*テヘラン便りで取り上げた地域の旅行手配も承ります*
前回は、イランでの婚礼のしきたりのうち、2人が出会って正式な婚約に至る前の、許婚としての段階に至るまでのおおよその流れについてお話しました。今回はいよいよ、正式な婚約からメインイベントとしての結婚式、日本でいう披露宴、さらにはその後に続く花婿側の親族による歓迎の食事会に至るまでの流れをたどってみたいと思います。
正式な婚姻契約式(アグドコナーン)
自宅などに婚姻登録専門のイスラム聖職者を招き、また新郎側と新婦側から2人ずつ証人が出席し、結婚しようとする2人の男女の、夫婦の契りを交わす儀式です。これ以後、2人は正式な婚約を交わしたとして、女性は夫となるこの男性にとって身内となり、体を許してもよいことになります。この儀式は、必ずしも家族や親族を招かないで、当人だけで行われるケースもありますが、親族を招く場合は一親等の親族及び直系のおじやおば、いとこなど、血縁的に近い人が招かれるケースが多いようです。
上の写真をご覧いただくと、複数の付添い人が新郎新婦の頭上に白い布を広げているのがお分かりいただけるかと思います。これは、今後の生活が甘美なものとなるようにという願いを込めて、2人の頭上で砂糖の塊を砕くためだということです。砂糖が直接二人にかからないように布を頭上に広げ、それを新生活に持って行き、新生活が甘美なものとなるように、との意味合いを示しています。
いよいよ夫婦の契りを交わす瞬間、新郎新婦はきちんと正装して身なりを整え、会場は花々や果物、鏡、ろうそくなどで美しい飾りつけがなされます。この2人の前でイスラム聖職者が婚姻に関するアラビア語の章句を唱え、また、前回お話した婚資金メフリーエの金額などを初めとする、この婚姻契約に当たっての一連の条件を読み上げます。2人が今後正式な夫婦となることを宣言します。そして、2人の意思を確認しますが、まず花婿に向かって、「あなたはOOOO嬢を妻とするか」と問いかけます。花婿は最初の問いかけで「はい」(ペルシャ語で「バレ」)と答えます。そして花嫁に対しては「あなたはOOOO氏の妻となるか」と3回尋ね、3回目に初めて花嫁はバレと答えることになっています。
花嫁が、「はい」と答えると、聖職者は「おめでとう」と言い、集まった人全員が拍手とともに、「リリリリリリ」と唱えて2人を祝福します。そして、二人は聖職者や証人、集まった親族らなどの面前で、婚姻謄本に署名します。それから、新郎の母親が二人に祝福の接吻をします。
なお、この儀式は結婚式の前夜、或いは当日、結婚式の前に行われる場合もあります。
嫁入り道具の調達及び、嫁入り道具のお披露目と運び出し(ジャハーズバラーン)
前回ご紹介した、バルボルーン、或いはハナバンドゥーンという一時的な仮婚約の儀式が済むと、いよいよ本格的な結婚に向けて両家が動き出すことになります。特に、女性の側では、嫁入りする女性が母親などと一緒に家具や台所用品、衣類などの買い物に奔走し、嫁入り道具(ペルシャ語でジャハーズ)を揃えるのに大忙しとなります。なお、人によっては、女の子が出生した時から、嫁入りの際に困らないように嫁入り道具を少しずつ揃える家庭もあるようです。最近では、各家庭や地方、民族などで考え方や価値観の違いはあるものの、嫁入り道具の内容がかなり豪華になってきています。特に食器や装飾品、家具などは外国製の華やかなものを選ぶ人が多く、また家族同士の行き来や来客も増えることからソファーや応接用のテーブル、大量の食器類は欠かせません。また、過去においては布団一式をもっていくケースが多かったものの、最近では2人用のベッドが好まれています。さらには、冷蔵庫やテレビ、掃除機などの家電製品、絨毯、食器棚、ガス台、カーテンや照明器具といったごく常識的なもののほか、指輪やイヤリング、ピアス、ネックレス、ブレスレットなどの貴金属、そして人によってはミシンや新しい服を縫うための生地が添えられるケースもあります。
一部の地域や家庭では、どのような嫁入り道具を持ってきたかが花嫁に対する花婿側や世間からの評価につながると考えられ、嫁ぎ行く娘が嫁ぎ先や世間に対して肩身の狭い思いをしないよう、嫁入り道具に奮発する家庭は決して少なくありません。このため、最近では嫁入り道具にかける費用も高額化する傾向にあり、実質上日本円で数百万円にも上ることも珍しくなく、またそこまで及ばなくとも高額な嫁入り道具の費用を一度には支払えず、分割払いにする家庭もあります。ちなみに、習慣上嫁入り道具の費用は花嫁の父親が負担し、住居や挙式の費用を花婿側が出すというケースが多いようですが、これも最近は双方でいくらかずつ負担しあう場合も見られます。
さて、花嫁の自宅では嫁入り道具一式が揃うと、これらにリボンなどで飾りつけをし、お披露目用にきちんと並べます。この時点で、両家の親戚や関係者などを招待して嫁入り道具を見てもらうわけですが、この嫁入り道具を見に行くことは、ジャハーズビーンと呼ばれています。
この際、邪気をはらうためにエスファンドという多年生植物の種子(別名ハルマル、ワイルド・シリアンルーとも)を燃やして香を焚きます。また、ダーイェレと呼ばれるタンバリンに似た打楽器を鳴らして、集まった人同士で踊り、花嫁とその家族、親族に対して祝いの言葉を述べます。
さらに、新郎新婦の将来の生活に役立ちそうなものをプレゼントに持っていくこともできます。
嫁入り道具の中に親戚や友人知人などから送られた品物があれば、どの品物が誰から贈呈されたものかを公表します。また、品物の代わりにお祝い金でも良く、その場合は誰からいくらいくらのお祝い金があったことを発表します。但し、日本のようにお返しの習慣はありません。
そして嫁入り道具を結婚後住む予定の新居に運び込むことになりますが、正確にはこれをジャハーズバラーンと呼びます。大都市では、トラックなどに積んで運ぶのが普通ですが、地方都市や小さな村落では、親族などが自分の頭やロバなどに乗せて、行列をなして嫁入り道具を運ぶ姿も見られます。
イラン北部ギーラーン州でのジャハーズバラーンの様子
アルースィー(結婚式)
昔は家庭で親族や友人、近隣の人々を招いて行うケースが殆どでしたが、最近では豪華なレストランや大きな庭園などで行うことも増えてきました。地方都市の一部、そして一部の家庭では出席者の数が多いことから、或いは習慣上男性用と女性用に別々の会場を設けることもあります。新郎または新婦の実家、或いはその親族のいずれかの自宅で行う場合は、男女混合の場合もあります。いずれの場合も、日本のように司会者がいて式次第があり、席順が決まっているなどということはなく、まずは音楽をかけて集まった招待客たちが手足をくねらせて自由に踊り、見ている人々が踊っている人にいくらかの紙幣を渡す、というパターンが主流です。なお、踊っているお客様に紙幣やコインを振りまく場合もあり、これはシャーバーシと呼ばれます。
お客様が集まっているところに、白いチャドルをかぶった花嫁が登場し、会場が男女別の場合には女性会場のほうに向かいます。一通り招待客の踊りが終わると、最後に花嫁と花婿が踊るよう促されます。新郎新婦の経歴の紹介や、両親への花束贈呈などもなく、大体午後から始まって夜中まで踊り、拍手喝さいし、最後にご馳走が出されます。
この式典でも、花婿の母親が新郎新婦に祝福の接吻をし、また花婿側の親族から花嫁に指輪などが渡されるシーンが見られます。
お式がお開きとなってから、花婿の父親が花嫁の父親に対し、「花嫁さんを我が家にお連れしてもよろしいですか?」と問いかけるシーンがあります。ここで花嫁の父親は、「どうぞ宜しくお願いします」という意味の文言を述べます。
そして、花婿は綺麗に生花で装飾された車に花嫁を乗せてクラクションを鳴らし、町中を運転して回り、喜びの意を表現します。
披露宴・お色直し(パーイェタフティ)
前夜の結婚式に続き、翌日の日中に場所を変えて花婿の実家、或いは2人がこれから住むことになる新居などで新郎新婦を招いて行われます。但し、前日の結婚式とは異なり、これは女性のみの催し物とされています。女性の招待客らが集まってリズミカルな音楽をかけて踊り、踊っている人にそれ以外の列席者が紙幣を渡します。この儀式での花嫁の衣装は、前日の白無垢のウェディングドレスから色鮮やかな別の衣装に切り替わります。
このときも、最後に出席者全員に対し、ご馳走が振舞われますが、最近ではこのパーイェタフティを省略するケースが増えてきています。。
新郎の近親家族による新郎新婦を招いての食事会(パーゴシャーイー)
これまでに述べた一通りの挙式が終了し、1週間後や10日後といった具合に少々新郎新婦の生活が落ち着いてから、新郎の実家や兄弟姉妹らがそれぞれ個別に、新郎新婦を招いての食事会を催します。この催しは、新婦が新郎の家族にまで足を(ペルシャ語でパー)伸ばす、広げる(ペルシャ語で広げるという意味の動詞ゴシューダンの名詞形)ことから、このように呼ばれています。食事会のお開きの際には、帰りがけにホスト側が新婦に贈り物を渡す習慣があります。
近年のイランでは、結婚前の新生活に向けた準備、挙式にかかる費用が高額化し、嫁入り道具や挙式も益々華やかになる傾向があります。もっとも、少数派ではありますが、経済的な理由などから、挙式せずに衣装を着ての記念撮影と新婚旅行だけで済ませる、いわゆる地味婚派のカップルも存在します。また、イランでは、遠方に嫁いだり、結婚後遠方に引っ越した場合は別として、結婚後も新婚カップルが自分の実家や家族と盛んに行き来することが多くなっています。
どのような嫁入り道具をどのくらい揃えるか、また挙式や新生活にどれほどお金をかけるかは、まさに千差万別で、それぞれのカップルや家族、習俗や地方などによって異なります。しかし、どのような形であれ、新生活のスタートを切る全てのカップルの幸せを願う気持ちは、世界共通といえるでしょう。