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イランでは独自の太陽暦に従い、毎年西暦の3月21日ごろに新年を迎えます。イランの元日がなぜこの日に一定しないのかというと、閏年の場合には西暦と照合すると3月20日に当たるからです。イランの春の新年は、ペルシャ語でノウルーズ(新たな日)と呼ばれ、つい最近まで2週間ほどにわたり独自の慣行儀礼が行われてきましたが、今回はイランの暦で年内の最後の火曜日の夜に行われる、古式ゆかしい跳火儀式・チャハールシャンベスーリーの様子をご紹介することにいたしましょう。
日本では、年越しに当たって大晦日に除夜の鐘を聞きながら、年越しそばを食べるという伝統的な習慣がありますが、イランにも年の瀬に行う独自の習慣があります。それは、チャハールシャンベ・スーリーと呼ばれ、年末の最後の火曜日の夜に焚き火などの上を飛び越えるというものです。因みに、今年は3月15日の夜に行われました。この風習は、イランにイスラムが伝来する遥か昔の、今から7000年ほど前の時代、即ちイランでゾロアスター教が信奉されていた時代から残っている習慣とされています。また、そもそもこの風習が火を神聖なものとみなすゾロアスター教(拝火教)から来ているとする説もありますが、この点については研究者らの間で意見が分かれています。
もともと、この風習は年末の1週間にわたり行われ、年末の最後の火曜日に行うという習慣はなく、また当初は火の祭り(ペルシャ語でジャシュネ・スーリー)と呼ばれていたということです。7世紀にイランはアラブ・イスラム軍に侵略され、これによりイスラム教がイランに伝来しました。この時から、イラン人は急速にイスラムを受け入れていきますが、それとともに、この火祭り・ジャシュネスーリーにも変化が生じます。アラブ人にとって水曜日が縁起の悪い日とされていたことから、この日が来る前に燃やしてしまおうという意をこめて、火曜日の夜にこの儀式を行うようになりました。そして、水曜日(ペルシャ語でチャハールシャンベ)を火(スーリー)で燃やす儀式という意味で、チャハールシャンベ・スーリーと呼ばれるようになったということです。それ以来、イスラム国家のイランではイスラム以前の古いこの儀式が、イスラム伝来の影響を受けた形で実施されています。但し、もうかなり前から新年を迎える祝賀ムードに乗じて、街中で爆竹を鳴らす少年や若者が増え、また花火も打ち上げられるようになりました。もっとも、この爆竹により新年を前に重症を負うなどのケースも多発しており、これは大きな問題となっています。
さて、3月15日の夕暮れ時、だんだん辺りが薄暗くなってくるころから爆竹の破裂音があちらこちらで聞こえてきました。中には、耳をつんざくような大きな爆発音もあり、思わずぞっとしました。時折、夜空に花火が打ち上げられているのが見えます。
街中の路地に入っていくと、人々があちらこちらで焚き火を起こし、また日本のねずみ花火に似たような花火や、地面から吹き上げる花火、爆発音とともに何発もの火玉を噴出す花火に興じていました。
しかし、やはりこのイベントで一番大切なのは、焚き火を起こしてその上を飛び越えることとされています。街中のいたるところに、人々が思い思いに焚き火を起こし、楽しそうに炎の上を飛び越えている様子が見られました。
また、炎の上を飛び越えるときには、「私の黄色はあなたのもの、あなたの赤は私のもの」と唱える習慣があります。これは、イラン人の間で一般的に冴えないことや問題、病気などのシンボルに例えられる黄色が炎によって焼却され、代わりに暖かさやエネルギー、力が与えられるようにとの願いがこめられているということです。
小さな子どもたちは、暗闇の中に転がる燃えかすを追いかけたり、親に抱っこしてもらったりして焚き火の上を超えながら歓声を上げています。
また、昨年までは気づかなかったのですが、今年は初めて中に火をともす紙の気球が登場しています。中央部に取り付けられている燃料に火をつけ、周りを覆っている紙に火が燃え移らないよう、バランスをとりながら、うまく風に乗せなければなりません。これがなかなか難しいようで、気球がうまく膨らまなかったり、燃料が途中で落ちてしまったり、また火が気球に燃え移ってしまったりと四苦八苦。ですが、誰もが年末のひと時を外に出て楽しんでいる様子が伺えました。
さらに、普通の花火とは少々違う、炎のショーのようなものも見られました。
さてその翌日、外に出てみると、どこもかしこも昨日の火遊びの残骸が散らばっていました。中には、相当に大きな爆竹を爆発させたと思われる跡が残っているところもあります。しかし、ひっきりなしに爆竹の音が響いていた昨日とはうって変わって、この日はすっかり静かになっていました。この後は、歳末の買出しや大掃除など、新年を迎えるための準備を続けるのが通例です。何かと気ぜわしい年末のひと時を、みんなで集まって楽しむイラン人の古式ゆかしい習慣は、今なお受け継がれています。