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イラン中部の絶妙な暑さ対策;天然風クーラー「バードギール」

中部ヤズド州にみられる代表的な採風塔・バードギール

ドーム屋根に併設されたバードギール

もうかなり前から、地球の温暖化や気候変動、異常気象などといった話題が叫ばれるようになってきています。つい最近では、メディアにおきまして「地球の沸騰の時代」という表現まで登場したのが皆様の記憶に新しいのではないでしょうか。今や地球規模で気温が異常に上昇し、従来から砂漠や熱帯地域とされている以外の地域でも、異常高温が観測されるようになってきました。10年、20年前とは明らかに気候が違い、しかも年々、暑さが過酷になっていることは、既に読者の皆様も感じていらっしゃることと思います。熱中症により病院に搬送される事例や「災害級の酷暑」も毎日のように報じられ、これでは果たして20年後には日本、ひいては地球に住めるのか、という懸念も浮上しているようです。

特に日本をはじめとする先進国では、こうした暑さをしのぐ手段としてクーラーやエアコンなどの電化製品の利用が主流ではないかと思われます。しかし、旧来から日本よりもはるかに厳しい高温が記録されているイランの一部地域では、そうした電化製品以外の、地元の気候風土に合わせ天然の手段を用いた、非常に賢明で合理的な冷房装置が使用されてきました。これは、いわば天然の風クーラーとも言えるもので、外の空気を風と共に塔の中に取り入れ、水で冷やすという仕組みになっており、ペルシャ語では「バードギール」と呼ばれています。バードとは風を意味し、ギールとはペルシャ語で「取る」という意味の動詞の語根です。言うなれば、バードギールは「風採り塔」、「採風塔」といったところでしょうか。

日本でも連日猛暑に見舞われ、暑さ対策が叫ばれるとともに、世界各地で記録的な高温が報告されている中、今月はイランでも特に中部内陸の乾燥地帯のイラン式建築によくみられる天然の風クーラー・バードギールの話題をお届けしてまいりましょう。

さて、イランと言えば「砂漠」というイメージが沸くかもしれませんが、イランは日本の4.4倍にも相当する広大な国土面積を有しており、決して国土全体が砂漠というわけではありません。しかし、特に中部ヤズド州や南東部ケルマーン州などは典型的な砂漠地帯に属しています。今回は、イランにある本場の砂漠での生活の知恵の1つをご紹介してまいります。

ちなみに、ヤズドは2017年、「砂漠で生き残るため、限られた資源を賢く利用した生きた証拠」としてUNESCO国連教育科学文化機関の世界文化遺産に登録されました。

日干し煉瓦の町とされるヤズド州内の街並みの一角。その名の通り、日干し煉瓦でできた家並みやモスクの間に、バードギールが併設されているのが一般的です。

最も代表的なバードギールの1つは、ヤズド旧市街のドウラトアーバード庭園内に建てられているもので、33メートルというヤズド及び世界で最高の高さを誇っています。ちなみに、このバードギールは四角柱ではなく、八角柱状になっています。

これは塩分を含むイランの砂漠地帯の代表的な庭園であり、18世紀にヤズドの有力な族長モハンマド・タギーハーンによって建設されました。なおこの庭園は、2011年に9つのイラン式庭園としてユネスコの世界遺産に登録されています。

バードギールの仕組み・構造を簡単に説明しますと、角柱もしくは円柱(イランでは大多数が角柱)状の塔の1つの方角、或いは四方に風を取り込むための解放口が設けられています、ここから入った風がこの建物の中にある貯水槽の水に当たって冷風となり、屋内を冷やすとともに、室内の温まった空気を外に出す仕組みになっています。

バードギールの内部の様子

地元の方のお話によれば、いわゆる電気を使用したクーラーでは電気代もかさみ、また人工的な風に当たることは骨の痛みを招くなど健康によくないのに対して、天然の冷風であればこうした弊害がないということです。

しかも、いわゆる通常の電力による冷房器具では二酸化炭素を排出することになり、現在問題となっている温室効果ガスの増大に拍車をかける形となります。しかし、バードギールならそのような問題はありません。まさにクリーンエネルギー使用の最先端ともいうにふさわしいものであり、身近に手に入るものを使用しての、生活の質の向上に成功した事例といえるでしょう。

もっとも、バードギールによる天然冷房にも欠点はあります。特に指摘されているのは、風と一緒に外部のちり芥なども入ってきてしまうということです。そのほかにも、空中を飛ぶ鳥や虫などが紛れて室内に入ってきたケースも報告されているそうです。

そして、特に電力やガスなどの化石燃料による、いわゆる現代式の冷房措置が登場したことから、バードギールは廃れはじめ、その多くがクーラーなどに取って代わられてきています。

さて、風を取り込む柱の形状は方形のものの他、以下の断面図にもあるように多角形のものも見られます。

方形の例(中央にあるのは貯水槽の屋根)

多角形の例

現在、ヤズドには約700本のバードギールが存在しており、そのうち最古のものは14世紀のものとされています。しかしながら、この独特の建築様式は今から約2500年前、即ちヨーロッパなどからエキゾチックな憧れの対象とされていたペルシャ帝国が栄えていた時代に遡るということです。

現代の世界で注目されているクリーンエネルギーを活用し、電力や化石燃料などを必要とせず、温室効果ガスやそのほかの汚染物質さえも出さない天然の風クーラーが、今からはるか昔のイランで発明、使用されていたことは、実に驚くべきことではないでしょうか。

また、ヤズド市のある関係者の話によりますと、バードギールは単なる室内冷房装置としての役割を果たしているのみならず、昔はバードギールの高さやそこに施された装飾などで、その家の主人の社会的地位や人望などが見て取れたということです。すなわち、バードギールの地上からの高さがより高く、またバードギールにより多く装飾が凝らされていれば、その家の家長やその家の住人が人々からより敬愛されていたことを意味していたそうです。

 

これまでご覧いただいたように、バードギールと一口に申しましても、その形状などに微妙な違いがあるのがお判りいただけるかと思います。バードギールは大まかにはヤズディ式、ケルマーニー式、アルダカーニー式に分かれます。

ヤズディ式のものはそのほかの形式のものよりも大きさや高さがあり、四方向や八方向のものが目立ちます。また、ほかの種類より複雑で趣向を凝らしたものが多くなっています。

ライトアップされたヤズディ式バードギール

 

これに対し、アルダカーニー式のものは、ヤズド州アルダカーン郡を起源とするもので、他の形式のものよりも簡便な構造となっており、また経済的であることから、家屋の各部屋に設置されている場合も多くなっています。

アルダカーニー式のバードギール。多くは風の取り込み口が一方向になっている

そして、ケルマーニー式は先に挙げた2つのタイプよりさらに簡便な構造でサイズも小さくなっており、建物の中・下層階に設置することも多いということです。

 

ところで、イランのバードギールと言えば中部ヤズド州がよく知られていますが、イラン国内のそのほかの暑さの厳しい地域でも使われており、またヤズド州内でも形状も異なるものが見られます。以下にその例をご紹介してまいりましょう。

複数のパイプ式バードギール(南東部ケルマーン州スィールジャーン郡)

二階建てのバードギール(ヤズド州アーバルクー)

中部イスファハーン州カーシャーン郡のバードギール

風の取り込み口の広いバードギール(南部ホルモズガーン州)

さらに、ヤズド州バハーバード郡には唯一とも言われる円柱形のバードギールも存在しています。

そして、首都テヘランにもバードギールは存在します。以下はゴレスタン宮殿に設置されたバードギールです。

一般的に、1年のうちで電力消費量がピークに達するのは夏とされ、その主な要因である冷房は電力消費のみならず、屋内冷房のために熱気を外に排出することから、外気の温度を直接的に上昇させることになります。そして、この冷房を1つの原因とした現象が、都市部の気温が上がる「ヒートアイランド現象」だとされています。

しかも、電力は備蓄できないという問題点があり、電力が平常よりも増えたときに、もっとも活動するのが化石燃料による火力発電とされています。このことから、電力消費の多い夏の時期に電力消費量を抑えれば、火力発電の発電量を減らす、すなわち温室効果ガスを直接減らせることになります。

昨今ではG7やG20をはじめとする各国首脳、そして国連などが地球温暖化対策や化石年商を原因とする温室効果ガスの排出削減を目指し、国際会議を開催して各国に温室効果ガスの削減義務を課しているものの、その効果のほどは今一つというのが現状のようです。

その一方で、世界の人口はさらに増大し、最近は遂に80億人を突破したと言われ、エネルギー問題は益々重要性を増しています。しかも、今や地球規模での省エネや温室効果ガスの排出削減、クリーンエネルギーの使用や省エネ、持続可能な発展が叫ばれています。

しかも、石油などの化石燃料はいずれ、枯渇という問題に直面すると言われており、そうした事態が生じれば、電力を主とした冷房手段の存在や位置づけが危ぶまれることになります。代替手段としてのクリーンエネルギーへの転換が盛んに叫ばれているものの、電力の安定供給が困難であることや、コストがかさむといった問題も指摘されています。このことから、場合や場所によっては、昔ながらの方法での冷房手段を考えざるを得ない事態も生じるかもしれません。

そうした中にあって、イラン古来の天然冷房措置としてのバードギールは、現在の人類の冷房手段の在り方に一石を投じ、今後の納涼の在り方に1つのヒントを与え、真の意味で持続可能な発展に寄与できる存在といえるのではないでしょうか。

次回もどうぞ、お楽しみに。

ABOUT ME
yamaguchi
IRIBイランイスラム共和国国際日本語通信でニュース翻訳のほか、イランのことわざを週2回紹介しています。20年以上にわたりイラン滞在の経験があり、2016年からはイラン人の夫とともにテヘランから西に150kmほど離れたガズヴィーン州に滞在していました。現在は、イランと日本を行き来しながら、日本の皆様に普通のメディアには出てこないようなイランのホットな情報をお届けしています。