ラムサール条約の発祥地・ラームサル近郊の緑豊かな村落
テヘランから最も近いカスピ海沿岸都市チャールース市内ナマックアーブルード村のロープウェー
トラバーチンでできた天然の階段上を水が流れるバーダーブスールトの泉(中心都市サーリー)
前回は、イラン北部・カスピ海沿岸地域のうち、西海岸地域にあたるギーラーン州の見所を中心とした周遊プランをご提案してまいりました。今回は、東海岸地域の一部であるマーザンダラーン州にスポットを当てたプランをご紹介してまいりたいと思います。
この州には、テヘランから最も近いカスピ海沿岸都市であるチャールース、先だってご紹介した湿原保護に関するラムサール条約が締結された地であるラームサル市などが存在します。
以下の地図より、マーザンダラーン州はテヘランから最短時間でアクセスできるカスピ海沿岸地帯であることがお分かりいただけると思います。
また、この州はペルシャ語で「イランの王道」と呼ばれ、降雨量の多い湿潤気候地帯であり、緑豊かであることからも、特にテヘラン在住者の間で、車で比較的容易にアクセスできる近場のリゾート地とされています。
この州は、上に示した地図でもお分かりいただけるように全体的に東西に伸びており、大自然の景勝地をはじめとする見所は枚挙に暇がありません。このため、1回きりのツアーで全てをカバーすることは非常に難しいことから、特にお勧めしたい見所を厳選して2泊3日ほどのツアープランを組んでみました。そこでまずは、テヘランから最も近いカスピ海沿岸都市チャールースから始めてみたいと思います。なお、移動の手段は主に車を使用するものとします。
<1日目のプラン>
テヘラン~チャールース(ロープウェイ乗車、カスピ海岸散策、昼食)~アッバーサーバード(ダニエルの洞穴)~ラームサル(サーダート・マハッレ温泉、宿泊)
テヘランからチャールースまでは、そのときの道路事情にもよりますが、最低3時間から4時間ほどを見ておくとよいと思います。そのため、できれば朝6時から7時くらいにはテヘランを出発したほうがよいと思われます。
長時間車に乗って移動した後は、まず大自然の空気を胸いっぱいに吸い込んで、思い切りリフレッシュしてみてはいかがでしょうか。そこで、このプランのはじめにまず、チャールース市内ナマックアーブルードにある自然公園内のロープウェイに乗ってみたいと思います。ここは、ナマックアーブルード地区でも有数の観光スポットであり、ここには、4人乗りのロープウェーが、エルブルズ山脈の数ある峰の1つ・メドヴィン峰(海抜1050m)までの、全長1700メートルほどの区間を運行しています。ロープウェーから見える、緑豊かな景色をお楽しみ下さい。
さて、カスピ海沿岸を周遊するからには、是非世界最大の湖であるカスピ海にも足を運んでみたいものです。ここチャールースにあるラーディオー・ダルヤー海岸は、テヘランから最も近いカスピ海岸とされています。ここには、レストランやホテル、遊泳区域や東屋(日本で言う「海の家」に近い施設)などが整っています。日本の総面積とほぼ同じくらいあるカスピ海の大きさを、是非実感してみてください。
チャールースで昼食をとってから、今度はそこから西に隣接したアッバーサーバード行政区にあるダニエルの洞穴を見学してみたいと思います。この洞穴は、全長およそ2160メートル、深さがおよそ74メートルにも及び、川が流れる洞窟としては、イラン国内では西部ケルマーンシャー州にあるグーリーガルエイー洞窟に次いで2番目の規模を誇ります。
この洞窟は、専門家の見解によれば数百万年もの歴史があるとされ、内部には、天井から石灰を含む無数の鍾乳石が氷柱のように下がっています。なお、この洞窟内の気温は、年間を通して約23℃ほどに保たれているということです。
ダニエルの洞穴の見学終了後、ここから西に45キロほど離れたラームサルに向かいます。さすがはカスピ海沿岸都市とあって、湿度が高いせいでしょうか、湿潤地帯によく見られる地衣類が生え、苔むしている木造家屋を見かけました。
ところで、ラームサルは1971年に湿原の保存に関する国際条約である、ラムサール条約が採択された都市として有名であるものの、この町には湿原はありません。ですが、この地は温泉やエルブルズ山脈を包み込む森林、パフラヴィー朝最後の皇帝モハンマド・レザーシャーの宮殿などを兼ね備えた、イランでも有数の海岸リゾート地とされ、1979年のイラン革命前までは、アメリカ人の間で特に人気のある保養地とされていました。このプランにおきまして、皆様もここに到着されるころにはきっと疲れがたまっているかもしれません。そこで、ラームサルに到着したらまず、この地の温泉に浸って長旅の疲れを癒してはいかがでしょうか。当地のサーダート・マハッレ温泉は、ミネラル分を含んでおり、医学的な治療・湯治効果があるため、国内外から多くの人々がここを訪れます。
ミネラル分を含むサーダート・マハッレ温泉
温泉に浸ってゆっくり体を休め、ラームサルに宿泊ということで、第1日目を終了したいと思います。
<2日目>
ラームサル(民族学博物館、大理石博物館の見学)~昼食をはさんでラームサルのマールクー城砦の見学~ノウシャフル(キャンドロス村見学、宿泊)
さて、1日目は大自然の景勝地を中心にご案内してまいりましたが、2日目はラームサルにある史跡を回り、そこからさらに逆方向にあるノウシャフルに向かうことにしましょう。まずは、マーザンダラーン州でも有数の観光スポットの1つ、ラームサル民族学博物館を訪れたいと思います。
切妻屋根のついたラームサル民族学博物館の建物。正面の看板にはペルシャ語と英語で「ラームサル民族学博物館」と記されています。
この博物館は、イラン文化遺産・伝統工芸・観光庁との連携により、2011年に開館しました。館内には様々なセクションが設けられ、イラン北部の地元民の伝統的な生活様式や習俗、文化を示す様々な品々や遺品など、700点以上が展示されています。
人形などを使用して地元民の伝統的な生活の様子を再現しているセクションもあります。
なお、この博物館に展示されている数々の展示品は、イーサー・ハータミーという人物がおよそ30年の歳月をかけて収集したコレクションだということです。また、イラン北部特有の、昔ながらの構造による家屋内に、多彩な品々が展示されていることもこの博物館の特徴といえます。この場でぜひ、イラン北部の人々の伝統的な暮らしぶりや独自の文化を満喫していただきたいものです。
さて、今度は庶民の暮らしから打って変わって、イラン最後の王朝時代の煌びやかさを再現し、現在は大理石博物館となっているラームサル宮殿に足を運んでみましょう。
円形の池のあるラームサル宮殿の正面
宮殿そのものだけでなく、庭園も実に見事。宮殿本館まで長い道が続いています。
この宮殿は1937年、6万平方メートルもの敷地に建設され、パフラヴィー王朝の皇帝レザー・シャーと、その息子のモハンマド・レザー・シャーの夏の滞在場所とされていたということです。早速中に足を踏み入れてみると、陳列されている食器などの品々はもちろん、室内装飾やシャンデリア、数々の調度品の華やかさに驚かされます。
この宮殿は、イラン人とドイツ人の建築家らの協力により、ヨーロッパ形式で造られており、先にお話したように、1979年のイスラム革命前までは、パフラヴィー朝の皇帝の滞在場所として使用されていましたが、それ以降は、いわばイランと外国の芸術家の作品の収蔵場所となっています。カスピ海のリゾート地に佇む宮殿内で、しばしの間王朝時代の華やかな雰囲気を味わってみてください。
さて、昼食をはさんで今度は、イスラム伝来以降の遺跡の1つ、マールクー城砦を見学したいと思います。
この城砦は、2001年にイランの国の文化財に指定されており、専門家の間では1400年前のイスラム出現以前の時代に建設、それ以降に再建され、戦闘用に使用されていたと言われています。また、この城砦が歴史的な文献に出てくるのは、今からおよそ1100年ほど前のこととされています。そして、マールクーという命名の由来についても諸説があり、一説によればこの地域に蛇が多く見られることから、ペルシャ語でマール(蛇)+クー(山)となったといわれ、また別の説によれば、この地に関する一部の史料ではこの地にマールド族という民族が住んでいた事にちなむということです。
上空から見たマールクー城砦
この城砦の敷地面積全体は600平方メートルほどにおよび、主にモルタル、石灰、石材を使用して建設されています。この城砦は、上空から見ると長方形に近く、城壁は最も長い東辺で全長およそ70m、地上からの高さはおよそ30mとのことです。この城砦の北側からはカズピ海、東側からはトネカーボン行政区、西側からはラームサル、南側からはエルブルズ山脈が一望できます。ただし、そのためには緑の生い茂る山の中に続く300段もの階段を上らなければなりません。
この城砦の構造自体、決してそれほど複雑なものではなく、今お話した階段のほか、北東部に設けられた入り口と敷地内のいくつかの室以外、これといった特別なものは存在しないようです。
この城砦の四方から、カスピ海とエルブルズ山脈、近隣のトネカーボン行政区、そしてラームサル市内の展望をお楽しみいただけます。
さて、ラームサル周遊はこのくらいにして、今度は逆方向に進路を変え、カスピ海沿岸をひた走り、初日に訪れたチャールースへと逆戻りし、そこからさらに東にあるノウシャフルに足を運んでみたいと思います。ラームサルからノウシャフルまではおよそ100キロ近くあり、移動に1時間半から2時間くらいを見ておくとよいでしょう。
ノウシャフルで、ぜひ訪れておきたいのは、昔ながらの家並みと、大自然の美しさを兼ね備えたキャンドロス村です。この村は、紀元前からイスラム出現当時、そしてそれ以降にまで及ぶ、イランの様々な時代の文化の名残が見られます。この村は、現在ではミーフサーズ村という名称の方がよく知られているそうですが、これは、ガージャール朝時代の王ナーセロッディーンシャーがここを訪れたときに、ジプシーの一部が釘作りにいそしんでいる光景を目にしたことから、この村をペルシャ語でミーフ(釘)+サーズ(~を造る人)と命名した事に由来するそうです。なお、2016年現在のこの村の人口はおよそ1100人、380世帯ほどとされています。
村内には、階段や坂の多い路地がたくさん見られ、民族学博物館や薬草博物館もあれば樹木も生い茂り、バラエティに富んでいます。
階段や坂の多いキャンドロス村内の路地
樹木に覆われた村内の家並み
イランの薬草250種類の作付け・栽培、分類、エキスの抽出、植物油の抽出を目的に、2016年に開館した村内の薬草学博物館の外観
民族博物館内の様子。紀元前2世紀から現代にいたるまでのこの村の文化や歴史を物語る品々を数多く展示。
2日目は、ラームサルからノウシャフルまで長距離を移動したこともあり、ここまでとしたいと思います(ノウシャフルで宿泊)。
<3日目>
ノウシャフル~ヌール(アーブパリー滝、ニーマー・ユーシージ記念館見学)~昼食~サーリー(バーダーブスールト泉見学)~ベフシャフル(ミヤーンカーレ半島及び湿原見学)~テヘラン
さて、3日目はまずノウシャフルを出発して、その東に隣接したヌール行政区に向かいます。ここでは、大自然の美景を1つ、そしてこの地ゆかりの著名人の生家を訪問します。
この地には、アーブパリー滝と呼ばれる景勝地があります。しかし、滝という名がついてはいるものの、実際には河川の水がたくさんの岩の間を流れているといった方がふさわしいかも知れません。ですが、沢山の岩石の間を流れる水が幾重にも連なり、えもいわれぬ絶景を生み出しています。
水が連続している岩に打たれ、流れ落ちる様子は天女の羽衣を連想させると言ってもよいのではないでしょうか。この地域は非常に涼しく、近隣の市との気温差が10℃にもなるそうです。
さて、この大自然の絶景の近隣に、ぜひとも訪れておきたい名所があります。それは、イランの現代詩の父とされ、宮沢賢治とほぼ同時期を生きていた現代詩人ニーマー・ユーシージの生家であり、現在はこの詩人の記念館となっています。
ニーマー・ユーシージの生家の外観
ニーマー・ユーシージ(1897-1960)
ニーマー・ユーシージは、現代詩人としてそれまでのペルシャ語による詩歌の古い形式や構造にあえて疑問を提示し、新しいタイプの詩作方法を打ち出して、それまで停滞していたペルシャ語詩に新風を吹き込みました。彼の有名な著作の1つに、「新たな詩」があり、また自然の要素や神秘的な表現を駆使して社会の様相を詠っています。さらに、ニーマー・ユーシージは標準的なペルシャ語のほか、マーザンダラーン州の方言による作品も残しています。
この詩人の生家は、正確にはヌール行政区ユーシュ村というところにあり、国の文化財にも指定されています。ここは、一般の見学客が自由に見学できます。室内には、ニーマー・ユーシージの彫像や写真、遺品などが展示されています。
ニーマー・ユーシージは、自らの生誕地への埋葬という生前の遺言により、ここに埋葬されました。閑静な敷地内の中庭には、この詩人の墓が佇んでいます。
それでは、今度はヌールからさらに東に100キロほど離れた、マーザンダラーン州の中心都市サーリーに向かいます。ここでは、トラバーチン(石灰質化学沈殿岩)でできた棚田を水が流れ落ちている、バーダーベスールトの泉の絶景を見学します。
バーダーブとは、ペルシャ語で「ガスを含む」ことを意味し、スールトとは強い影響力があることを指しています。なお、この泉はトルコのパムッカレ泉に次ぐ、世界第2位の塩水泉とされています。
海抜1841メートルに位置するこの泉は、まさに風と水の連携によりできた大自然の大傑作といえるものです。水をたたえた無数の棚田が延々と連なり、七色の泉と評されるに相応しい、非常に珍しい光景を生み出しています。
なお、かつては30km2ほどの総面積を誇っていたこの泉は、現在は地球温暖化による旱魃などの影響で1km2ほどに縮小してしまったとのことです。このような地形ができるのは、海抜高度が高く、しかも常に穏やかな風が吹いている場所にこの泉があることから、沈殿物を含む水が沢山のしわのようなものを形成し、それがさらに長い時間をかけて棚田や階段状になるとのことです。また一部の棚田は乾燥し、水がなくなって白くなっています。
さらに、この泉の一部には、赤やオレンジ色に見える物質を含む部分がありますが、これは鉄分だとのことです。
そして、黒く見える部分は泥土で、医学的な治療効果があるとのことです。さらに、ここに存在しているいくつもの大きな水溜りが1つできるのには、200年から300年もかかっているといわれています。
さて、これまでマーザンダラーン州にある数多くの景勝地や名所旧跡をご紹介してまいりましたが、締めくくりに、サーリーの町からさらに東のベフシャフル市にある、ミヤーンカーレ国際湿原・半島をご案内したいと思います。
ミヤーンカーレ半島は全長48キロ、幅は1.3キロから3.2キロとなっており、カスピ海の南東部の一部を遮断する形で、ゴルガーン湾を形成しています。また、ミヤーンカーレ湿原とともに、ラムサール条約にも登録されています。
この地域には100種類を超える水鳥が生息、飛来し、バードウォッチングの愛好家にとっては絶好の場所といえます。またそれ以外の100種類もの水生生物が生息しており、1969年には自然保護区に指定されました。この地域の水鳥のほとんどは渡り鳥で、冬にこの地にやってきます。その主なものはフラミンゴ、ペリカン、白鳥、マガモなどです。
マーザンダラーン州の東端に位置するミヤーンカーレ国際湿原・半島がかもし出す大自然の魅力を最大限に満喫してテヘランに向かい、全日程を終了します。
ここまでご紹介しました名所旧跡は、あくまでマーザンダラーン州の魅力の一部に過ぎませんが、まずは主だった名所をご訪問いただき、先月のギーラーン州とはまた違ったカスピ海沿岸地域の素晴らしさを味わっていただけますことを願っております。
さて、次回はカスピ海に面したもう1つの州・ゴレスターン州を中心にしたツアープランをご紹介する予定です。どうぞ、お楽しみに。