Blog

イランのオリーブ栽培の中心地・北部ルードバールを訪ねて

ルードバールで栽培される大粒のオリーブ

一面に広がるオリーブ樹林

イランでは西暦の3月21日・春分の日に当たる春の新年ノウルーズを迎えています。イランは国土が広く、地域差が非常に大きいことから、この時期にあっては冬の寒さが緩んできた地域もあれば、春の陽気が訪れるにはまだ時間がかかる地域など様々です。ちなみに、現在筆者が滞在中のガズヴィーン州もようやく春めいてきました。そのような中、ガズヴィーンから車で1時間ほどの距離にあるイラン国内有数のオリーブの産地、北部ギーラーン州ルードバールに行く機会を得ました。車で1時間ほどの距離とは申せ、カスピ海に近いことからガスヴィ―ンとは様子が大きく異なっています。そこで今回は、イラン最大のオリーブの産地の1つ、ギーラーン州ルードバール郡の様子をお届けしたいと思います。右下の地図で青印がテヘラン州、黄印がガズヴィーン州、その上の緑の部分がギーラーン州

さて、オリーブと言えば真っ先にイタリアやスペイン、ギリシャといった地中海に面した地域・国が思い浮かぶのではないでしょうか。このほかにも、北アフリカのチュニジア、西アジアのトルコやシリア、さらには最近ニュースでとみに話題になっているパレスチナも数千年にわたるオリーブ生産の歴史を持っています。

特に、古代におけるオリーブの歴史は人類の歴史と絡み合っていると言えます。複数の研究者らによれば、オリーブの出現と利用は、特に東地中海(メソポタミア、シリア、レバノン、ギリシャ、キプロス、ヨルダンなど)における最初の文明人の出現と一致しており、6000年以上前に遡るとも言われています。特にローマ人はこの樹木を保護し、平和と平穏の象徴として導入していたということです。彼らの信仰は西洋文化の中の象徴として今も存在しており、アテネ五輪でメダリストの頭を飾ったオリーブは、ギリシャにおいて聖なる木であり、その小枝は平和と充実の象徴とされています。 また、聖書に出てくる「ノアの箱舟」の物語の中で、ノアが放った鳩がオリーブの葉を加えて戻って来たこともよく知られているのではないでしょうか。さらに、国際連合(国連)の紋章においても、世界平和への願いを込めて、北極点から見た世界地図をオリーブの枝が包んでいるデザインとなっています。国連の旗;平和の象徴としてのオリーブの葉が世界地図を取り巻くデザイン

さて、話題が少々それましたが、現代においては地理的には地中海に面していなくとも、気候区分上地中海性気候に属する地域のある国ではオリーブ栽培がおこなわれており、イランはその代表例と言えます。気候風土の多様性に富んだイランは、極地帯の気候区を除いた、熱帯から亜寒帯までのほぼすべての気候区分が存在します。当然ながら、地中海性気候区に該当しオリーブの栽培に適した区域がいくつもあり、今回訪れたルードバールはその1つとなっています。

さて、ガズヴィーンを車で出発し、北部ギーラーン州へ向かう山の中の街道を走っていきますと、最初は赤土や岩肌をメインとした山々から次第に緑の多い自然に移り変わっていきます。そして、ガズヴィーン・ギーラーン州境を超えてルードバール郡に入ると、車窓から見える景色にもオリーブの林が目立ってきます。

そして遂には、市内の街路にもオリーブの樹木が見られるようになりました。さすがは、イラン国内有数の「オリーブの町」に相応しいものがあります。夕暮れ時のルードバール市内の街路に佇むオリーブの木立

そしてもちろん、街道沿いにはずらりとオリーブ販売の専門店が軒を連ねています。

ここで、そうしたオリーブ専門店の1つを訪れてみました。ここで働く女性店員の1人、Z・Rさんは地元の出身で、小さい時からこの地域で収穫されたオリーブの販売に携わってきています。

オリーブにまつわる話題の豊富なこの女性は、ルードバールでのオリーブ栽培や歴史などについて、次のように非常に詳しく語ってくださいました;

「カスピ海に面したギーラーン州に属するここルードバール郡はガズヴィーン州、ザンジャーン州に囲まれており、古代から主要な観光地となってきました。ルードバールの基幹産業はオリーブの栽培です。国内のオリーブ取引の約90%がルードバールのオリーブ畑で行われています。ギーラーン州農業局の統計によりますと、ルードバール郡のオリーブ栽培面積はは9564ヘクタールで国内のオリーブ畑の13%を占め、2万2000人が雇用されているということです。

これまで、ルードバール郡のオリーブ栽培は800年前から行われていると考えられていましたが、郡内の町ロスタマーバードにあるキャル―ラズ丘で最近発見された考古学的発見によれば、この地域のオリーブ栽培は2000年以上前に遡ることが分かっているそうです。11世紀のイランの詩人・旅行記作家ナーセル・ホスローも旅行記の中で、ギーラーン州ルードバールのほか、マンジールの町にオリーブが存在していたと述べています。

サファル・ナーメ(旅行記)などの著作で知られるナーセル・ホスロー(1004~1088)

過去にオリーブ栽培がどのような目的で行われていたか(缶詰や油の抽出)は明らかではありませんが、外国によるイラン占領以前は、特にイラン南部でオリーブ栽培が広く行われていたと言われています。しかし、中世におけるモンゴルを初めとした敵の侵攻の後、オリーブ栽培はギーラーン州ルードバール限定の産業となったとみられています。

研究者の中には、約600年前にシリア北部のアレッポからルードバールに移住した人々がこの地域にオリーブの種を持ち込み、そのためにこの地に多くのオリーブ園が出現したと考えている人もいますが、この説はおそらく誤りと思われます。それは、オリーブに関する書物には、古代から人々がその果実を収穫してきた、樹齢900年のオリーブの木の特徴が記されているからです。

この植物がイランに持ち込まれた起源については正確な情報はありませんが諸説があり、有力な説の1つとして、アラブ人またはギリシャ人によってイランに持ち込まれた可能性が挙げられます。また、シリア難民によってこの国から輸入されたと言う人もいれば、ギリシャによるイラン支配時代に導入されたと信じる人もいます。さらには、メソポタミアからイランに入ってきたとも考えられています。ある記録によれば、サーサーン朝のホスロー・アヌーシールヴァーン王(ホスロー1世、在位AD531~AD579)の時代には、オリーブの木に税金が課されていたとされ、またこの頃は南西部フーゼスターン州にもオリーブの木が存在していたようです。サーサーン朝ペルシャの第21代国王・ホスロー1世

 

イランではオリーブという植物は当初、カスピ海に面した地域の1つで、現在は北部ゴレスターン州の中心都市であるゴルガーン市近郊の町・アリーアーバードで初めて観察されたと言われています。現在この植物は、国内では南東部ケルマーン州やスィース​​ターン・バルーチェスターン州、そして南部ファールスの各州などで見られます。また、オリーブ栽培の痕跡は現在のイラクとの国境都市ガスレ・シーリーンやダーラーブの間を走るザグロス山脈の麓に今も残っています」

ルードバール産のオリーブ石鹸にもご注目!

さて、オリーブと言えばまず、調理用のオリーブオイルや瓶詰のピクルスなどが頭に浮かぶかと思われます。しかし、オリーブは決して食用だけではなく、高級な石鹸の材料にもなっており、当然ルードバール産のオリーブ石鹸もたくさん生産・販売されています。これについても、次のように語ってくださいました;

ペルシャ語の赤い文字で「ルードバール」の文字の入った袋詰めのオリーブ石鹸

「古代において、医師たちがオリーブの栄養と治療効果に精通しており、スポーツ選手の筋肉の柔軟性、肌の柔らかさ、髪の輝き、そして人間の美しさの維持のためにオリーブオイルを処方していたことはよく知られているでしょう。ですが、ルードバールで生産されるオリーブ石鹸は健康に良いことで非常に有名です。一価不飽和脂肪、抗酸化物質、抗炎症作用が豊富で、アルツハイマー病の予防に役立ちます。昔から石鹸や美容製品などに使われてきたのも不思議ではありません。

特に、私たちが生産するオリーブ石鹸は抗酸化物質、ビタミン、脂肪酸など、肌の健康を維持し、フリーラジカルと戦うのに役立つ効果的な天然成分が含まれています。老化の兆候を軽減し、ニキビや湿疹などの皮膚疾患の改善に役立ちます。さらに、天然オリーブ石鹸はどんなタイプのお肌の方もお使いいただけます。敏感でアレルギーのある方の肌にも優しくトラブルを起こさず、抗アレルギー効果もあります。つまり、皮膚への刺激や副作用の心配もなく、身体にはもちろん、洗顔用にも適しています。

このため、オリーブ石鹸が現在多くの美容製品の主成分となっているのは当然のことです。皆様にはぜひ、健康増進に私共が生産するオリーブ石鹸をお試しいただきたいです」オリーブ販売店のお店先で。色々なオリーブが売られています。色や形の他、風味も少しずつ異なるそうです

そして最後にこの女性は、日本の皆様へのメッセージとして次のように語ってくださいました;

「ルードバールの町は、特産品のオリーブとともに私たち地元民が国内外に向けて誇るべき存在です。いわゆる乾燥した地域とは違い、ここでは適切な降雨・降雪があり、しかも厳寒の地でもなく日照にも恵まれています。世界最大の湖・カスピ海にほど近いところに位置し、とても住みやすいところだと思います。また、ルードバールを含むギーラーン州はそうした気候風土を反映して、稲作や茶の栽培も盛んに行われています。一方で、情報としては、日本は私たちの住むギーラーン州と同様に雨がたくさん降る国だと聞いています。日本の皆様にはぜひ、日本から遠く離れたイランにも気候風土面で日本に似ている地域があることを知っていただくとともに、是非オリーブの名産地ルードバール訪れ、他にはない私たちの特産品をお土産に持ち帰っていただきたいです」

ルードバールのお土産の1つにオリーブ石鹸がお勧め

実際に筆者自身もこのチャンスにと、今回さっそくいくつかのオリーブ石鹸をここで買い求め、現在使用中です。入浴時や洗顔にも使っていますが、使用後非常にすがすがしく、さっぱりとした感があり、副作用などのトラブルもなく、すっかり気に入ってしまいました。できれば、今回のイラン滞在中にもう1度訪れ、この石鹸を日本へのお土産に持ち帰ろうと考えています。

 

食用のほか、オリーブ石鹸も取り扱っている専門店内で

オリーブと言えば、健康的な食事として知られる地中海式のメニューから、まず地中海地域が連想されるかと思われますが、中東、そしてイランの一部にもオリーブの生育に適した地中海式の気候区に属する地域が存在しているということは驚きでした。そして今回の訪問では同時に、改めてイランの気候風土が多様性に富んでいることを実感しました。さらに、もう数十年前に両親とともに、日本国内のオリーブの名産地・香川県小豆島を旅したことが懐かしく思い出されました。

正確にはイラン北西部に位置するルードバールは、1990年にM7.4を記録したルードバール・マンジール地震に見舞われ、死者が少なくとも3万5000人、負傷者30万人を出すなど、壊滅的な被害を受けました。しかしその後見事に復興し、今では美しい緑に加えてイランが誇るオリーブ生産の拠点としてその名をはせています。また、この町は1994年に公開されたアッバース・キアロスタミー監督の映画「オリーブの林を抜けて」の舞台となった地でもあります。今回の訪問ではこうした事柄が次々と思い出され、風光明媚さとともにオリーブ生産という特徴を持つこの町の益々の発展を願いつつ、ルードバールの町を後にしました。

次回もどうぞ、お楽しみに。

ABOUT ME
yamaguchi
IRIBイランイスラム共和国国際日本語通信でニュース翻訳のほか、イランのことわざを週2回紹介しています。20年以上にわたりイラン滞在の経験があり、2016年からはイラン人の夫とともにテヘランから西に150kmほど離れたガズヴィーン州に滞在していました。現在は、イランと日本を行き来しながら、日本の皆様に普通のメディアには出てこないようなイランのホットな情報をお届けしています。