調味料などが並ぶキッチンが爆撃の被害に
爆撃の被害を受けたテヘラン・シャリーフ工科大学のキャンパス(4月6日)
イラン情勢が、ますます混沌化しています。去る2月28日に始まった、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃が、やっと2週間の停戦に漕ぎ着けました。しかし、アメリカ側が再攻撃の可能性を示唆し、イラン側もホルモズ海峡の通過を再度制限するなど、事態は依然として予断を許さず、先が読めそうにありません。中東への空の便も欠航や減便などが相次ぎ、相当に混乱しているようです。インターネット通信は攻撃開始以来遮断され、イランとのやりとりは現地からの直接の国際電話が唯一の連絡手段となっていました。このため、イラン国内の人々は開戦以来ずっと、今なお海外との連絡はもちろん、外国からの情報入手や検索ができず、まさに情報鎖国の状態に置かれていると考えられます。そして、これまでに受けた爆撃により、イラン国内各都市への物理的な被害や爪痕が残っていることはもちろん、市民の脳裏にも生々しい衝撃的な記憶が刻み込まれています。
高層ビルが立ち並ぶ地域への爆撃
そうした中でこのほど、イラン現地と比較的頻繁に国際電話でやり取りしているという、ある在日イラン人の知人を通じて、貴重な現地からの情報を得ることができました。この方は、テヘラン市内東部地区に居住する女性(39)です。もっとも、今回の情報開示に当たっては、身の安全のためあくまで匿名を条件にテヘラン便りへの掲載許可を得ていることから、読者の皆様には、今回の回答者および、写真提供者の実名や職業など詳しい情報は非公開とすることをご了承抱ければと思います。
Q1.戦争が始まってから1ヶ月以上経ちました。あなたの周りや近所の状況はどうですか?
A.多くの人がテヘランを離れましたが、戻ってきた人もいます。私の友人知人も、かなり多くがカスピ海北部などに疎開していました。停戦発表されてからは一応爆音で窓ガラスが震える、住居の振動を感じるといったことはなくなり、いつ爆撃されるかというストレスからの一時的な解放感を感じています。比較的静かな雰囲気で、大通りには車の往来も普通に見られます。しかし、ちょっと足を延ばしてみると、爆撃で破壊された建物や、残骸が散らばっていたりする光景が目につき、やはり今自分たちは戦時下にあるんだと強く実感します。「今日はどこそこが爆撃された」などというニュースや噂を聞くたびに、すごくビクッとしていました。特に、自分の親戚や知り合い、友人などが住んでいる地域やその近隣が爆撃された時などは、真っ先にOOさんは無事だろうか、との思いが頭をよぎりました。停戦して一応は、そして表面的には普通の生活を送ってはいるものの、決して手放しでは喜べないというのが正直なところです
爆撃で破壊された建物と残骸(3月28日)
テヘラン市内西部にある市のシンボル、アーザーディ・タワー近隣が爆撃(3月7日)
(続き)自分たちがよく行っている、行ったことのある場所、またよく知られている場所が攻撃された時には本当にショックを受けました。アーザーディ・タワーのそばが爆撃された時には、「もうそんなところまで爆撃されているのか」と茫然自失でした。以前に自分たちの通った学校や大学、よく買い物に行ったことのあるショッピングモールなどが、直接ではなくとも、その周辺が被害を受けており、「以前はそこに普通に通って勉強したり、買い物をしていたのに」と愕然とする日々が続いています。
2.戦争が始まって以来、日常生活や治安に具体的にどのような変化や問題が生じましたか?停電や断水はありますか?
A.私自身は会社勤めをしており、戦争前には毎日出勤するパターンですが、今回の戦争が始まってからはオンライン勤務になりました。また、小中高も全てオンライン授業になったため、それまでは普通だった児童生徒の登下校風景は全く見られなくなっています。まるで、コロナ禍に逆戻りしたような感じがします。
全体的には、水道や電気の停電といった問題は今のところはありませんが、私たちの周辺地域のみ送電網に問題が発生して停電になることがあります。でも、それもすぐに復旧します。この期間中にも、近隣で一度停電が発生しましたが、1時間以内に復旧しました。
セキュリティや治安は、どういう観点からのものかによって変わってきます。最近では、街路に検問所が設置されたのが、その検問所が攻撃されるという事態が起こっています。一般的に、路上を歩くのはあまり安全ではないと思います。それは、いつ何時攻撃されるかわからないからです。もっとも、地域・区域によって状況は異なり、軍事施設の近くなどは特に危険です。
ある時、ベランダで洗濯物を干していたら、近隣で煙が立ち上っている様子が見えたり、きな臭い匂いや粉じんが漂ってくるといったことは、戦争前にはなかったことでした。こういったことは、直接の危険ではないかもしれませんが、洗濯物も安心して干せない、ベランダで外気を吸うのも普通のことではない、という恐怖感を植え付けられているように感じます。
保険会社のビルや集合住宅が立ち並ぶ区域で立ち上る煙;「保険の手続きに行ったことのある建物だったので、非常にショックでした」
ある友人の自宅近くで立ち上る煙;この友人は「戦争が他人事ではなく、今身近に起きていることなのだと実感した」とコメント
(続き)それから、夜間攻撃にそなえて、就寝時も気を張っていなければなりません。爆音や振動で目が覚めることもありました。また、夜の闇に真っ赤な炎が立ち上り、火の粉が飛び散る光景を夜中に目にしてしまうと2度寝はできず、まんじりともせず目がさえたまま熟睡できずに翌朝を迎えたこともありました。ですが、自分の家が直接爆撃されなかっただけでもまだよかった、と考えなくてはいけないと思います。
3月28日の夜間攻撃;「夜の街の爆撃で、オレンジ色の炎がピカッと光り、煙が上がりました。この攻撃が目に焼き付いて、その日は一睡もできませんでした」
集合住宅の近辺が爆撃。撮影者;「これはかなり近くが被弾したみたいだ」
3.現在、イランから他国へのインターネット接続は遮断されていますが、イラン国内でインターネットや電話による通信は可能でしょうか?あなたの友人や知人、家族などと連絡できている場合、どんな話をしますか?
A.外国とつながるインターネットは完全に遮断されていて、Googleでも検索は全くできません。国内の電話とインターネットは接続されていて普通に使用できますが、外国のインターネットのような機能は全く備えておらず、何かを調べ検索するのは非常に困難です。私たちは今、最新の情報が手元にない、入手できず、ペルシャ語以外の言語では検索できない状態にあります。しかも、検索しても表示されるのは古くて、こちらが思惑とするものとは無関係な情報ばかりです。利用可能な国内サイトでさえ、検索結果に何も表示されず、八方塞がりです。国内の情報連絡手段は非常に遅いものの、一応は機能しています。
私たちは通常、友人や知人と連絡を取り合い、彼らの健康状態、周囲の状況、本人や家族が負傷したかどうか、そして戦争の状況などについて情報交換しています。また戦争が始まってからはオンラインで在宅勤務をしていますので、勤務先の上司や同僚などと「そちらは大丈夫か」「家族や親せきに被害は出ていないか」「疎開はするのか」「どこに疎開したか」などという話も出てくるようになりました。
4.最近のテヘランの状況はどうですか?買い物や外出は普段通りにできますか?
A.イランの春の新年ノウルーズの休暇が終わった今でも、テヘランは比較的静かです。ほとんどの店は営業しており、買い物は問題なくできます。商店でも品物はふんだんにあり、物資不足は感じません。国内のインターネット網は整備されているので、Snapと呼ばれるタクシーサービスやDigikalaといったオンラインプラットフォームでの買い物も容易になっています。でも、戦争前に見慣れていた箇所や建物などが爆撃で壊されている様子を目の当たりにすると、「自分たちの住んでいるところもいつかこうなるんだろうか」「本当にこのまま停戦が続くのか」「再発したらどうしよう、どこに逃げようか」との思いがどうしても頭をよぎります。外を歩いていても、ベランダで洗濯物を干していても、どこからともなくきな臭い匂いや粉じんが漂ってくることがあり、こういうときにも「ああ、これが戦争なんだ」と嫌でも感じざるを得ません。
車を運転中に爆撃を目撃(回答者の知人撮影);「運転中に一瞬、何があったのかとびっくりしました。あれ以来、車での外出は止めました」
5.戦争が始まって以来、現在の生活、安全、そして将来について、どのように感じていますか?
A.やはり先ずはネット遮断が一番の打撃だと感じます。今まで普通に海外の友人知人ともやり取りしていたことが不可能になり、直接国際電話をかけるしかなくなりました。でも、国際電話は非常に通話料金が高く、1回に2,3分しか通話できません。向こう側に伝えたい、話したい内容はたくさんあるのにそれができず、本当に空しいし、やりきれない思いです。私たちは、世界から取り残されているように感じます。
表向きには、買い物に行っても品物は一応手に入り、水道や電気もあります。ですが、心理面で常に「いつ爆撃されるか」「どこが爆撃されたのか」「あの人は大丈夫だろうか」と気を張っている状態が続き、気が休まりません。窓ガラスや自宅の振動を感じたり、きな臭い匂いや粉じんが漂ってきたりするのは、もはや日常茶飯事です。ちょっとどこかに行くと、爆撃で破壊された建物が目に入ります。今まだこうして近所の人や家族と共に暮らせること自体、まだましなのかもしれません。少し前までは夜になっても「ああ、今日も無事終わった」とはならず、夜間攻撃の可能性に怯えていましたが、最近やっとそれがなくなったは良かったと思います。
命があるだけ有難いとは思いますが、願わくばこうした身の危険や、ネット遮断による世界からの情報孤立から解放され、世界の他の国と同じように安全な環境の中で自由に外を歩き、買い物をし、友人や家族と連絡を取り、ネットショッピングや世界の動画・音楽を、一切の制限なく心置きなく楽しみたいです。特に今回は、戦時下でラマダン明けの祝祭やイランの春の新年ノウルーズを迎えることとなり、せっかくの祝祭なのに全くその気分を味わえませんでした。年始回りや春のピクニックもこの状況で一切「お預け」となりましたが、まずは周りの人々と無事に年を越せたことだけでよかったと思いたいです。来年こそは平和の中でのイランやイスラムの祝祭を迎えたいです。
6.日本の人々も日々のニュースでイラン情勢に注目しており、イランの人々の安全を非常に心配していると共に、一刻も早い戦争終結を願っています。最後に、日本人の皆様に向けてメッセージをお願いします。
A.戦争は、勝っても負けてもいいことはありません。戦争に勝ったところで「だから何?」という疑問を感じます。仮に戦勝国になったとしても、残るのは「空しい達成感」だけではないでしょうか。私たちは決して、アメリカやイスラエルの国民には敵対心を持っていません。世界のどの国の人々とも仲良くしたい、と言うのが私たちの本音です。そもそも「イラン」とは「アーリア人の国」であり、アーリア人とは「異国民をもてなす民族」を意味します。私たちイラン国民は、世界のどこの国の国民であれ歓迎します。そして私たちは決して戦争を望んでいないとともに、過去の歴史を通じて他国に戦争を仕掛けたことはありません。イランも日本と同様に平和を愛する国であり、日本の平和憲法には特に親しみを感じます。日本の皆様にはぜひ、イランという国が決して好戦主義国家ではなく、平和を愛する国であること、日本をはじめとする世界各国の国民を歓迎し、受け入れ、真の友好関係を築く用意があることを理解していただきたいです。そして近いうちに事態が収束し、情報流通も正常化して、イランと日本の交流がこれまで以上に盛んになり、イランの本当の良さに触れていただけるよう願っています。
突然始まった街中の爆撃(2月28日)
この女性の話によれば、現在のイランでは、国内でこそネット接続があり、国内製の通話アプリやネット通販、デリバリーやタクシーサービスなどは利用できるものの、海外とは完全に遮断され、ネットでの自由な検索がしにくい、海外の家族親戚・友人知人との交信ができない、海外からの世界の情報が入ってこない、もしくは遅延して入ってくるといった状態に置かれています。今や世界のいずれの国や地域でも、ネット接続は人々の暮らしの生命線のようなものであり、ネットなしの生活はまず考えられないのではないでしょうか。もしも、自分が今そのような状態におかれたら、と想像しただけで恐怖を感じます。日本でなら地震などの災害といった緊急事態でもなければ、ネットが止まることはまず考えられないと思われます。
米・イスラエルによる対イラン戦争は決して、交戦国だけの問題ではなく、その周辺国、さらには中東から遠く離れた国にも、しかも原油・ガソリン燃料やナフサの値上げ、そのほかの形で甚大な影響を及ぼしています。ネットニュースからは、運輸手段や農業を初めとする様々な領域で必要な燃料・ガソリンの値上げ、医療分野での必需品に使われるナフサの値上げ・不足など、色々な影響が出ていることがうかがえます。
加えて、筆者の知り合いの1人で、日本郵便事業のある関係者の話によれば、現在は日本からイラン宛ての郵便物の取り扱いが中止されており、さらにはその複数の周辺国向けの郵便物も、発送しても宛先に届く保証ができないため、中東、さらには欧州の一部向けの郵便物の発送はなるべく控えてほしい、ということでした。ネットがだめならせめて郵便ででもと考えていたのが、この状況ではその道も絶たれたことになり、現在では本当に、現地からの直接の国際電話のみしか連絡手段がない状態です。このように、戦時下にない日本にあっても、今回の中東情勢の影響は生活の様々な部分に及び始めています。ましてや、戦時下に置かれたイランで暮らす人々の状況は筆舌に尽くしがたいものはないでしょうか。
かなり近い場所への爆撃
戦時下にあるこの女性の話を聞いていて、本当に身につまされるような思いにかられてきました。自分がイランに滞在していた時期、そして現在日本でごく普通に過ごせているこの普通の暮らしが、いかに貴重で有難いものであることかが身に染みて感じられます。いつでも好きな時にスマホやパソコンでネットに接続でき、全世界から情報を仕入れ、自由に世界各地の友人知人と交信し、海外のサイトからも自由に買い物ができること、海外でなくとも、安全の心配なく気軽に外出でき、人々と面会し話ができること、夜も安心して就寝できること、これらの事柄は日本をはじめ、戦時下にない国ならごく当たり前のことで、誰も特に意識していないのではないでしょうか。
確かに、数年前のコロナ禍期においては、世界の全ての国がほぼ例外なく往来・対面・物流の自由が利かなくなり、一連の困難な不自由さを強いられ、ある意味で誰もが平等に不自由さを味わったと思われます。ですが、現在の中東情勢で生じた、戦時下にある国とそうでない国の違いは雲泥の差ではないでしょうか。ベランダに洗濯物を干す、ユーチューブで好きな動画を見る、LINEで家族や友人とやり取りするといったことは、日本にいる私たちの誰もが、特に意識せずに行っている事柄でしょう。それらがある日突然できなくなり、その状態が何カ月も続いたらどうなるでしょうか。
今回戦時下にあるイラン現地からの直接の情報に触れたことで、今あるそうしたごく普通の行動・生活が決して当たり前ではなく、その有難みに感謝し、大切にしなければならないということを、身をもって痛感した次第です。
日本のように、現在のイランのような戦争のない平和な状態が通常である環境では、私たちは日常において自分の身の周りのささいな出来事に心が動き、ちょっとした嫌な出来事にもいらいらしてしまうのではないでしょうか。職場で上司からお𠮟りを受けた、電車やバスが遅れた、先月の電気料金が予想以上に多く引き落とされていた、通販で注文した品物が届かない、近隣住民とごみの出し方を巡りちょっとした口論になった、などなど、日常における「嫌な出来事」はいくらでもあるでしょう。しかしながら、昨今のイラン情勢やそこで暮らす人々の話を聞くにつけ、そのような日常のトラブルは戦争に比べればそんなに神経をすり減らすべきことではないと思えてきます。
去る2月末から続いている対イラン戦争、そしてそれに伴う中東危機は、私たち日本人には、そして直接日本からは如何ともし難いものです。幸い、平和に恵まれている私たちが、平和憲法を誇る日本の国民としてできることは、一刻も早い事態の収束、現地の人々の無事、戦争前の状況への早急の回復を祈るとともに、関係国をはじめ世界に向かって停戦そして再発防止を訴えかけていくことだと思われます。
このレポートをまとめている最中にも、事態は刻一刻と変化しており、先日にはようやくイランと海外とのネット通信が復活し、グーグル検索サイトが使用可能になったとの情報が入ってきました。続いて、イラン東部領空の通過が可能になり、一部の空港が再開されたとのニュースも報じられています。何とかこの流れが加速し、早急に従来通りイラン領空が全面開放、全ての空港が全面再開され、イランと世界の往来が自由になることを願いたいものです。私事で恐縮ですが、筆者もちょうど昨年4月に日本に所用のため帰国して以来、昨年6月の12日間戦争や昨年末からのデモ、そしてそれに続く今回の軍事攻撃により、もう1年以上イランに渡航できず、現地に残る夫やその家族、そして数多くの大切な友人知人に会えない状態が続いています。とにかく、来月の今頃には朗報が届き、イランに平和が戻り、世界との交信・往来が完全回復し、世界のエネルギー・経済状況回復に向かい、再びイランの魅力をお届けできるようになっていることを願いつつ、今月のレポートを締めくくりたいと思います。
