手作業で丹念に行われるサフランの摘み取り
摘み取ったサフランのバケツを手に親子でポーズ
すっかり秋らしい陽気となり、一部では早くも冬の到来の声も聞かれるようになりました。秋は言わずと知れた収穫のシーズンであり、先月のレポートでもお伝えしたようにイランでは米の収穫祭も行われ、さらには色々作物の収穫の話題があちらこちらから聞こえてきます。
そのような中、最近のイランでは北東部などを中心に、世界一の生産量を誇るサフランが収穫期を迎えています。日本ではどちらかと言えば、サフランはあまり大量に消費・販売されるものではないというイメージがわくかもしれません。しかしイランでは、サフランは米飯を黄色く染めるなど調理に使われるほか、お菓子や飲料、さらには通常よく飲む紅茶の香りづけなど、実に幅広く利用されており、その消費量は日本よりははるかに多いと言えます。
代表的なイラン料理の大半に出てくるサフラン・ライス
宗教行事の他、デザートとしても有名なイラン式ライスプディング「ショオレザルド」
紅茶用のイラン式氷砂糖にもサフランが使用
このように、イランでは日常の食事やデザート、お茶にもサフランが頻繁に登場し、イランの食文化の一部を占めているといえます。
しかも驚いたことに、サフランは単なる色付けや風味付けの香辛料ではなく、伝統的なイラン医学において多くの薬効を持つ植物でもあります。イランの偉大な医学者アヴィセンナ(イブン・スィーナー)、ザカリヤー・ラーズィー、ジョルジャーニーは、多様な効能をもつ薬草としてサフランを紹介しています。実際に、イランの伝統医学で知られているサフランの効用として心臓と神経の強化、不眠症や強迫観念の治療、うつ病やメランコリーの治療・活性化、悲しみや憂鬱の軽減、セロトニン(幸福ホルモン)レベルの向上などが挙げられています。さらには消化器系や肝臓の改善、胃の強化および消化促進、黄疸の治療、肝臓や体内の毒素の浄化、婦人系疾患の適応、関節痛やリウマチの鎮痛、利尿作用としての効果があるということです。
そこで今回は、イランで今が最盛期を迎えている作物として、北東部などを中心としたサフランの収穫の話題をお届けしてまいります。
摘み取ったサフランを手に(北東部ホラーサーンラザヴィ―州トルバトヘイダリーイェ郡)
このレポートではこれまでにも、日本では乾燥した砂漠の国と思われがちなイランの知られざる、意外な側面や見どころなどをご紹介してまいりました。今回ご紹介するサフランも、きっとそのうちの1つではないでしょうか。サフランは「砂漠の赤い金」とも呼ばれ、世界で最も高価で価値のある薬用植物および香辛料の一つとされています。日本ではあまり知られていないかもしれませんが、世界最大のサフラン生産国・輸出国はイランであり、年間350トンから400トンを生産し、世界市場の実に90%を占めています。
さて、まずはイラン最大のサフランの生産地が具体的にどこにあるのかを地図でご案内してまいりましょう。今回お話するイラン北東部のサフランの名産地3州とは、以下のイランの地図の緑色の部分に当たり、上から順に来たホラーサーン州、ホラーサーンラザヴィ―州(聖地マシュハドのある州)、南ホラーサーン州となっています。
ちなみに、他の州との位置関係は以下のようになります。以下の地図の中央部に首都テヘランがあり、テヘランの北東から東部にかけての地域に当たります。なお、以前はこの3州は日本列島の総面積よりも広いホラーサーン州という1つの州を形成していましたが、後に現在のように3つに分けられました。
これらの北東部3州の生産量だけで、イラン国内で生産されるサフラン全体の95%を占めているということです。その理由は、これら3州の気候風土がサフランの栽培に適していることによるものだそうです。サフランの栽培に適した気候条件は、夏でも高温多湿ではなく、冷涼で日当たりのよい環境、すなわち「夏が暑く乾燥した半乾燥気候」がよいとされています。
湿り気の多くない土壌に咲くサフラン
ちなみに、ホラーサーンラザヴィ―州の中心都市マシュハドの月ごとの平均気温と平均雨量は、以下のグラフのようになっています。
赤線は最高気温、青線は最低気温、緑の棒グラフは雨量を示しています。このグラフが示すように、マシュハドでは秋から翌年の春にかけて比較的雨が多く、夏は高温で雨量が少なくなり、冬はそれ相当に気温が下がることが分かります。
北ホラーサーン州でのサフラン収穫の様子
イラン農業省の関係者の話によれば、国内23州でサフランが生産されており、中でも北東部ホラーサーンラザヴィ―州は9万2000ヘクタール以上の耕作面積を有し、国内最大のサフラン生産の中心地とされ、州南部および中央部にはトルバト・ヘイダリーイェ、トルバト・ジャーム、ザーヴェ、バハルズ、カシュマルなどの各郡に主要なサフラン栽培拠点があります。中でもトルバト・ヘイダリーイェは8000ヘクタールという国内最大のサフラン栽培面積を誇ります。次いで多いのは南ホラーサーン州の約1万7000ヘクタールで、ガーエナート郡とフェルドウス郡のサフランは非常に高品質とされています。また、国内3番目の産地とされる北ホラーサーン州は、近年その栽培が増加しているそうです。
参考までに、イラン最大のサフランの産地とされる、ホラーサーンラザヴィ―州の各郡・行政区分は以下のようになっています。
ちなみに、イランでは現在、作付面積にして1ヘクタールあたり約3.2キログラムのサフランが収穫されていますが、生産性向上プログラムの実施などにより、この数値は1ヘクタールあたり6キログラム、生産量は1000トン以上にまで向上すると言われています。
それでは、日本ではなかなか見られないと思われる、イラン北東部の見事なサフラン畑と、その丹念な摘み取り作業の様子をご紹介してまいりましょう。とにかく、目の前に広がる薄紫色の一面のサフランに驚かされます。
これだけたくさんのサフランを全部手作業で摘み取るには、果たしてどのくらいの時間がかかるのでしょうか?(ホラーサーンラザヴィ―州トルバトジャーム郡)
また、近くからではなく、遠くから見たサフラン畑も実に美しいものです。
まるで、薄紫色のベールがかかったような、あるいは絨毯が敷いてあるようにも感じられます(ホラーサーンラザヴィ―州トルバトヘイダリーイェ郡)。
一面の薄紫色に染まったサフラン畑。日本ではなかなか見られない風景ではないでしょうか(北ホラーサーン州)。
夕日を背景に広がるサフラン畑。西日と薄紫色のサフランが見事に共演(北ホラーサーン州)
一心不乱にサフランを摘み取る女性;「お天気のいいうちに摘み取らないとね!」(南ホラーサーン州フェルドウス郡)
広いサフラン畑で多数の作業員が丹念に摘み取り(南ホラーサーン州ガーエナート郡にて)
まだあどけない小学生もサフラン摘みのお手伝い(北ホラーサーン州)

女の子だけでなく、男の子もサフラン摘みを手伝っています;「僕たちもたくさん摘むぞー」(北ホラーサーン州)
一面に広がる見事なサフランの絨毯に「さて、どこから始めようか?」(ホラーサーンラザヴィ―州ザーヴェ郡)
わき目も降らずに一途にサフランを摘み取る少年。もしかすると、学校の勉強よりも集中しているかもしれませんね(南ホラーサーン州フェルドウス郡)
両手いっぱいに摘み取ったサフランを掲げる少女。「これ全部私が摘んだの!」(ホラーサーンラザヴィ―州バハルズ郡)
お母さんと一緒に。バケツ一杯にとれたサフランに「すごくたくさん採れた!」(ホラーサーンラザヴィ―州カシュマル郡)
「今年は雨が少ないからどうなるかと思ったけど、無事に取れてよかった」と安堵した表情の男性(北ホラーサーン州にて)
姉弟の二人三脚で大きな袋いっぱいに収穫;「見て見て!2人でとったの!」(南ホラーサーン州ガーエナート郡)
若い男性も真剣に摘み取り作業;「いくら面倒くさくても、これは手作業しかないね」(北ホラーサーン州)
夫婦で摘み取り作業。「今日はお天気もいいし、作業日和だね」(ホラーサーンラザヴィ―州トルバト・ジャーム郡)
大量のサフランの花に顔をほころばせる男性;「すっかり童心にかえってます」(北ホラーサーン州)
これらの写真からもお気づきのように、その広大なサフラン畑での摘み取り作業は、機械化・オートメーション化の現代にあっても、作業員が1つ1つ摘み取るという丹念な手作業が行われています。
ホラーサーンラザヴィ―州トルバトヘイダリーイェ郡での収穫の様子。一面のサフラン畑を前に、大勢の人々がサフランの植え込みの各列前に座り、少しずつ作業を開始しています。とにかく、これだけ広い畑に植わっているサフランの収穫を、一体どこから初めていいものやら、気が遠くなりそうですが…
それでも大勢で少しずつ時間をかけて作業を進めていくうちに、かなり収穫されました。ちなみに、摘み取り作業に当たっている人の話では、「確かに、作業前はあまりにも目の前の仕事が多すぎてどうしようかと思うけれど、だからと言って怯んでは駄目。行えば必ず終わるから、とにかく辛抱強く作業を続けるしかない」ということだそうです。
大勢で摘み取ったサフランを1か所にまとめると、相当な量になります。薄紫色のサフランの山に「すごいたくさん採れたね!今年も無事に摘み取れてよかった」(南ホラーサーン州フェルドウス郡)
1つ1つの花の摘み取り作業に加えて、実際に調理などに使用されるお目当ての部分は、別名フィラメントと呼ばれる雌しべの部分です。当然、花そのものから雌しべを抜き取る作業も手作業で行わなければならず、しかもこの雌しべはサフランの花1輪あたりわずか3本しかとれないとのこと。具体的には、1kgのサフランを得るためには約15万~20万輪もの花が必要だということです!実際に香辛料として販売されるサフランがごく少量に区分けされ、非常に高い値段で売られているのもうなずけます。
摘み取った花から可食部の雌しべを抜き取るのも手作業
ちなみに、サフランという名称は、アラビア語で黄色を意味する「Zafaran(زَعْفَرَان)」に由来しており、この言葉がラテン語の「safranum」を経て英語の「saffron」となり、日本でもそのまま「サフラン」と呼ばれるようになったということです。なお、ペルシャ語では「ザアファラーン(口語体ではザアフェルーン)」と発音されます。
なお、ホラーサーンラザヴィ―州農業局のある関係者は、次のように語ってくださいました;
「世界一の私たちのサフランをぜひ味わってください」(ホラーサーンラザヴィ―州トルバトヘイダリーイェ郡)
「現在イラン国内では全部で25種類のサフランが作付け、収穫されています。イランの有名な花といえば、特に中部イスファハーンのダマスクローズとそのバラで作られる香水が有名ですが、私たちの地方が誇るサフランも忘れないでほしいと思います。大量のサフランが醸し出す薄紫色の絨毯のような光景を、ぜひ日本をはじめとする世界の皆様に見ていただくとともに、サフランの風味を味わい、またイランのお土産にお持ち帰りいただきたいです」
最後にこの関係者は、「世界一の生産量を誇るホラーサーン地方のサフラン栽培も、近年は特に地球温暖化の影響で雨量が全体的に少なくなり、土壌の干上がりが心配されます。確かに、サフランは高温多湿で雨量があまりにも多い土壌は栽培に適さないものの、最近では国内各地で水不足が叫ばれています。これ以上水不足が深刻化すれば、私たちのサフランの収穫量や品質に影響するので、しかるべき対策が必要になるかもしれません」と語っていました。
日本で一面の薄紫色の畑といえば、北海道・富良野のラベンダー畑が特に有名かと思われますが、イラン北東部に一面に広がる薄紫色のサフラン畑も実に見事だと思われます。砂漠の国というイメージの強いイランに、このような光景が広がっていることはおそらく、日本ではあまり知られていないのではないでしょうか。
数多のサフランが形作る一面の薄紫色の絨毯(南ホラーサーン州フェルドウス郡)
また、先だってこのレポートでも数回にわたり取り上げましたように、イランでの花といえば、中部イスファハーン州・カーシャーン市とその近郊を中心としたバラの花摘みとローズウォ―ターの方が有名かと思われます。ですが、イランが世界に誇るもう1つの花として、ぜひサフランも忘れないでいただきたいと思います。
今後も、知られざるイランのホットな話題を沢山お届けしてまいります。どうぞ、お楽しみに。
丹念に手作業に従事する女性(北ホラーサーン州)
