆかりのある町に伝わる手工芸です。私が物心ついた時からすでに、身の周りにはこの刺繍によるコースターや鍋敷き、テーブルかけなどがあり、これらは私にとってごく普通の存在でした。15,6歳ぐらいから自分の母や伯母などにこの作業を教わり、結婚後も家事や育児の合間をぬって、この手工芸を継続してきました。この手工芸に使われるデザインは、この刺繍に使われるデザインは、草花や樹木などの自然にインスピレーションを受けた、製作者自身の脳内のイメージによるものです。大本となるのは放射状の幾何学模様ですが、それらを自分の趣向やアイデアにより組み合わせたり、または引き離したり、図柄の配置を転換したりして独自の作品を作っていきます。イランのほかの町にも、伝統的な刺繍は数多く存在していますが、中でもこのマメガーン刺繍は際立った存在であり、その色彩・配色やデザインなどから、すぐマメガーン刺繍であることがわかります。この手工芸は、2012年にはイラン政府より国の無形文化財に指定されたことで、権威ある手工芸としての地位を確立しています。さらに、マメガーンやその周辺の町の女性の進歩に貢献し、またこの町を代表する手工芸として、この町とともに歩み、そして町の経済を担う存在であり続けてきました」

このように、マメガーンを代表する手工芸としてイランでしかるべき地位を確立し、町が誇るこの手工芸も、最近は色々な問題を抱えているようです。この女性はこれについて、次のように語っています。

「マメガーン刺繍は、マメガーンの町を代表し、この町が誇る手工芸です。現在、その製作品は地元のニーズを満たすのみならず、イラン伝統工芸・文化遺産・観光局に買い上げられています。私が思いますに、世界市場はともかく、まずは国内市場にもっとこの手工芸品を流通させる必要があると思います。機械による大量生産品とは違い、1つ1つの作品が丹念に時間をかけて作られていることから、その品質はきわめて優れているものと自負しています。しかし、生産地であるマメガーンの町がイランのほかの多くの大都市から地理的に非常に離れているためか、これまで私たちの製作品の主な市場は、どうしても地元または近辺の村に限定されることが多くなっていました。しかし、今やインターネットなどやSNSをはじめとした通信手段が発達してきたことから、私たちの手工芸品がこの小さな町を出て、イラン国内諸都市はもとより、世界にまで知れ渡ることも、決して不可能ではないでしょう。インターネット時代に生きる身として、是非、これを実現させたいと思います。

もう1つの問題は、ネットなどの先進技術の出現によるマイナスの影響、そして後継者不足の問題です。すなわち、この伝統手工芸の担い手となる青少年や若い世代の人々がスマホやネット、SNSに惹かれてしまい、このような伝統工芸に関心を示さなくなって来ているということです。最近では、そうした傾向とあいまって、特に若い世代の人々の中には、イランにこのような手工芸があることを知らない人も決して珍しくありません。

文明の利器にも長所と短所があるようでして、マメガーン刺繍の宣伝や製品の流通、通信販売に大きく貢献しうる存在である一方、後継者となる世代がこの先進技術そのものに夢中になり、伝統工芸から距離を置くようになる、というのは何とも皮肉な現象です。ネットやスマホなどは、いつでもどこにでもあり、誰でも使えるものです。しかし、私たちが誇るこの手工芸はほかにはない独自の価値があり、しかも誰でも習得できるものではありません。どれほど時代が下ろうとも、この誇りある手工芸は是非次世代にも継承されてほしい存在です。

今後のもう1つの課題として、若手を初めとしたこの手工芸の後継者の確保が挙げられると思います。確かに、このような手工芸は一般的なビジネスなどとは違い、その技術の習得や作品の製作に時間がかかるわりには、それほど大規模な収益が上がるわけではなく、また地域の経済状況などにどうしても左右されやすいことも事実です。しかし、手工芸がいかに小規模なものであったとしても、その無形文化遺産としての価値は古今東西において不変であり、決して先進技術に勝るとも劣ることはないはすです。ネットを通じてはもちろん、神のご意思により現在のコロナ危機が収束した暁にはぜひ、より多くの対面式の講習会やセミナーの開催、展示会などへの参加を通して、この手工芸の周知に努めていくことが、私たちの世代の責務であると感じています」

 

そしてもう一方、同じくこの手工芸に長年携わり、小規模ながらも日本で言う「共同企業」を立ち上げたというマメガーン出身の女性に話を聞くことができました。この女性は次のように語っています。

「私が、ほか数人のマメガーン刺繍業者とともにこの小さな会社を立ち上げた理由は、新たな伝習生の方々にこの手工芸を伝授することで、この手工芸の保護・次世代への継承をはかること、そして、村落部の女性たちの製作品がより楽に販売できるような市場を開拓することです。昔であれば、当時の社会組織や家族制度がこうした手工芸の伝承にふさわしい形態であったことから、母親から娘へとスムーズに伝承されていました。しかし、現在では社会や家族制度のあり方が大きく変化したことで、家族内でのごく自然な伝承が非常に難しくなってきています。そこで、マメガーン刺繍に携わる複数名の職人さんとともにこうした会社組織のようなものを結成することで、この手工芸に携わる女性たちがほかの種類の手工芸の職人と同様に生産協同組合を持ち、そしてこうした組織を通じて必要な糸や布地などの原材料を廉価で仕入れ、また製品の市場開拓が可能になる、と思われます。

また、この手工芸は古くからマメガーンの女性たちの間で続けられてきたものの、まだまだ一般での周知度は決して十分だとは言えません。当初、私たちのこの手工芸は帽子への刺繍などに限られていましたが、最近ではテーブルかけやコースター、ベルト、クッションなど実に様々な製品に応用され、限られてはいるものの市場に出回っています。イランの手工芸の筆頭にあがるのがやはりペルシャ絨毯であることは否めませんし、イランの手工芸都市といえば、中部イスファハーンが群を抜いて知られていることは紛れもない事実です。しかし、イランにはそれ以外にも私たちの町が誇る独自の手工芸が存在します。私たちの立ち上げたこの組織が今後、昔とは大きく変貌した社会システムや家族制度の中で、マメガーン刺繍の保護・継承に寄与できますことを、そしてイランや世界のほかの国にもこの手工芸をもっと知っていただけることを、切に願ってやみません」

 

 

新型コロナウイルスの世界的流行が始まってからすでに1年近くが経過し、人々の往来や交通、輸送が大幅に減り、このある種の過渡期を経て、世界はそれまでとは全く違った時代に移りつつあるようです。とにかく人から人への感染を回避するために、「ステイホーム」、在宅勤務などが俄かに注目され、これまでの生活・就労様式が大きく見直されてきています。

一方で、今回ご紹介しましたマメガーン刺繍をはじめ、手工芸はどこの国の、またいずれの民族のものであっても価値のあるものと思われます。それは、機械式の大量生産で同じものを作るのではなく、製作者が時間をかけ、丹精こめて1つ1つの作品を作り上げるからではないでしょうか。

平常時とは異なり、不要不急の外出を控え、自宅で過ごさなければならなくなった現在、ネットやSNSにばかり夢中になるのではなく、古来から伝えられる文化やこうした手工芸にも目を向けてみるのはいかがでしょうか。これを機会に、これまで当たり前だった生活様式を見直してみることで、新たな発見にもつながるのではないかと思われます。

本年も、このシリーズを通しまして皆様に拙レポートを毎月お届けできますことを大変喜ばしく感じております。ぜひ継続してお読みいただければ幸いです。それではまた、来月からもどうぞ、お楽しみに。