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テヘラン発 最新レポート; ペルシャ書道へのいざない
イランと日本は、地理的、文化的にアジアの両極端に位置しており、日本は極東アジア、イランは西アジアということになります。日本人から見て、遠い西アジアの砂漠の国、イスラムの産油国、どちらかというと謎めいたイメージが先行するイランに、日本とある意味で共通する文化があります。その1つがペルシャ書道です。特に、イスラムの聖典コーランを美しい文字で筆写する目的から、書道はイランを初めとするイスラム圏でも非常に重視されています。こちらの生活でも、書籍をはじめ、お店の看板や宣伝広告など、至るところに習字体で書かれたものを良く見かけます。以前から、ペルシャ語をきれいに書いてみたい、という願望はありましたが、なかなか本格的に始めるきっかけがつかめずにいました。幸いにも昨年から、勤務先のIRIBイラン国際放送内にペルシャ書道の講座が開設され、初心者レベルから指導してもらえることになり、この機会にと、早速行って見ることにしました。
日本の書道には、楷書、行書、草書といった具合に字のくずし具合により名称が付けられていますが、ペルシャ書道の場合はそもそも書体が異なるといったほうがよいでしょう。ペルシャ書道を初めとするイスラーム書道にも、いくつかの書体があり、今回倣うことになったのは、書の花嫁とも称されるナスタアリーク体というフォントです。この書体は、イランで最も親しまれている書体で、その第1印象としては、リボンがひらひら舞っているところに点が打たれているような感じで、全体としての印象はとても流麗で滑らかです。イランの春のお正月シーズンには、年賀状用のカラフルなカードが沢山販売されますが、趣向を凝らしたデザインに習字体で書かれたものが多く、まさに幻想の世界に引き込まれたような印象を受けます。さて、いよいよこの幻想の世界に足を踏み入れることになりました。
ペルシャ書道では、毛筆ではなく、植物の葦を削った硬い筆を使います。また、書道専用の紙と墨汁、また日本の硯に相当する墨汁壷が必要になってきますが、これらは文房具屋さんで入手できます。ペルシャ書道で使用する紙は、グラニットと呼ばれ、表面のつるつるした、筆の滑りの良い材質のものです。筆の太さにも色々あり、まずは細めの筆で練習を始めることになりました。先生のお話では、お店から買ってきた筆はそのままでは使えず、適宜筆先を削る必要があるとのこと。こうしたことも、今回初めて知りました。
いよいよ渡されたお手本を見て、点や線、文字の一画を書いてみるところからスタートしました。お手本どおりの格好いい線がなかなか引けず、太いところと細いところ、絶妙なカーブがなかなか決まりません。また、長めの線を引いているときには、きゅきゅっという紙と筆の摩擦音が聞こえることもあります。ところで、ペルシャ書道が日本の書道と違うのは、2度書きが許容となっていることです。一度にはらう画もありますが、点画によっては一筆で決めるのでなく、何度か手を加えるものもあります。先生のお話では、一筆書きで決まればそれに越したことはないが、見た目の美しさが重要であるため、一筆書きにこだわる必要はないとのことでした。
ペルシャ書道について、IRIB内の先生に色々お話を伺いました。ペルシャ書道の中でも、特に柔らかで流麗な書体であるナスタアリーク体は、書の花嫁と呼ばれており、ナスフ体とタアリーク体という2つの書体が組み合わさってできたものだそうです。このナスタアリーク体を崩してできた書体もあり、これはシェキャステイェ・ナスタアリーク体と呼ばれるとのこと。そして現在、全てのナスタアリーク体の手本となっているのは、イラン書道史上で最大の書家とされる16世紀のミール・エマードだそうです。一方、モスクの入り口や壁面に見られるコーランの文句は、違う書体で書かれているようですが、とお尋ねしたところ、これはクーフィー体やスルス体、ナスフ体だということでした。特にクーフィー体は、7世紀にイスラムが出現した当時のもので、イラクの都市クーファで発達した書体だそうです。
日本の書道も、仏教の写経と密接な関係があるとのことですが、ペルシャ書道も、イスラムの聖典コーランを流麗な書体で筆写するという目的から、宗教と密接な関係を持っています。さらに、ペルシャ書道は、韻律の響きの美しいペルシャ語の詩を流麗な書体で書くことで、ペルシャ語の詩に音声面だけでなく、視覚的な流麗さをそえる、という役割も果たしています。
とにかく、まだ始めたばかりでもあり、また日常の仕事や雑事に追われて、なかなかまとまった時間がとれませんが、これまでペルシャ語の美しい文体の習得に時間をかけてきたことに加え、今後はペルシャ語をきれいな書体で書くことにも注目してみようと思います。