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イラン式肉じゃが・アーブグーシュトとそれにまつわる話題

イランの伝統料理アーブグーシュト。新鮮なハーブやパン、にんにくのピクルスなどを添えて

レストランなどで出されるアーブグーシュト・セットの例

イランでは先月発生した危機も沈静化し、国政や人々の生活も平常に戻り、落ち着いてきました。イランと日本を往来する生活を始めるようになってから、日本にいる間は日常の雑事をこなしながらも、イランにいる大切な親類縁者、友人知人に思いをはせ、常に彼らの健康と安全を願う日々となっています。先月はイラク旅行記の最終回をまとめている途中での戦争勃発で、日々キーボードを打ちながらも一時はどうなることかと非常に気を揉んでいました。そうした中でやっと停戦が成立し、再び落ち着いた状態で気分新たに今月分のレポートに着手することとなりました。今回はしばらくぶりに、再びイランで人気のある伝統料理の1つをご紹介したいと思います。戦争も終わり、ようやく落ち着いて料理の味も楽しめるようになった中、今月はイラン式肉じゃがとも言える「アーブグーシュト」の作り方と、それにまつわる話題をお届けいたしましょう。

まず、アーブグーシュトという名称ですが、アーブとはペルシャ語で「水」を意味し、グーシュトは「肉」を表します。その名の通り、よく中まで火の通った肉や豆類、ジャガイモなどとともに、煮汁の風味をも楽しむのがこの料理です。イランでは骨付きの牛肉やラム、マトンなどで作られることが多く、よく煮えた骨の髄を取り出して食べる光景もよく見られます。また、日本の肉じゃがはしょうゆやみりんなどで味をつけますが、アーブグーシュトはトマトペーストや胡椒、ターメリックを基本に、好みでシナモンや乾燥レモンなどが加えられます。ちなみに、アーブグーシュトという料理自体はイランのほかに隣国のアゼルバイジャンやアルメニアなどでも作られており、作られる国や地域によって材料が多少異なり、実際には数種類ものアーブグーシュトが存在します。ですが、このレポートでは現在のイラン全国各地にほぼ共通するアーブグーシュトを取り上げます。以下にその基本的なレシピと作り方をご紹介しますので、ぜひ皆様のご家庭でもお楽しみいただければと思います。

<用意するもの> 目安;4人分

・マトン(できれば臀部の脂肪のあるもの)500g

・ひよこ豆; 1カップ(150g)

・白いんげん豆; 1カップ(約150g)

・玉ねぎ(中サイズ);2個

・トマト(中サイズ);3個

・トマトペースト; カレー用スプーン2杯

・ターメリック、胡椒; それぞれ紅茶用スプーン1杯

・ジャガイモ;(中サイズ)2個

・塩;適量(このほかにお好みで乾燥レモンやニンニク、シナモン、サフランを加えても可)

・サラダ油;適量

ちなみに、イランでは以下のような骨付き・脂肪付きの肉がアーブグーシュト用として好まれています

<作り方>

1.ひよこ豆と白いんげん豆は、前日から一晩水につけてふやけさせておく。できれば、その間に数回水を入れ替える

2.玉ねぎを粗みじん切りにし、大き目の鍋でサラダオイルとともに炒める。玉ねぎを少々炒めてから肉を加え、表面全体に少々色がつくまで中火でゆっくり炒める。肉の表面全体が炒まったらターメリックと胡椒を適量加え、さらに少々焦げ目をつける(ちなみに、この先肉を加えて煮込む際、仕込みに時間がかかるため、日本で作る場合は最初から圧力鍋を使ってもよいと思います)。

3.水につけておいたひよこ豆と白いんげん豆を加え、具の全体がかぶるくらいの水を加え、沸騰させる。

4.沸騰したら蓋をかぶせ、弱火にする。肉と豆類に完全に火が通るまで、2~3時間ほどかけてじっくり煮込む(日本ではガスの問題もあるので、圧力鍋を使ってもよいと思います)。

5.肉と豆類を煮込んでいる間に、トマトをすりおろしてトマトペーストとともにフライパンで温めておく。すりおろしたトマトとトマトペースを温めたものを、適量の塩とともに4.に加え(イランでは実際に、トマトペーストがそのまま加えられることも多くなっています)、全体になじませる。

6.トマトペーストとトマトが全体になじんだところで、ジャガイモの皮をむき、5.に加えて30分ほどさらに煮込む。この時にお好みで皮をむいたニンニクやサフラン、シナモンを加えてもOK。また、ジャガイモは小さなサイズであれば、適当な大きさに切らずにそのまま加えることもできます。乾燥レモンを加えた例

7.ジャガイモの中に火が通ったところで、適切な器に盛り付け、ヨーグルトやハーブ野菜、ピクルスやパンなどとともにどうぞ!

ちなみに、イランでは肉や豆などの具と煮汁を別途に出すことも多くなっています。

また、肉や豆類をすりつぶして食べるため、すり潰し用の棒(木製あるいは金属製)が添えられる場合もあります。木製のすり潰し棒を添えた例

金属製の肉潰し棒(ペルシャ語でグーシュトクーブと呼ばれる)を添えて

煮汁と具が別々に出される場合、写真にあるような金属または木製の棒(すり潰しやすいように片方が太くなっている)で肉と豆類、ジャガイモを一緒に潰して食べます。また、煮汁のほうは付け合わせに出されるパンをちぎり、煮汁に浸してスプーンですくっていただきます。

さて、このアーブグーシュトは本来、「ディズィ」と呼ばれる石鍋、もしくは土鍋(器)で作られることからディズィとも呼ばれ、今やイラン全国のどこの家庭の食卓にも普通に出てくる、まさに「人口に膾炙した」、しかもイラン文化に深く根ざした伝統料理の1つとなっています。この風味豊かな料理はイランの悠久の歴史と同じくらい長い歴史を持つとともに、単なる人気メニューの1つではなく、イランのアイデンティティやオリジナリティー、そして豊かな文化の象徴でもあります。そこで、ここからは歴史を遡り、アーブグーシュトのこれまでの足跡や変遷をたどっていくことにいたしましょう。蓋つきの土鍋ディズィとともに出されるアーブグーシュト

古代にさかのぼるアーブグーシュトのルーツ
一部の歴史家の間では、アーブグーシュトの起源は古代イランの遊牧民と牧畜の時代にまで遡ると考えられています。当時のイランでは、主要な食料源であった動物の肉は、様々な方法で調理されていました。その一つが、野菜や豆類と一緒に肉を水で煮込む調理法で、これがアーブグシュトの起源であると考えられています。

アーブグーシュトはイラン最古の料理の1つで、外国起源ではなく正真正銘のイラン発祥の料理といわれ、遊牧民が季節の節目に移動して最終目的地に到着し定住した地で、羊を生贄に捧げた後に作る料理だったということです。つまり、仕込みに時間のかかるこの料理は、定住化の産物ともいわれています。また伝えられるところでは、かつてイランで飢饉が起こった時、主に農耕や牧畜に従事していた人々が、他の一般市民に食事を与えるために大きな鍋でひよこ豆やインゲン豆などの豆類に多めの水を加えて煮込み、これを石製の器で煮込んだ肉に加えることで、大勢の人に食事を提供できるようになったとされています。一方で、以前のこのレポートでもご紹介したイランの国民食・イラン式焼肉キャバーブは遊牧民のメニューともいわれています。

時代が下るとともに、アーブグーシュトを調理して一般客に食べさせる店が出現したことで、この料理は王族や富裕層などの限られた階級から庶民へと広まり、人気を博しました。さらに、今から150年ほど前のガージャール朝時代にはトマトが外国からイランに入ってくるようになり、それ以来、アーブグーシュトにはトマトが加えられるようになりました。ガージャール朝以降、アーブグーシュトは一般家庭の食卓にも登場

アーブグーシュトの煮汁にパンをちぎって浸して食べる様子

ところで、イラン南部ファールス州の中心都市シーラーズや、同州北西部カーゼルーン郡といった一部の地域では今なお、アーブグーシュトに類似した料理が作られ、これはヤフニーという名称で呼ばれています。しかし、現在では一般的にアーブグーシュトはイランのほぼ全域で広く食されており、一般家庭の食卓によく出てきます。また、ボリュームがあり栄養価が高いことからハーブ野菜やピクルス、ヨーグルト、パンなどを添えた豪華料理としてレストランでも出されます。レストランなどで出されるアーブグーシュトの豪華メニューの例

歴史書や外国人の旅行記に見るアーブグーシュト

アーブグーシュトが初めて歴史文献に登場するのは、サーサーン朝時代(西暦224~651年)だとされています。サーサーン朝の公用語・パフラヴィー語で書かれた『ホスロー王と少年』という書物には、「ショルバ」と呼ばれる料理についての記述があり、今日のアーブグーシュトに非常によく似ています。この書物では、ショルバは羊肉、ひよこ豆、玉ねぎ、スパイスから作られる料理として描写されており、この料理が現在のアーブグーシュトの原型ではないかと考えられています。

また、アーブグーシュトは様々な時代にイランを訪れた外国人旅行者や歴史家の旅行記にも言及されています。例えば、14世紀のモロッコ人旅行家イブン・バットゥータ(1304~1368もしくは69)は、旅行記の中で肉、小麦、ひよこ豆で作られた「ハリーサ」という料理について言及しており、これは現在のアーブグーシュトに非常によく似ています。        イブン・バットゥータ(1304~1368もしくは69)

17世紀のフランス人旅行家ジャン・シャルダン(1643~1713)も、自らのイラン旅行記の中で肉や米、野菜を使った料理が作られていたと述べていますが、これは今でいうアーブグーシュトの一種と考えられます。           ジャン・シャルダン(1643~1713)

なお、これまでにテヘラン便りのイラン料理関連のレポートでも何度か取り上げたことのある、ガージャール朝時代のナーセロッディーンシャー国王(位1848~1896)は美食家として知られ、常によりおいしい新メニューの創作を求め、試していました。         ナーセロッディーンシャー国王(位1848~1896)

そのため、ナーセロッディ―ンシャーの廷臣たちは王の味覚にふさわしい美味しい料理を作ろうと努力しました。特に彼に仕えた有名な料理人の一人アリー・アクバル・ハーンは、約14種類ものアーブグーシュトを調理したと言われています。シャーとその廷臣たちが夏の避暑地に出かける際には、地方の羊の肉と香ばしい野菜を使った美味しいアーブグーシュトが作られ、その評判は宮廷の外にも伝わっていたということです。

また、ナーセロッディーンシャーの2代前の王ファトフ・アリーシャー(位1797~1834)のひ孫にあたり、ガージャール朝時代の作家・歴史家であるナーデル・ミールザー・ガージャーリー(1885年没)は『ホラーク・ナーメ(食物の書)』という書物において、様々な種類のアーブグーシュトをリスト化し、それぞれの種類について詳細に記述しており、特に石製の蓋つき鍋(ディズィ)で作るアーブグーシュトの詳細なレシピを紹介しています。         ナーデル・ミールザー・ガージャーリー(1885年没)

石製の蓋つき鍋を炭火にかけて作るアーブグーシュトの風味は最上級とされる

こうした諸々の出来事を経て、アーブグーシュトはついにテヘランのバザールでも作られるようになりました。一部の人々の間では、アーブグーシュトがイランで最も有名な料理一家の出身であるアリー・ナギー・ハーンの発明によるものだと考えられています。これについて、イラン人研究者のアミール・バハードル・アミーニー氏は次のように述べています;

「テヘランの人々の主な食べ物はアーシュと呼ばれる、野菜と肉のごった煮スープだった。もっとも、アーシュ以外にも『水』と『肉』の組み合わせ料理はテヘランの住民の間で人気を集めていた。アリー・ナギ・ハーンは、これらの生の食材にひよこ豆、ジャガイモ、トマトを加え、あらゆる食通の好みに合うメニューを考案しようとした。これがまさに2人用、4人用、8人用の皿に盛り付け、パンと一緒に食べる料理アーブグーシュトである。アーブグーシュトが考案される前は、レストランで見知らぬ数人が同じテーブルに座り、同じ皿で一緒に食事をするという習慣はなかった。当然のことながら、この方法は低所得者層にとって大きな助けとなった」

現代イランの一般家庭の食卓にごく普通にみられるアーブグーシュト

さて、このように長い歴史を持ち、歴史書や外国人の旅行記にも登場するほか、今ではイランの一般家庭の食卓にごく普通に出てくる定番メニューの1つでもあるアーブグーシュトは、ペルシャ語のことわざや慣用句にも使われています。それでは、今月のレポートの締めくくりとして、アーブグーシュトという言葉を含んだ表現をいくつかご紹介しましょう。

・「アーブグーシュトと茶が煮詰まっている」;何かをするために必要な下地・準備、道具などが全て揃っていることを表す表現。

・「自分の目の前にあるアーブグーシュトを食べよ」;今自分が持っているものの有難みを知るべきであり、他の人の物に目移りしてはならない。

・「アーブグーシュト的なもの」;品質が低く、それほど高い価値がないこと。主にテヘランで使われる表現とされています。

・「アーブグーシュトを入れる器ディズィの蓋が開いている、猫の良識はどこか?」;

①例え自分にとって周りの状況がよくなり好条件やメリットが整ったとしても、それを悪用してはならない。

②他人の親切や恩の有難みを知り、軽く扱ってはならない

③自分にとっての好条件やメリットなどを、他人を傷つけるために悪用してはならない

このことわざにおいては、猫がこそ泥的な存在として比ゆ的に扱われています。

今月は、イランの伝統的な家庭料理の1つで、外食産業にも登場するイラン式肉じゃが・アーブグーシュトと、それにまつわる話題や歴史などをお届けしましたが、いかがでしたでしょうか。醤油ベースの和風肉じゃがとはまた違った、西アジアの風味を皆様にもぜひお楽しみいただければと思います。

来月もどうぞ、お楽しみに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ABOUT ME
yamaguchi
IRIBイランイスラム共和国国際日本語通信でニュース翻訳のほか、イランのことわざを週2回紹介しています。20年以上にわたりイラン滞在の経験があり、2016年からはイラン人の夫とともにテヘランから西に150kmほど離れたガズヴィーン州に滞在していました。現在は、イランと日本を行き来しながら、日本の皆様に普通のメディアには出てこないようなイランのホットな情報をお届けしています。