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イランでも日本やその他の一部の国と同様に、全国統一の大学入学試験が行われます。今回は、イランで最近行われた、全国一斉の大学入学試験と、それにまつわる話題をお届けすることにいたしましょう。
イランの全国統一大学入学試験はコンクールと呼ばれ、マークシートを塗りつぶす選択式のテストで、毎年7月にイラン国家教育査定機関により実施されます。この組織は、イラン科学技術研究省の管轄下にある組織で、日本で言う大学入試センターに相当し、受験要綱を発表して、毎年1月中旬過ぎから2月下旬過ぎまでのおよそ1ヶ月間の間に、インターネットにてその年の7月に行われる大学入学試験の応募者を受け付ける仕組みになっています。ちなみに、数年ほど前までは、ペルシャ語でドウラティ或いはサラーサリーと呼ばれる国立大学と、アーザーディーと呼ばれる私立大学、そしてパヤメヌールと呼ばれる通信制大学の試験は別個に分かれ、特に国立大学に合格するためには一次試験としてこのコンクールを受験し、その結果を元に最終的な志望校や学部、学科を選択し、その大学が実施する2次試験を受けるというシステムになっていました。しかし、現在ではいずれの大学・学部を受験する場合にも、このコンクールを受験し、コンピュータ処理の結果として合格が可能な大学や学部・学科がデータで示されるという仕組みになっています。また、高校3年間の成績も少々は程度加味されるということです。但し、一部の学部・学科については、従来どおり別個の第2次試験を課すところもあります。
また、受験科目は文科系、理系、理数系などによって違いはありますが、いずれの学科を目指す学生も共通科目として国語のペルシア語、基礎的な数学、アラビア語、宗教、英語の試験を受けなければなりません。宗教については、大半はイスラム教に関する試験を受けることになりますが、他にキリスト教やゾロアスター教、ユダヤ教の学生に対してはそれぞれ自分の信じる宗教の試験を受けます。そして、これらの共通科目に加えて、それぞれ自分の希望する学部学科が必要とする科目の試験を受けることになります。数年前までは、イランでは高校3年間の課程を修めた後に、ピーシュダーネシュガーと呼ばれる1年間の大学進学準備課程を履修する必要がありましたが、最近になって、小学校課程が5年から6年に延長された分、大学進学準備課程がなくなり、高校3年の課程を6月に終えた学生がその年の9月の入学を目指して大学を受験するシステムに変わっています。
イランで大学入学試験が始まったのは1969年のことで、このときには4万7000人強が受験し、設問形式は短文による質問形式でした。それから数えて49回目となった今年の試験の最終的な出願者数は、先述のイラン国家教育査定機関の発表によりますと、92万9791人だったということです。イランでは、理系分野の大学・学部・学科が非常に人気を集めており、さらに詳しいその内訳をみてみますと、出願者数の多い順に理科・実験科学系の志望者が58万301人、数学・物理系が14万8429人、人文科学系が18万4122人、芸術系が1万485人、外国語系が6454人となっています。
イランでは特に男性の場合、大学に合格、入学した場合には卒業まで兵役が猶予されることから、特に1980年代のイラン・イラク戦争の時代には大学入学の志願者が殺到し、競争率が数十倍にも膨れ上がった時期があったということです。しかし、最近では日本などの先進国のように出生率が大きく下がってきており、また大学の数が増えたため、ひところに比べると競争はかなり緩やかになり、選ばなければ受験者のほぼ全員がどこかの大学に入学できるという状況になっています。ですが、国立大学、特に伝統があり著名な大学や人気のある大学、学部、学科はやはり狭き門です。全体的に、入学試験の点数の非常に良かった受験生は国立大学、それほど高い点数が取れなかった受験生は、アーザーディと呼ばれる私立系の大学を目指すことになるようです。特に、国立大学は授業料が無料であるのに対し、私立大学は学期ごとに相当の授業料がかかることから、国立大学はやはり比較的人気があります。なお、イランの大学入学システムにおける特筆すべき点として、戦争での殉教者や傷痍軍人などが身内に居る場合、また学齢期を海外で過ごした経歴がある場合、それから特に都市部と比べて教育環境の水準が著しく低い地域で就学したなどの受験生に対する優遇措置があることが挙げられます。
さらに、ここ数年においては、近い将来、受験生が試験当日にストレスを抱えて試験本番で実力を発揮できない、1回限りの試験で全てを決めるのは不公平だとする考えから、大学入試を廃止し、高校3年間の成績で然るべき大学に入れるようにするシステムに切り替えようという案も出ているようですが、これはまだ実現に至っていません。
ちなみに、受験生の間でも人気があり、入学試験での高い点数や全国での高い順位が必要とされる大学は、最高学府のテヘラン大学をはじめ、シャリーフ工科大学、アミールキャビール大学などのほか、医科歯科系、コンピュータ系、理数物理系、工学系などです。ひところは、成績の良い学生は理数系や医歯系、工学系などを目指す傾向が強く、また受験生の親や教師もこれらの系統を、いわゆる良い学部学科として勧めることが多くなっていました。しかし、最近では受験生の希望も多様化し、必ずしもこれらの系統に進むことだけが成功を意味するのではなく、自分が真に興味のある学部学科を目指すべきだとする考えが広まっており、文科系や芸術系などにも優秀な学生が沢山集まるようになったと言われています。
イランでも、以前と比べると比較的大学に入りやすくなってきており、また大卒者の就職率や就職状況はそれほどよくないとはいえ、いわゆる少しでも良い大学や、将来に役立つ学科に入りたいという受験生の意欲は変わっていません。日本でいう受験予備校や塾に相当する、通常の学校外の強化クラスは沢山あります。特に、過去の大学入試で全国順位が一ケタ台の受験生が出たような強化塾は、その生徒の写真やどの系統で全国で何番目だったかを看板にし、大々的に宣伝しており、そのようなところには数多くの受験生が集まります。家庭教師代に多額の出費をする家庭も多く見られます。試験シーズンが近づくと、受験生や学齢期の子どもを持つ家庭では、親戚や知人同士の間の訪問やお呼ばれ、集まりごと、パーティーなどを控え、子どもが安心して勉強できるよう配慮することが多くなっています。中には、集合住宅やアパート住まいの受験生の家族が、自分の下の階や上の階、隣に住む住人に対し、極力音を立てないようにして欲しい、訪問客の受け入れや親戚の行き来なども試験が終わるまで止めて欲しいなどと依頼するケースも、決してまれではありません。イランでも、大学受験は受験生本人のみならず、受験生を抱える家族にも相当のストレスとプレッシャーをもたらしています。
とにかく、2度とない青春真っ盛りの若者がくぐる関門の1つである大学入試が、彼らの将来の人生設計に向けて大きな影響を及ぼす要素の1つであることは、イランにおいても日本と似通っているようです。