イラン情報

地球上で最も暑いルート砂漠・イランの自然遺産

見事な波上の筋模様の入ったルート砂漠

天然の砂柱・キャルートが生み出すルート砂漠の不思議な世界

かねてから地球の温暖化が叫ばれて久しい昨今、最近では全世界に熱波が襲来したと言ってもよいような現象が続き、遂に「地球の沸騰化」という表現も登場しました。旧来からの砂漠・高温地帯として知られる中東・アフリカ地域はもとより、今年の夏はそうした地域以外でも、欧米諸国や中国、さらには日本でも異常高温が観測されるなど、日々メディアを賑わせています。

特に先月は、日本でも東京都心で観測史上初めて、8月としてはそのすべての日が摂氏30度以上の真夏日となりました。また、さらにはこの夏全体を通して全国各地で災害級の危険な猛暑が続いたことは、皆様のご記憶に新しいことと思います。摂氏~℃という数字だけを見れば、日本よりも高温の地域は多数存在します。ですが、日本独自の湿度の高さを考えた場合、高温でも湿度の低い地域よりも日本の暑さの方が厳しい、という見方もできるのではないでしょうか。

ちなみに、現在「世界で最も暑い」場所とされているのは米カリフォルニア州デスバレーとされ、1913年に観測された56.7度は、世界の観測史上最高気温とされています。

しかし、しかしこれはあくまで気温の記録にとどまります。気温というのは地面から1.5メートルほどの高さの日陰で測られた空気の温度であるため、地表面温度よりも低くなります。

また、気温のほかにも湿度を考慮した気温としての体感温度があります。一般的な気温に比べて、体感温度は過小評価されがちですが、実質的にはこちらの方が重視されてもおかしくないと思われます。先にもお話しましたように、特に日本は高温多湿であることから、湿度が高い時には実際の気温以上に暑く感じられるのではないでしょうか。

その体感温度に関して先月、「イランで体感温度81度 世界タイ記録か」という報道記事が出ていました。それによりますと、先月15日にイラン南部ペルシャ湾に浮かぶゲシュム島の国際空港の気温が摂氏37.8度、湿度が91%となって、体感温度が81度を記録したということです。

まだ暫定値ではあるものの、これは2003年7月8日にサウジアラビアのダーランで出た、体感温度の世界最高記録に並んだ可能性があるとされています。

さて、そのゲシュム島から少々離れた、イラン南東部ケルマーン州に80.8度という、最高地表面温度を記録した、世界で2つの砂漠のうちの1つが存在します。これが今回ご紹介する「ルート砂漠」で、首都テヘランから南東に800キロの場所に位置し、ユネスコ世界遺産に登録されています。この砂漠は長さ480km、幅320km、総面積は17万5000km²にも及び、イランの総面積のおよそ10%を占めています。この砂漠の大半の地域では、砂が太陽熱を吸収し高温となるために生物はほぼ生存できないと言われています。

ルート砂漠の航空衛星写真

 

今回は、真の意味で「世界で最も暑い地域」とされ、しかも他とは一線を画した自然の美や美的重要性を持つイランの類まれな自然遺産「ルート砂漠」をご紹介してまいりましょう。

これまで、このレポートでは毎回、一般のイメージとは異なり「砂漠だけに留まらない多種多様な自然」に恵まれたイランの見どころをご紹介してまいりました。とにかく、カスピ海やペルシャ湾、ザグロス山脈、乾燥地帯や森林地帯、豪雪地帯など様々な地形に加えて、寒帯以外の全ての気候区分がみられるイランの自然はダイナミックです。しかし、一般的なイランの代名詞として知られる砂漠も、半端な規模ではありません。ここでは、世界的にも非常に珍しいとされるルート砂漠の醍醐味をたっぷりとお届けしたいと思います。

まず、ルート砂漠という名称についてですが、ルートとはイラン南東部からパキスタンにかけて暮らしているバルーチー族の言葉で「草木のない裸で、一切のものがなく空で乾いていること」を意味しています。

そして、この砂漠は正確には、イラン南東部ケルマーン州、スィースターンバルーチェスターン州、そして南ホラーサーン州の3州にまたがっています。

さて、世界最高地表温度を記録したルート砂漠の中でも、その正確な地点はこの砂漠の西端にあるGandom Beriyan(ペルシャ語で「炒り麦」の意)地域とされています。この地域は総面積がおよそ480km²に達し、全体が黒い玄武岩でおおわれています。

ですが、やはりこの砂漠の最も大きな特徴としては、岩石が多く、壮大な礫砂漠や砂海が存在することに加えて、風雨などによって地面の柔らかい部分が侵食され、堅い岩部分が小山または堆積物のように数多く残るヤルダン(もしくはカルト)地形であることが挙げられます。このヤルダン地形は、毎年6月から10月にかけて吹く北北西の風により風食されてできたもので、宇宙からも観測できるそうです。特にこの砂漠の西側に見られる、こうした風食により形成された天然の砂柱は、ペルシャ語ではキャルートという名称で知られ、これが多数連なって他にはない不思議な世界を生み出しています。

アメリカのグランドキャニオンにも類似しているかと思われますが、多数の天然の砂柱・キャルートが沢山連なって、何とも言えない不可思議な世界を醸し出しています。

ルート砂漠は塩砂漠であることから、その土壌に含まれる塩分が白く見える区域もあります。

実は筆者自身ももうかなり前に、このルート砂漠を訪れたことがあり、初めて見る本物の砂漠、そして大自然の生み出した砂柱が延々と続く光景に、非常に感銘を受けたことを覚えています。

そして、柔らかい砂の海がどこまでも広がり、しかも携帯電話や車など日常生活ではありふれた人工的な騒音が一切聞こえない、しんとした静寂な空間に触れ、心が洗われるような気分になったことも懐かしく思い出されます。

さて、砂漠と言えば高温と強い日差しのほかに雨が降らず植物が育たないというイメージがあるかと思われます。このルート砂漠も原則的にこうした特徴を有していますが、東側の一部の区域の砂丘などでは季節的な降雨がみられるため、低木などわずかな植物が自生します。

こうした季節的な降雨により、この砂漠に見られるもう1つの大きな特徴として、樹木の周囲に砂丘が形成された「ネブカ」と呼ばれる地形を挙げることができます。

ネブカを調査する科学者

ネブカとは、風食、その地域の湿気、植生の相互作用により生じた一種の小型地形のようなものです。つまり、風による浸食や移動の経路が植生により遮断され、その結果として植物の根元に砂が蓄積し、時間の経過とともに植物を冠として頭部に頂いたような土砂の小山を指します。

このことから、ネブカが形成されるには、土壌が平たんな上に中程度の量の砂が含まれることや、高い地下水層、または植物の成長に十分な湿度が必要になります。また、ネブカの構成要素としては砂、シルト(砂より小さく粘土より粗い砕屑物)、粘土が挙げられ、その形状は宿主となる植物の大きさや密度、成長の度合いに左右されます。ルート砂漠に見られるネブカとしては特に、南東部ケルマーン州シャフダード郡に見られるものがよく知られており、中には高さが10mにも達するものもあります。

さて、既にお話しました通り、ルート砂漠は太陽の灼熱が砂に吸収され、非常に高温となることや、塩分を含む塩漠であることから、植生をはじめとする生物はほぼ存在しないと見られています。しかしながら、東側の一部地域には高温や水のない状態への耐久性の高い生物が少数ながら生息しています。それらはヘビ、腐肉を食べる鳥、スナネズミ、トビネズミ、キツネ、スナネコ、アガマと呼ばれる爬虫類トカゲ属の生物などです。

また、およそ数十種類の鳥類も生存しているとされています。特に代表的なものは、渡り鳥の一種・イランサバクガラス(英名:Pleske’s Ground Jay 学名:Podoces pleskeiです。これはスズメ目カラス科に属し、イランの固有種とされています。

なお、この砂漠にいるこうした鳥類は主に虫を捕食して水分を補給しているということです。

ルート砂漠は前述しました通り、広大な総面積を有することから、その位置によってみられる様相も異なっています。

中央部から東側にかけては、風に吹かれて幾重にも筋が連なる砂海のほか、高さ300mから500mほどに達する不思議な形状の砂丘が広がっています。

南部の一部地域では、まるで熟練した職人が丹念に敷き詰めたようにも見える、大小様々な石や砂利が織りなす幾何学模様が見られます。

このような現象が生まれた理由は、この区域には植生が全く存在しないことや風食、高温や激しい気温の変化、雨による浸食とされています。

この雨による浸食というのは、非常に限られた季節に見られる降雨量です。この降雨量が相当量に達したことから、2019年にはルート砂漠の一部であるケルマーン州シャフダード郡内に小さな湖ができました。

既にお話したように、この地域の土壌は塩分を含んでおり、この湖の周辺をはじめ、いたるところに塩分の結晶が白く形成されているのが分かります。そして当然ながら、この湖の水も非常に塩辛く、生物は生息できないそうです。

この地域にも河川が流れていますが、その名も「シュール川」(ペルシャ語で「塩辛い」の意味)で、塩分の白い結晶が大量に見られます。

 

一般的な日本人の皆様のイメージでは、イラン=砂漠というご印象がすぐに思い浮かぶかと思われます。今回はまさに、イランに存在するその本格的な砂漠の醍醐味をお届けしてまいりましたが、いかがでしたでしょうか。

実際、イランの旅行会社には、このルート砂漠およびカルト地形の見物を目的とした独自のツアーを実行しているところも数多くあります。もし今後、イランをご旅行される機会がございましたら、是非本格的な砂漠、そして世界最高気温を記録したとともに、他にはない特徴のあるルート砂漠にも足を延ばしていただけますよう願っております。なお、ベストシーズンは秋とされています。また、専用の車やバイクでの周遊も可能だそうです。

ルート砂漠そして、ここに見られる独自のカルト地形の見学希望者が多いことから、この砂漠の特に西端地域(ケルマーン州シャフダード郡)には今から十数年前ごろより、砂漠散策・見学客向けのエコキャンプが設置されています。ここには、40人ほどが宿泊でき、砂漠に生息するナツメヤシの葉などでできた滞在施設が用意されています。飲料水はもちろん、宿泊に必要な設備が整っているほか、売店もあり、さらに保安警備も徹底されています。砂漠を旅するからには、ナツメヤシでできたエコキャンプに滞在してみるのも興味深いのではないでしょうか。

では最後に、ルート砂漠が醸し出す絶景をいくつかご紹介し、今月のレポートを締めくくることにいたしましょう。

「天使の梯子」を背景に聳える砂柱

砂柱を間近から見物。その高さに圧倒されます(ケルマーン州シャフダード郡)

巨大な「砂壁」の日陰で一服。「最高の休憩所」です

月と砂柱、塩分を含む土壌の見事な共演

ルート砂漠の夜空に散りばめられた無数の星々

夕日を背景に

上空から見たルート砂漠

植生と風食、湿度、地下水層などの気候風土条件が絶妙に関連しあって形成されるネブカ

大自然が織りなす「塩分の結晶」に見入る見学者

砂漠と言えばラクダがイメージに浮かぶかもしれませんが、静寂な「世界一の砂漠」の柔らかな砂の上を裸足で歩くのはいかがでしょうか?

次回もどうぞ、お楽しみに。

ABOUT ME
yamaguchi
IRIBイランイスラム共和国国際日本語通信でニュース翻訳のほか、イランのことわざを週2回紹介しています。20年以上にわたりイラン滞在の経験があり、2016年からはイラン人の夫とともにテヘランから西に150kmほど離れたガズヴィーン州に滞在していました。現在は、イランと日本を行き来しながら、日本の皆様に普通のメディアには出てこないようなイランのホットな情報をお届けしています。