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エッ!これがイラン!?イランの意外な一面を一挙に公開(2)

親日的なイラン人、最近では折り紙も盛んに

ペルシャ湾に姿を見せるイルカの群れ

読者の皆様、新年明けましておめでとうございます。

昨年はウクライナ危機がまだ終息しないまま中東情勢がにわかに緊迫化し、イランを取り巻く国際情勢は益々複雑化してきました。しかし、日本でもようやくコロナ関連の入国規制が解除され、国境を越えての移動がしやすくなったことは喜ばしいことであり、またこのような折だからこそ、複雑な中東情勢の真っただ中にあるイランの真の姿や素晴らしさを、もっと一般の皆様に知っていただけたらと願う昨今です。今年もまた気分新たに、このレポートでは日本人の視点からイランの知られざる魅力を皆様にご紹介してまいりたいと思います。

今回は前回の続きとして、日本ではあまり知られていないと思われるイランの意外な魅力や一面を数多くご紹介してまいりましょう。

まずは、「イランにもこんなものがあったのか」と思われそうなものからご紹介します。

以下の写真は、カスピ海沿岸の地域での茶摘みの風景です。日本では「イランは砂漠の国」というイメージが強いかもしれませんが、カスピ海沿岸の地域では日本と気候風土が類似しており、イランの他の地域よりも雨が多く、農業も盛んです。日本でいう「夏も近づく八十八夜」のころに、イランでも茶摘みが行われます。ちなみに、イランでは日常的には紅茶がよく出てきますが、最近ではペットボトル入りの緑茶も市販されています。

さて、雨が多い地域の農業と言えばやはり米作でないかと思います。イラン北部地域でも国内の他の地域にはない気候風土を生かして、盛んに田植えが行われています。

ちなみに、イラン人の一般的な朝食はパンにバター、ジャム、チーズに紅茶と言った洋風のスタイルですが、カスピ海地域では朝食にライスが出てきます。

さて、前回はイランでも雪がよく降る地域があることをご説明し、テヘラン市内のスキー場をご紹介させていただきましたが、イランには山岳地帯も非常に多く、カスピ海地域にはローウェーもあります。このロープウェーからは、緑豊かな田園地帯と同時にカスピ海を一望することができます。

さて、今度はぐぐっと南下してイラン南部ペルシャ湾に面した地域に視点を投じてみましょう。ペルシャ湾岸地域はご存じの通り産油地帯ですが、海に面しているとあって漁業も盛んです。そのため、大きな魚河岸もあり、毎日新鮮な魚の売買が行われています。男性だけでなく、色鮮やかなチャドルに身を包んだ女性たちが手際よく魚をさばいています。イランでは宗教上、食べてはいけないものがありますが、魚介類やエビなどは盛んに食されています。

ペルシャ湾には大型のウミガメのほか、様々な熱帯魚が生息していますが、イルカの群れも頻繁に見られ、イルカを見る専門のツアーも行われています。

では次に、日本と似ていると思われるイランの習慣のいくつかをご紹介しましょう。

これは、イランの春の新年を祝う習慣の一つで、お正月シーズンの最終日(大体4月2日ごろ)の「自然の日」のピクニックの様子です。イランは西暦やイスラム太陰暦のほか、独自の太陽暦を採用しており、学校や官公庁のスケジュールはこれに基づいて実施されます。このイラン太陽暦では、日本の春分の日が元日とされ、この日から2週間ほどがお正月シーズンとなります。中国の文化圏で、春節に郷里への帰省や旅行が行わるのに似ています。イランでは、お正月シーズンの最終日には家にこもらず、外に出かける習慣があります。ちなみにイランでも日本のように年末の大掃除や年始回り、お年玉をあげるなどの習慣があります。

日本にはお正月の松飾や七福神などの縁起物のほか、七草がゆを食べる習慣がありますが、イランにも春の新年を祝う7つの縁起物があります。これは、ペルシャ語のアルファベットのSで始まる7つの飾り物で、家の戸口にではなく、家の中の一角に敷物をしいて見栄え良く並べて飾ります。これらの7つの縁起物とは、写真中央にある、豆などを10日ぐらい前から濡らして発芽させたものに加え、順に右からリンゴ、香辛料の1つ・ス―マック、コイン、酢、ナナカマド、ニンニクです。これらのもの1つ1つに意味があり、春の復活や芽生え、忍耐、経済的な繁栄などの願いが込められています。

さて、日本と同じように北半球にあるイランも、冬至や夏至が同じようにめぐってきますが、イランでは冬至の日に行う独特の習慣があります。

日本でも冬至のころの習慣として柚子湯に入ったり、カボチャやミカンなどを風邪の予防のために食べるなどの習慣がありますが、イランではこの日に家族などでなどで集まり、スイカやざくろ、ナッツ類などを食べる習慣があります。不思議なことに、イランではスイカは冬によく登場します。赤い果物でもあるスイカは、太陽の象徴とされています。

冬至の日にちなんで、一族のおばあちゃんの家に集まった親族の様子。イランでは、冬至やお正月のほかの時期でも比較的親戚づきあいが盛んです。もっとも、最近ではネットの発達やコロナの影響もあり、10年ほど前に比べてそういう機会は幾分減ってきてはいますが、それでも地方都市などを中心に大家族制の残っている地域は多く、今でも家族親戚づきあいが非常に親密に行われています。

さて、現在日本も本格的な冬を迎え、「木枯らし1号」や「冬将軍」の到来のニュースも聞かれる中、街中では温かい焼き芋やおでんを販売する店舗などに行列ができているかと思われます。実はこの時期、そしてこれからしばらく続く寒い時期に街中で、ある物が非常によく売れています。これは、毎年冬にイランの街中でよく販売される「テンサイ」です。遠くから初めて見たときには、これは一瞬、焼き芋かと思いました。筆者自身も冬に外で出かけたときには、よくこれを買って食べていました。

ではここで、イランでの日用品や食料品などの買い物について触れたいと思います。

イランでは街中の至るところに、また大抵は自宅から歩いて行ける場所に食料雑貨店があり、日々の食生活に必要な物の多くがこうした商店で購入できます。食料品一般、豆類や穀物類、レトルト食品、調味料、洗剤、パック詰めのすぐに使える野菜や肉類、卵、トマトやキュウリ、ジャガイモ、玉ねぎなど、本当にまず必要なもののほとんどが店頭に並べられています。

勿論、こうした食料雑貨店とは別に、精肉店や八百屋さん、パン屋さん、果物屋さんも別途に存在します。以下はテヘラン市内のある果物屋さんです。写真の右側の男性が抱えているのはスイカです。イランで販売されているスイカの多くは、楕円形の細長いものです。ちなみに、イランでは野菜や果、肉類、ケーキなどの菓子類は子個人商店の場合はキロ単位で販売されています。

テヘラン市内のお菓子屋さん。これらを組み合わせて何キロ、という風に注文します。

さて、イランにはこうした個人商店のほかにも、いわゆる日本でいう高級百貨店やスーパー形式のお店もありますが、やはり昔ながらの伝統的な佇まいのある商店街、バザールの方がいかにもイラン的な雰囲気を感じさせます。

多くの人々が行き交うテヘラン市内の伝統的な商店街・バザールの様子。イランの伝統的な風情が感じられます。

ところで、イランといえばイスラムというイメージが沸くかと思います。確かにその通りで、イランの正式名称は「イラン・イスラム共和国」であり、国民全体の9割以上がイスラム教徒です。しかし、そうしたイランにもキリスト教徒や、伝統的な宗教であるゾロアスター教(別名:拝火教)の人々もおり、テヘランや中部イスファハーン、ヤズドを初めとした地域にそうした宗教のコミュニティもあります。

では、イランにいくつもの宗教が平和的に共存していることを示す写真を以下にご覧下さい。

これは中部イスファハーンにあるキリスト教会です。一見すると、イスラム風のドームの丸屋根になっていますが、そのてっぺんには十字架が立っています。イスファハーンにはイラン有数のキリスト教徒のコミュニティがあります。

その教会内の様子。イスラム風のアーチ形式の作りの中に、キリスト教の宗教絵画が描かれています。

イラン南部の街中の一角。教会とイスラムのモスクが隣接しています。

そして、北西部のトルコとの国境に近い地域には、ユネスコ遺産にも指定されている「アルメニア教会修道院建築群」があります。

そしてこうした建物ばかりではなく、イスラム教の聖職者がキリスト教会を訪問することもあります。

さらに、イランではイスラム教やキリスト教の他にもユダヤ教やゾロアスター教(拝火教)寺院もあります。

中部ヤズドにある拝火教寺院内の聖火

拝火教の祭司。日本の神道でいう神主に相当します。拝火教では火を聖なる存在と見なすため、口から吐く息で火を汚さないよう、祭司は口を覆っています。

テヘラン市内のユダヤ教シナゴーク。見たところ普通のイランの建物のように見えますが、ユダヤ教の寺院となっており、入り口前にユダヤ教徒の黒い帽子をかぶった2人の男性が立っています。

寺院の内部。ユダヤ教徒の男性が、現体制のイランを建国したホメイニー師の肖像画のそばにたたずんでいます。ユダヤ教徒と言えど、イスラムに反対することなく共存していることを示しています。

そして、驚くべきことは、イランでは少数派の宗教の信者であるキリスト教徒や拝火教徒、ユダヤ教徒が国会でもきちんと議席を持っていることです。さらに、イランの国家元首である大統領は必ずイスラム教徒でなければなりませんが、毎年イエス・キリストの生誕記念日に際して必ず、大統領自身が祝辞を述べることになっています。

ですがやはり、イラン国民の多数派を占めるのはイスラム教徒であり、1日5回の日々の礼拝のほか、毎年の断食を行うラマダン月にはかなりの割合の人が厳密に断食を実行します。もっとも、ラマダンは決して堅苦しい月ではなく、その日の断食が終わると家族や友人知人、地域の人たちが集まって盛大に夕食を食べます。

テヘラン市内のあるモスクに設けられた、ラマダン期間中の一般夕食会。誰でも自由に食事の席に参加できます。ちなみに、このラマダンの夕食は食事を出した側も、出された側もご利益があるそうです。

そして、イラン人の国民性の1つとして、先に挙げた家族や親類縁者、伝統文化、宗教を大切にするとともに、政治への参加意欲が非常に高いことが挙げられます。

投票所の様子。イランはまだ、投票所に出向いての投票が主流です。

 

若い女性や中高年の男性も、投票して誇らしげです。ちなみに、イランでは投票すると右手人差し指の指紋を取られることになっており、人差し指にスタンプの跡がついているのは投票した証拠になります。

そして、この男性の表情をご覧ください。公衆の面前でも堂々と、一大事業でも成し遂げたかのようにVサインで決めています。

夜になっても投票希望者の列が絶えることはなく、結局この時は制限時間を3回も延長して、夜中の24時まで投票を受け付けたということです。

そして、決して忘れていただきたくないのは、イランは世界有数の親日国だということです。空手、柔道、折り紙、芸者、神風、忍者、と言った言葉は既にペルシャ語の中に借用語として取り入れられています。

イランでは特に、この15年ほどで男女を問わず様々な世代の人々の間に折り紙が広まっており、折り紙サークルや折り紙協会も設立されています。

また、日本古来のスポーツであり、現在は国際的なスポーツにもなっている空手や柔道はイランでも盛んにおこなわれ、子供や一般向けの教室もあり、女性の間にも愛好者が広まっています。

新年初の今回のレポートも、最後までお読みいただき、ありがとうございました。2回にわたってイランの様々な様相をお伝えしてまいりましたが、これらはあくまでもそのほんの一部に過ぎません。これからも、このレポートではまだまだご紹介しきれていないイランの魅力を皆様にお届けしてまいりたいと思います。それでは最後に、イランが世界に誇るユネスコ遺産、そしてイランにしかない絶景をお届けし、このシリーズを締めくくることにいたしましょう。

中部イスファハーンの「王のモスク」の内部(ユネスコ世界遺産にも登録)

南部シーラーズ近郊に残る紀元前アケメネス朝の古都の遺跡ペルセポリス(ユネスコ世界遺産にも登録)

1か所に3つの国の国境が集中する北西部アラス川(川の手前がイラン、対岸の右側はアゼルバイジャン、中央から左にかけてはアルメニア)

本年も、一般的なメディアにはまず出てこないと思われるイランの意外な情報を数多くお届けしてまいります。次回もどうぞ、お楽しみに。