安倍元首相がイランをご訪問、ローハーニー・イラン大統領(当時)と会談(2019年6月、テヘランで)
安倍元首相とイラン最高指導者ハーメネイー師の会談(2019年6月、テヘランにて)
2022年7月8日、参議院選挙を2日後に控え奈良市内で街頭演説中だった安倍元首相が凶弾に倒れ、非業の死を遂げるという衝撃的なニュースが、全世界でトップニュースとして大きく報じられました。日本の「顔」的な存在として、世界各国との親交に努めた安倍元首相の回復を、誰もが願っていましたが、必死の蘇生措置や人々の祈りもむなしく、安倍元首相は帰らぬ人となりました。
実のところ、今月は別の話題でのレポート発信を予定しておりました。しかし、このたびの事件が世界に衝撃を与え、また安倍元首相がイランにも来歴があるほか、私事ながら筆者自身が過去にご夫人の安倍 昭恵氏にもインタビューさせていただいたことから、急遽予定を変更しまして、安倍元首相銃撃事件に関するイランでの反響や、安倍首相ご夫妻のイランとの交流の暦などについて、安倍元首相への哀悼の意を込めてお届けしてまいります。
安倍元首相銃撃事件はイランでもトップニュースとして大々的に報じられ、大きな反響を呼びました。
安倍元首相の訃報を受け、ライースィー・イラン大統領は岸田首相に宛ててメッセージを発信し、弔意を表明しました。
ライースィー大統領はこのメッセージの中で、「故安倍元首相は日本国民にとって偉大な政治家であり、また国際的な要人であった。そして、わが国と日本の歴史ある関係の発展に大きな役割を果たした」として、安倍元首相を高く評価しています。
そして、「友好国たる日本の政府と国民諸氏に対し、深い哀悼の意を示すとともに、安倍元首相の霊魂が安らかであるよう、偉大なる神に祈る次第である」とコメントしました。
日本では意外と知られていないかもしれませんが、イランも要人や国民を狙ったテロにより1万7000人以上の被害者を出しています。最近の例として特に知られているのは、2020年にイラクを訪問中だったイスラム革命防衛隊ゴッツ部隊のソレイマーニー司令官のテロ暗殺事件、およびテヘラン近郊での核科学者ファフリーザーデ氏暗殺、そして今年5月に発生した革命防衛隊の大佐の暗殺などがあります。
この点からも、イランは基本方針としてテロを強く非難しています。今回の安倍元首相の銃撃事件についても、イラン外務省は歴然とした「テロ暗殺」とする見解を示しました。
イラン外務省のキャンアーニー報道官は、「わが国は、国家の重要な指導者の数々をテロで失った犠牲国の1つとして、安倍元首相銃撃事件の成り行きを注視するとともに、このような卑劣なテロ暗殺行為を激しく非難する」と表明しました。
また去る14日には、自身の在任中に安倍元首相と何度も会談を重ねたハサン・ローハーニー前大統領が在テヘラン日本大使館を弔問に訪れ、記帳しました。
ローハーニー前大統領は記帳を終えてから、安倍元首相との会談歴などを振り返り、まずはこの事件での安倍元首相の非業の死を非常に悼むとともに、日本・イラン関係強化に安倍氏が大きな役割を果たしたことを指摘し、「安倍元首相は在任中、わが国と日本の関係発展および、核問題の解決に大きく尽力した」としてその功績を称えました。
そして、「今回の事件に関して改めて、日本の政府と国民の皆様に心からの哀悼の意を申し述べる。わが国自身、テロで多数の要人や市民を失ったテロの犠牲国であることから、強く同情する」と述べました。
ローハーニー師自身が2013年に提唱した「暴力やテロ、過激派のない世界」の理念は、同年の国連総会で採択されていることから、同師は「我々はこの理念の達成に向けて努力すべきだ」ともコメントしています。
ローハーニー師はさらに、相川 一俊・駐テヘラン日本大使とも会談しました。
ローハーニー前大統領と相川大使の会談の様子
ローハーニー師はこの会談で、自身の8年間の大統領在任中に通算12回にもわたり安倍元首相と会談したことに触れ、「この間の国連総会では毎回のように安倍氏と面会していた。また、特に2019年の安倍氏のイラン訪問は極めて重要な出来事だ。この訪問は両国関係の深化に加えて、1つの大きな国際問題の解決を目的にも行われたものだった。そして勿論、私自身の東京訪問と安倍氏との会談、両国関係や国際問題に関する日本との数々の正式な協定に調印したことは非常に重要である」と、感慨深く追憶しています。
加えて、「安倍元首相は、日本国民に大きく貢献した」とし、「安倍氏の記憶は、日本や世界の人々の心に恒久的に残るだろう」とコメントしました。
一方、記帳訪問を受けた相川大使も、この訪問に謝意を示すとともに、両国の関係やその発展に向けた自らの尽力の重要性をアピールしています。
ローハーニー大統領の来日(2019年12月20日)
安倍元首相は日本・イラン国交樹立90周年に当たる2019年6月にイランを訪問し、現最高指導者ハーメネイー師や当時のローハーニー大統領などと会談していますが、日本の現職の首相によるイラン訪問は、1978年の福田赴夫氏以来41年ぶりのことで、この訪問はイランでも非常に注目されました。
安倍元首相とローハーニー師の会談
最高指導者ハーメネイー師との会談
安倍氏はこのときの会談で、ハーメネイー師に対し「イラン最高指導者にお会いでき幸甚である,1983年に父の安倍晋太郎外相がイランを訪問した際にも,当時大統領を務められていた貴殿にも表敬した」と伝えました。
さらに、「軍事衝突は誰も望んでおらず,また日本として現在の緊張の高まりに対する懸念を示すとともに、核合意を一貫して支持している。イランとIAEA国際原子力機関との協力継続は評価に値する。イランによる核合意履行の継続を期待している。イランが地域の大国として、中東の安定に向け建設的な役割を果たすよう希望する」旨を表明しています。
安倍氏はハメネイ師との会談後,「イラン最高指導者から平和への信念を伺うことができ,また,核兵器は保有も製造も使用もしない,その意図はない,すべきではないとの表明があった」と説明しています。
安倍元首相はイランとはゆかりがあり、1983年8月には父・安倍晋太郎外相(当時)がイラン・イラク戦争の仲介を試みようと両国を訪問し、停戦を呼び掛けた事実もあります。因みにこのとき、安倍晋三氏は外相秘書官として同行しています。
イラン・イラク戦争最中の1983年、父の安倍晋太郎外相が当時イラン大統領だったハーメネイー師と会談
また、2016年には昭恵夫人がイランをご訪問されました。
エブテカール副大統領と握手を交わす昭恵夫人
モウラーヴェルディ副大統領より記念品を贈呈される昭恵夫人
昭恵夫人にインタビューする筆者。大変貴重な思い出となりました。
昭恵夫人はご多忙なスケジュールの中、インタビューに応じてくださいました。非常に短い時間でしたが、お話をうかがうことができ、大変貴重な経験をさせていただきました。初めてお会いした昭恵夫人は、とても物静かで丁寧な物腰の女性という印象を受けました。
ところで、今回の事件は特にイラン訪問歴のある、イランにとっての友好国の元首脳が凶弾に倒れたことから、一般のイラン人の間でも衝撃と大きな驚愕を持って受け止められ、反響を呼んでいます。
特に多かったのが、「日本の警察は世界一優秀」とも言われ、しかも世界でも1,2位を争うほど治安のよい、また銃犯罪の発生率が世界で最も低い国の1つである日本で、なぜこのような事件が起きたのか、という疑問でした。
この点について、テヘラン市内在住のある30代と40代の男性(いずれも会社員)は次のように語りました。
「私の知り合いや親戚にも、今から2,30年ほど前に日本に出稼ぎ労働に行って数年滞在し、帰国した人が何人もいる。彼らの口から出てくるのは、〝日本はすごく良かった、また行きたい”、“夜中に街中を歩いても安全。おまわりさんがいつでもどこでもちゃんといるから安心”、〝電車もバスもきっちり時間通り来る。電車が1分遅れても駅員さんとかが謝罪する。こんなすごい国はない、完璧な国だと思う”というコメント。その日本でどうして?絶対に信じられない」(このほか60代主婦、40代男性公務員、50代会社員男性など多数)
また50代の公務員男性および、30代の女性(主婦)は「日本国民は真面目で誠実、裏表がなく、責任感が強い。だからこそああいう素晴らしい国ができたんだと思う。その日本にこんなひどいことをする人がいるなんて考えられない。銃犯罪の多いほかの国ならともかく、平和で規律のしっかりした国という日本で、しかもイランにも来たことがある政治家が撃たれるなんて、イラン人として、1人の人間として無念だ」と、日本人にも負けないほどの無念さをにじませていました。
また、事件当日の動画はイランのメディアでも報じられ、「世界一優秀な」はずの日本の警察や警護体制に対する素朴な疑問の声も上がりました。
20代男性(店員)、30代女性(会社員)、50代女性(私立学校教員)はかなり鋭く指摘しています。
「自分は警備関係の職業ではなく、あくまでも素人です。でもその私たちから見ても、安倍元総理の後ろ側が全然がら空きで、あまりにも無用心ではないかと感じました。いくら現職の総理ではないとはいえ、やはりそれ相当の政界の偉い人なのですから、もっとびっちりガードすべきだったのではないでしょうか?しかも、演説をしている人の背後をガードすべき人が前方の聴衆のほうを向いてしまっている。逆ですよね。それに、背後を自由に自転車や車が通っているのも問題だと思います。演説している人の背後は通行できないようにすべきだったのでは?」(このほか50代男性公務員、40代自営業男性、70代定年退職者男性など多数)
人命の大切さについては、イランも変わりありません。警察や政府首脳が今回の事件について「重く受け止める」、「痛恨の極み」といった表明により謝罪したことも報じられています。しかし、今回の事件での「警護上の手抜かり・不手際」は「お詫びして訂正します」では済まされないものとしても強く批判されています。イラン人から見ても1人の人間、しかもイラン来歴のある友好国の要人が警護の隙間をつかれ、命を奪われたことに対してやはり、ショックは隠せないようです。
「それこそ学校のテストとか、会社の業務上のミス、何かの演説での言い間違い、サイト上のタイプミスとかだったら修正、やり直しがきくだろう。この事件はある意味で、国や警察のミス、不行き届きだ。国や警察のトップが国民に謝罪したことは大事なことだけれど、いくら謝ってもらっても亡くなった人は帰ってこない。政府や警察として、こういう事件を未然に防ぐ手立てはなかったのか」(50代男性、飲食店経営)
「安倍総理のイラン訪問、そして大統領や最高指導者と会談したことはイランでも大きく報じられた。イランにも来たことのある日本の政界の要人として、非常に印象に残っている。そのような人がなぜ、こんな理不尽な形で命を奪われなければならないのか。事件の動画を見たが、SPがちゃんと安倍氏を守りきれていなかったように思われてならない。一瞬の判断ミスだったのか。警察と政府は謝罪したけれど、こういうことになってからでは遅すぎる。失ったものがあまりにも大きすぎる。イランのトップが撃たれたのと同じくらい悲しい」(60代男性・定年退職者など多数)
また、過去に滞日歴のある50代の男性(会社経営)は次のように語っています。
「とにかくショックだ。私はもう15年近く前に7年ほど日本に滞在したが、日本についてはいい思い出しかない。平和で規律があって、すべてが決まりどおりにスムーズに進み、システムが整っていて、日本人はまじめで親切、最高!家庭の事情で帰国しなければならず、本当に悔しかった。もっと滞在したかったはずの日本で銃撃事件なんて、全然考えられない。自分の好きな国、また行きたいと思っていた国、安全ですばらしい国民のいる国、というイメージに傷をつける行為だ。そして、国籍は関係なく、人として許せない。直接自分には関係ないことかもしれないが、やはりショックだ」
同じようなコメントは、このほかにも過去に在日歴のある人々から多く寄せられました。これらの人の誰もが、よいイメージを持っていた日本でのこのような出来事に対するショックと怒りをあらわにし、また国の違いを超えて、「人として許しがたい」と憤激していました。
そして、中学1年生の女子(12歳)はぽつんと一言;
「警察は謝ったかもしれないけど、すごい大事な人がこんな形で亡くなった。誰が責任をとるの?」と寂しげに語りました。
来日したザリーフ外相(当時)と(2019年5月)
このたびのレポート作成に当たりまして、事件の一連の報道を追跡し、また安倍元首相のイランとの往来、交流歴などをたどっていく中、文章をまとめながら、両国関係の発展に尽くした要人がこのような理不尽な形で命を奪われたことに対する、怒りと悔しさ、涙がこみ上げてきました。
そして、今回の事件に関する日本や世界での報道、そしてイランでの一連の反応をたどっていく中で、この出来事が親日国のイランでも人々に大きな衝撃を与えていること、日本のみならず世界にとって、いかに衝撃的な事件であったかが見てとれました。
その一方で、日本国民と同様に一般のイラン人もショックを受け、テロで多数の犠牲者を出した国の人間としての悔しさ、無念さ、怒りを感じ、私たちとこうした感情を分かち合ってくれていることが痛切に感じられました。
また、日本外務省の発表によりますと、亡くなった安倍元首相に対し、海外からの弔意メッセージも殺到しており、これまで259の国や地域、機関から1700件以上寄せられているとのこと。そして、イランをはじめとする各国の在外日本公館には要人をはじめとする弔問記帳が相次いでいるということです。このようなことから、悲しみの一方で、安倍元首相が日本はもとより、世界で注目、表敬されていたことが見て取れ、日本人として大変誇らしく感じました。
8年間の間に12回も会談した安倍首相とローハーニー大統領
安倍元首相が日本・イラン関係発展に果たした役割・貢献は非常に大きく、その遺志は今後とも必ず引き継がれていくものと確信する次第です。そして、筆者もイランに携わるイラン在留邦人といたしまして今後益々、日本語によるイランからの生の情報の発信に努めてまいりたいと思います。
また、参院選を前に発生した、民主主義への挑戦とも言える、人道に反し許されない今回の蛮行を強く非難する次第です。
そして、安倍元首相のご冥福を心よりお祈りし、また昭恵夫人をはじめとするご遺族の方々に弔意を表明するとともに、ローハーニー元大統領が提唱した「暴力や過激派、テロのない世界」の実現を切実に祈願いたしまして、今月のレポートを締めくくりたいと思います。合掌。