上空から見たナフトリージェ泥火山
4年ぶりに見られた神秘的な「深紅の湖」
読者の皆様、新年明けましておめでとうございます。いよいよ2025年が幕を開けました。このテヘラン便りでは本年も気分新たに、様々な角度や視点から「知られざるイランの魅力」の数々をたっぷりとお届けしてまいります。コロナ禍という一大危機を潜り抜けたイランをはじめとする中東、そして世界には昨年も、様々な出来事が沸き起こり、大きなニュースが世論を賑わせました。しかし、そうした中でもイラン国内はいわゆるメディアの一般的な報道、さらには周辺国とは対照的に、平穏な状態を保ち、国民生活が営まれています。
ところで、最近では国内北東部でのある自然現象がにわかにメディアでクローズアップされています。それは何と、トルクメニスタンとの国境付近にある泥火山が4年ぶりに深紅に変色し始めた、というものです。そこで、本年初のこのレポートでは昨今特にイランでも注目されている深紅の湖・泥火山が醸し出す鮮やかな光景と、それにまつわる話題をお届けしましょう。
もっとも、泥火山という自然現象そのものにあまり馴染のない方もいらっしゃるかもしれませんので、まず簡単にご紹介したいと思います。ウィキペデイアによりますと、「地下深くの粘土が地下水及びガスなどとともに地表または海底に噴出し、円錐状に堆積した地形の高まりとその現象」と定義づけられています。さらには、世界的な分布状況をみると、油田地帯の他、地球表層のプレートが互いに近づく境界で、一方のプレートがもう一方のプレートの下に沈み込んでいる場所、つまり「沈み込み帯」の周辺に多く、世界全体で1100ヶ所あるということです。具体的にはインドネシア、日本、台湾、北米アラスカ、カリフォルニアやメキシコの太平洋側、メキシコ湾岸を初め、カスピ海沿岸、そしてこの海に面しバクー油田で有名なアゼルバイジャンに多く存在しているということです。このことから、カスピ海に面しているイランに泥火山が存在するのは十分うなずけるのではないでしょうか。
しかし実のところ、筆者自身もイランにそのような地形・自然現象が存在することはもとより、火山といえば日本の浅間山や世界最大級のカルデラで知られる阿蘇山、ハワイのキラウエア火山、また先だって噴火したアイスランドやインドネシアの火山など、いわゆる溶岩の流れるものが思い浮かぶ程度で、泥火山については、正直なところほとんど知りませんでした。それが、昨今のイランでの報道により、4年ぶりに深紅、ピンク色に変化して話題となったナフトリージェ火山を知るに至りました。おそらく、イランにこのような泥火山が存在することも日本ではまず知られていないと思います。そこで、今月はイランのもう1つの「知られざる名勝」、ナフトリージェ泥火山をご紹介してまいりましょう。
さて、今回ご紹介するナフトリージェ泥火山はイランと中央アジア・トルクメニスタンの国境に近いカスピ海東海岸、イラン北東部ゴレスターン州ゴミシャーン郡にあります。さらに正確にはゴミシャーン郡ゴミーシュタッペ市から15㎞の地点に位置しています。
左側の地図の赤い部分がゴレスターン州で、ゴレスターン州の最西端部分がカスピ海に面しています。しかも、そのかなりの部分をゴミシャーン郡が占めています(右側の地図の左端中央部分)。ちなみに、この州の中心都市は右側の地図の茶色の部分に当たるゴンバデ・カーヴ―ス市です。
円錐状のこの泥火山は上空から見ると、全体的にはハート形にも見えます。立地状況としては、海抜26m、高さは約8m、直径は最大で500mほどとされています。そして、この泥火山の火口部に最近話題となっている湖があります。
この池の直径は約30m、深さは約5あります。池の底には粘土と塩水が溜まっており、火山の火口から放出されるガスの圧力によって絶えず沸騰しています。
また、ペルシャ語で石油はナフトと呼ばれますが、ナフトリージェと言われるこの泥火山の名称の由来は、ここに形成されている湖から石油臭が漂ってくることによるものです。さらに、その火口からは泥や塩水の他、高圧濃度のガスが噴出しています。
湖面に筋のようなものが見えるため、つい石油が混じっているのかと連想してしまいがちですが、石油そのものはここからは湧いてこないそうです。
なお、ここから噴出される物質には医療的な治癒効果があり、ここに存在する泥土は関節や脊椎の痛み、関節の硬直、神経疾患、血管狭窄や筋肉収縮の初期段階などの病気の治療に効果があるということです。ナフトリージェ泥火山の泥には医学的治癒効果も
溶岩や軽石、火山灰ではなく「泥」が湧き出ているナフトリージェ泥火山
大量の泥が迫ってくるような不思議な光景
しかしやはり、この泥火山の最大の特徴の一つは何といっても、今回のテーマでも取り上げているように湖水が深紅、鮮やかな赤、臙脂色、紫やピンク色に変化することです。この色調変化は、この泥火山の周囲にヨウ素鉱物が存在し、ここの水に含まれるヨウ素が空気に触れたり、あるいは水や他の元素と結合したり化学反応を起こすことで、赤や紫色などに変化するということです。神秘的な様相を見せるナフトリージェ泥火山
深紅の湖面と湧き出た泥土が見事に共演
この泥火山を赤や紫、ピンク色などに変化させるヨウ素はゴレスターン州北部および北西部の平原に豊富に存在しているそうです。ちなみに、ヨウ素は海水のほか、ナトリウムやカリウムの化合物とともに地下深くから抽出された塩水に含まれていること、また、油田から湧き出る鹹水や塩田から湧き出る塩水にも含まれているということです。
ナフトリージェ火山はイラン最古の火山の一つで、その歴史は約10万年前に遡ります。また、2003年にはイランの国定記念物の一つに登録されました。
晴天時の青空のもと、深紅の湖面が広がる様子は芸術的でもあります。
湖の中央に赤い水が沸き上がっている光景はとても印象的です。
真紅の湖面に多数の渡り鳥が飛来している光景は、非常に珍しいのではないでしょうか。
とにかく、「湖沼の湖面は水色や透明色、青」といったイメージを覆すこの不思議な現象は、数多くの見学客の驚嘆を呼んでいます。
さざ波の立つ深紅の湖畔でくつろぐ女性。「赤い湖が実際に目の前にあるなんて摩訶不思議よね」
深紅の湖面に見入る2人の少年;「赤い湖なんてありえないと思ったけど、ほんとにあるんだね!」
「雲間から差し込む陽光とさざ波の立つ深紅の湖面はシャッターチャンス」
深紅の湖畔で大の字に寝そべるのもまた乙です。「サイコー!」
最近の湖面の変色により、にわかに観光客も増加
紫色に変色した湖面に見入る観光客、「すっごーい!」
「ナフトリージェ泥火山まで7㎞」と記された立て看板。ちなみに、ペルシャ語では数字の7は「V」のように表記します。
ここで、ゴミシャーン郡のある地元当局の方から色々お話を伺うことができました;
「イランでは、泥火山は主にカスピ海、特にオマーン海沿岸の平野部で見られます。例えば、ペルシャ湾に面したホルモズガーン州だけでも、ホルモズ海峡東側の山岳地域に大小約30の活泥火山が報告されています。
現在、専門家の間では、ゴレスターン州の泥火山により地中深くからヨウ素などの貴重な鉱物が地表に誘導され、そのヨウ素の一部を抽出できることから経済的にも価値があると考えています。注目すべきは、この貴重な素材の1㎏あたりの価格は近年25ドルから65ドルの間で変動しており、年間輸出量を考慮すると、かなりの額の外貨収入につながりうるということです。もっとも、これはこの地域のヨウ素をすべて採掘して輸出すべきだという意味ではありません。そのようなことをすれば、この地域の魅力が失われてしまうからです。
現在、州にある3つの泥火山のうち、ナフトリージェ泥火山は特に湖水中のヨウ素濃度の上昇により最近紫色に変色しています。これは間違いなく多くの観光客の目を引く非常に珍しい自然現象であり、当局には徹底した計画や広報宣伝によりイラン国内はもちろん海外からの観光客が少しでも多くナフトリージェ泥火山の見学に足を運ぶよう、行動してほしいと思います。私たちの州のこのような見どころを広く一般に周知することは、国の観光業発展に寄与しうるほか、地域の経済や雇用創出にも大きく貢献することができるのではないでしょうか。そして勿論、日本人観光客の皆様にもぜひ、ここを訪れて知られざるイランの魅力を実際にご自分の目で確かめていただければ、ゴミシャーン郡に住む私共にとってこれに勝る喜びはありません」
ところで、この泥火山の地下活動は一年のさまざまな時期によって異なり、通常はいつ訪れても、数分おきに中心部から塩水とガスが噴出する様子が見られます。このため、ここを見学するベストシーズンは特に定まっておらず、その時に応じた独自の絶景が見られるということです。以下に掲載するのは、深紅やピンク色に変色していない時期のナフトリージェ泥火山の様子です。
とはいえ、最近とみに湖水が深紅やピンク、紫などに変化していることから、他の時期には見られない、現在ならではのこの泥火山の様子を見ておくことは非常に価値があると思われます。
本年もまた、様々な角度からイランの知られざる見どころやそのほかの魅力を沢山お届けしてまいります。どうぞ、お楽しみに。