南部ファールス州エグリード郡で約150年前から行われている独自のジャガイモの収穫祭
多数の土塊を積み上げて造った竈の中でじっくり焼かれるジャガイモ
100年に一度とも言われる世界的なパンデミック・コロナ危機も、昨今ではようやく鳴りを潜め、人々の往来や物流、交通、集まりごとやイベントなどの活発化が戻ってきた感がいたします。そして、ひと頃は災害級の暑さとも評された、地球温暖化の影響による猛暑も過ぎて冬の到来も間近となっています。
先だってのこのレポートでもお伝えしましたように、イランでも各地から秋の便りが届いています。秋といえば、芸術の秋、スポーツの秋、勉学の秋など、何かと話題は尽きないものですが、それはイランでも決して例外ではありません。このレポートではこれまでに、小中高・大学の新学年のスタートをはじめ、各地での美しい紅葉など、イランの秋に関する様々な話題を取り上げてきましたが、今回はもう1つの重要な秋の要素である「味覚」の話題を取り上げたいと思います。
秋の味覚と言えば、日本でなら栗など各種の果実類や米の収穫を初め、この季節を代表する魚・サンマの水揚げといった、様々な要素が思い浮かぶのではないでしょうか。一方、イランでも広大な国土や気候風土の豊かさから、クルミ、イチジク、レンズマメ、ざくろ、葡萄をはじめ、食の話題は数多く存在します。そうした中でこのほど、毎年9月から10月にかけて南部ファールス州エグリード郡におきまして、古くから伝わる「コルーフパザーン」という独特のジャガイモの収穫祭が行われているという情報を得ましたため、この食のイベントについてお伝えしてまいりたいと思います。
このイベントは、イラン南部ファールス州エグリード郡の人々の間で、古くからジャガイモの収穫を祝うために家族や親戚、近隣の人々が集まり執り行ってきた、この地域独特の風習です。エグリード郡は標高4000mのボル山系が連なる高地にあり、ファールス州の中心都市シーラーズの北方およそ267㎞に位置しています。ここでは現在でもこの古式ゆかしい伝統は忘れ去られることなく、毎年ジャガイモの収穫の時期が近づくころ、つまり大体9月中旬から10月下旬(年によっては11月中旬までとも)に実施されています。
この儀式のペルシャ語での名称の語源は、コルーフ(土の塊)・パズ(「料理する」を意味するペルシャ語の動詞の語根)で、全体としては「土の塊で料理する人」を意味する言葉に、ペルシャ語の複数形語尾「アーン」を加えたものとなっています。
ちなみに、コルーフパザーンの収穫祭は「農作業者に対する神の慈悲と恩恵、そして将来彼らが受け取ることになる農作物に感謝する祝賀行事」として、2016年にイランの重要無形文化財にも指定されています。
では、以下に土塊で竈を作ってその中でジャガイモを焼いて行く、一連の手順と流れをご紹介してまいりましょう。
まず、必要となるのは乾燥した土塊、乾燥した木材、スコップ、ジャガイモ、塩とコショウなどです。この儀式に使う土塊は、耕したばかりで土塊の粒が潰されずに残っている土壌から持ってくるということです。
その時の風向きも考慮し、平坦で適切な場所を定めたら、いよいよ土塊を集めてピラミッド型に積み重ね、土塊によるかまど・炉を造ります。まず土塊を集め、その中で最も大きいサイズの塊を底面に円形に並べます。そのうち、風向きとは逆方向になる一部の箇所を、薪を入れる開口部として開けておき、土塊の基礎部分が完成します。なお、かまど造りの段階・全体の流れは大体以下の写真のようになります。
特に、かまどの開口部には大きめのサイズの土塊を用います。上記の写真のように、開口部の両側に大きな土塊を置き、その上にまた大きめの土塊を置く、という方法もあります。ですが、大きめの2つの土塊を互いに寄りかからせて、開口部を造る方法もあり、このやり方は地元の言葉で、「2つの土塊を雄羊にする」と表現されます。それは、2頭の雄羊が争う時に互いに角を突き合わせている様子に類似しているからだそうです。2つの大型サイズの土塊を互いに寄りかからせ、かまどの開口部を形成
そして、次の段以降は、土塊の数を少しずつ減らし、また次第に小さめのサイズのものを積み重ねていき、最終的に先の尖ったピラミッドのような形状に仕上げます。
かまど造りには女性たちも積極的に参加しています。
子供たちもかまど造りを手伝っています。
大小様々なサイズのかまどが出来上がりました。
一心不乱に土塊を積み上げる男性
男性の身長の高さほどのかまどもありました。
かまどが完成したら、中に薪を入れて点火します。
ここですぐにお目当てのジャガイモを入れるのではなく、40~50分ほどかけて熱の強さで土塊の色が赤くなり、さらに白くなるまで中で薪を燃やすそうです。
なお、かまどの内部、さらには土塊そのものが非常に高温になることから、かまどの上でお茶を沸かすこともできます。
かまどの入り口にやかんを置いてお湯を沸かすこともできます。
「土塊が熱くなるまでちょっと一服」
かまどの中の状況が整ったところで、いよいよジャガイモを入れることになります。そこでまず、それまで燃えていた薪や中に残っていた木炭を取り出します。
さて、ここで注目したいのはそこから先の作業過程です。筆者自身、てっきりピラミッド状のかまどの中にジャガイモを入れてそのまま焼くものだと考えていました。ところがなんと、かまどの内部が十分な高温に達したところで、炉床に一定数のジャガイモを並べ、その上に積み上げた土の塊の一部を落としていました。
そしてまた一定数のジャガイモを並べ、その上に一部の土塊を落とし、この作業が何回か繰り返されます。土塊を落とすときには、木の棒などで土塊をたたきます。
そして最後に、上から土をかぶせて、そのまま30分ほどそのままにしておき、ジャガイモの中まで火が通り煮えるのを待ちます。
つまり、この儀式でジャガイモを焼く際に大きなポイントとなるのは、ジャガイモを直火で焼くのではなく、高熱を帯びた土塊の中で「間接的な火熱」でじっくり中まで火を通すということです。というわけで、この方式で焼き上がったジャガイモは決して焼けこげることなく、ちょうどいい塩梅に中まで焼き上がります。日本では木枯らし1号のニュースも聞かれ、石焼き芋のシーズンも到来していますが、このコルーフ・パザーンで造られる焼きジャガイモは、イラン式の「土焼き芋」といったところでしょうか。
水や油を使わずとも、中まできちんと煮え、香ばしい風味が備わっています。これに塩や胡椒を振りかけたり、またはバターをつけたりして食べることが多いようです。
ちなみに、イランの動画サイト・aparatに、実際の様子を収録した映像がありますので、以下(کلوخ پز، پختن سیب زمینی با کلوخ داغ)をクリックしてご覧いただければと思います。
会場内で出来上がったかまどの前に集まる人々
かまどの大きさや高さは一定ではなくまちまち
ちなみに、この行事の開催に携わったある地元関係者によりますと、この方法によりジャガイモ以外の食材も調理可能であり、焼きニンジンや焼きリンゴも作れるとのことでした。さらには、鶏肉をアルミホイルに包んで、この土塊のかまどでおいしく焼くこともできるそうです。また、水も油も使わずに土塊の熱だけで調理するため、普通に茹でたり油で炒めた場合よりもずっとカロリーが少ない、とのことでした。
ところで今回、イランでのジャガイモの収穫祭コルーフ・パザーンについて色々調べていく中で、イランから遠く離れた南米ペルーにも、方式こそ幾分違うもののジャガイモの収穫を神に感謝する儀式があることを知りました。これは、アンデス山脈の、しかもイランのエグリート郡とほぼ同じ標高の地域にあるペルー・クスコ地方に伝わる「Huatia(ワティア)」と呼ばれるジャガイモの蒸し焼きです。これは、地面に穴を掘りジャガイモを並べ、焼いた石を積み上げて蓋をし蒸し焼きにするというもので、いわばアンデス版の石焼き芋というにふさわしいかもしれません。ペルーに存在する、石や土の塊を積み上げてかまどを造りジャガイモを焼く料理・ワティア
ペルーでも、イランでのコルーフパザーンのように石を積み上げてかまど造り
さらには、太平洋諸島先住民の間にも、地面に掘った穴の中で,芋,魚,鳥獣肉などの食物材料をバナナやパンの木などの葉に包み,焼け石でおおって蒸し焼にする伝統的な調理法が存在することも知りました。これは、ウム料理と呼ばれる太平洋州ポリネシアの料理で、ウムとはポリネシア語で「地炉」を意味し、調理器具としての金属の鍋や釜、さらには土器すらなかった時代に考案された調理法だということです。以下は、太平洋州・サモアで作られるウム料理を作る様子で、まさに土壌が鍋や釜の役割を果たしていると言えます。
このように、イラン、南米ペルー、さらには太平洋上のポリネシアという、地理的には互いに相当距離が離れている3つの地域に、大まかではありながら類似した調理法が存在し、しかもペルーとイランではジャガイモの収穫祭という、目的までもがほぼ一致するという「偶然の一致」が存在することは、非常に興味深いと思われます。
今回は、イラン南部のコルーフ・パザーンの儀式を取り上げましたが、イランにこのような儀式が存在することは、おそらく日本はもとよりその他の国でも殆ど知られていないのではないでしょうか。おそらく、こうした知られざるイランの風俗習慣はまだまだ沢山あると思われ、さらには世界のほかの地域との意外な類似性も発見できるかもしれません。このレポートでは今後も、他ではあまり知られていないと思われるイランの伝統行事やイベントをご紹介してまいります。どうぞ、お楽しみに。