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イラン北部・カスピ海沿岸の知られざるリゾート地・ナマックアーブルード

 

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イラン北部の知られざるリゾート地、ナマックアーブルード

イランには、何日も掛けて遠出をしなくとも、近場で楽しめる見所がたくさんあります。今回は、テヘランから日帰りで行けるカスピ海沿岸の意外なリゾート地、イラン北部・マーザンダラーン州、ナマックアーブルードをご紹介することにいたしましょう。

カスピ海のあらましと歴史

テヘランでの生活では、窓から北のほうを見渡すと山々が見えますが、これは有名なアルボルズ山脈です。このアルボルズ山脈をはさんで、カスピ海に面したマーザンダラーン州が横たわっています。このため、カスピ海は、イランでは一般的にマーザンダラーンの海と呼ばれていますが、他にハザルの海という呼び方もあります。これは、7世紀から10世紀にかけて、カスピ海周辺からコーカサス地方そして、黒海までの地域において、ハザル族という民族が住み、この民族によるハザル王国が栄えていたことに由来するとされています。また、日本語では海と名がつくために、太平洋のような外海を連想しがちですが、地図でご覧いただければお分かりのように、カスピ海は外海とはつながりのない湖で、しかも塩湖であるという不思議な存在です。またご存知のようにその広さは世界一で、これはほぼ日本の総面積に匹敵する大きさです。そのカスピ海には、テヘランから車でわずか4、5時間ほどでアクセスできるのです。この点は、日本では意外と知られていないかもしれません。

 

日本を連想させるカスピ海岸の自然

朝5時ごろ、バスでテヘランを発ち、途中までは比較的まっすぐな街道を走りましたが、アルボルズ山脈に入ると、曲がりくねった道が続きます。まずは、テヘランから最も近いカスピ海沿岸の町であるチャールースに向かいました。この町は、アルボルズ山脈を挟んでちょうどテヘランの北方にあります。しかし、アルボルズ山脈を越えなければならないため、チャ―ルースに到着するまでには日光・中禅寺湖のいろは坂のように、九十九折の坂に遭遇することになります。さて、バスの窓から注意深く外を眺めていると、はじめは植物がほとんど見られない岩だらけの山だったのが、カスピ海の方向に進むにつれて、だんだんと緑が多く見られるようになってきました。そしてもう一つ注目すべき点は、テヘランではあまり見られない、日本のような切妻造りの家屋や建物が多くなってくる、ということです。もっとも、このあたりではまだ、レンガ造りの建物が主流でした。ともすると、乾燥していて降雨量が少ない国と思われがちなイランにあって、カスピ海沿岸地域は、日本とよく似た湿度の高い気候区分に属します。緑豊かな自然の中に切妻造りの家屋が見られる風景は、さながら母国日本を連想させ、イランにいるという感覚をしばし忘れてしまうほどでした。

ロープウェーに乗ってカスピ海を展望

今回訪れたのは、カスピ海沿岸のリゾート、チャールースの近郊にある、ナマックアーブルードという小さな町です。まず、ここでロープウェーに乗ることになりました。テヘラン北部にも、トーチャール地区にあるロープウェイがあり、テヘラン市の全景を見渡すことができますが、ここナマックアーブルードの町では、ロープウェーに乗って、一面に広がるカスピ海を臨むことができるのです。学校がすでに夏休みに入っていることもあり、乗車券の販売所の前には、すでに長蛇の列ができていました。このアトラクションは、相当に人気のあるスポットのようです。辛抱強く待つことおよそ30分、やっとロープウェイに乗れることになりました。

ロープウェーはゆっくりと、緑の生い茂る山を登っていきました。このロープウェーの走行距離は1キロ以上にもなるということです。そして遂に、アルボルズ山脈から見た、壮大で穏やかなカスピ海に、思わず息を呑みました。これが、世界一の広さを誇るカスピ海なのです。それまで、自分の心の中に渦巻いていた、もやもやした思いが一瞬のうちに拭い去られたような気分になりました。そして、改めてカスピ海の大きさを実感しました。日本にある富士五湖などとは規模が違い、向こう岸は全く見えません。どこまでも、静かでおだやかな湖面が広がっています。以前に、陸路で隣国のアゼルバイジャンを旅した際にも、長距離バスでカスピ海の沿岸をひた走り、感激したことを覚えていますが、山の上から見下ろすカスピ海も、また格別でした。

カスピ海の砂浜に遊ぶ

さて、今度は視点を変えて、アルボルズ山脈から地上におりて、海岸に向かうことになりました。バスを降りると、潮風が吹いているのが分かります。普段、乾燥した空気のテヘランで生活している私にとって、カスピ海の潮風はとても新鮮に感じました。水平線はぼうっとかすんでいましたが、この湖の向こうには、確かにロシアやカザフスタン、トルクメニスタン、アゼルバイジャンなどの国があるのです。外海でこそないものの、「海にお船を浮かばせて、行ってみたいな よその国」という童謡の歌詞が懐かしく思い出されました。波打ち際に来てみても、やはり、カスピ海は穏やかです。ごく小さな波が寄せては返し、荒波が立つことはありません。また、カスピ海は淡水湖ではなく、塩湖ではありますが、塩分の濃度は太平洋などに比べるとはるかに低いといえます。岩場や磯の多い海岸とはまた違い、砂浜の海岸がどこまでも続いています。ここも、夏の行楽シーズン真っ盛りとあって、大勢の海水浴客で賑わっていました。

キャルキャテルード自然公園

潮風たっぷりの海岸のムードを満喫した後は、ナマックアーブルードの町から少し離れた、アッバースアーバードの町にある、キャルキャテ・ルード自然公園に向かいました。ここでは、大きな森林の中に休憩所が設けられ、多くの行楽客が思い思いにテントを張ったり、シートを敷いたりして寝そべり、またピクニックを楽しんだりしています。近くにはキャルキャテ・ルードという小さな川が流れ、さわやかなせせらぎの音が聞こえます。この小さな川にそって、しばらく大森林の中を散策していると、ふと子どもの頃に訪れた、日本の東北地方にある奥入瀬渓流が思い出されてきました。日本の詩人、大町桂月は「住まば日の本、遊ばば十和田、歩きゃ奥入瀬三里半」と詠っていますが、奥入瀬渓流から遠く離れた、しかも日本では砂漠の国と考えられているここイランに、散策してよし、休憩してよし、キャンプを張ってもよしという、三拍子揃った大自然の中のお楽しみスポットがあるということを、是非日本の皆様にも知っていただきたいものです。

 

マーザンダラーン州とその方言について
今回訪れたナマックアーブルード、アッバースアーバード、そしてその前に通ったチャールースの町は、行政区分上マーザンダラーン州に属しており、1971年に調印された、湿原保存国際条約であるラームサル条約で有名な町・ラームサルも、この州にあります。さらに、マーザンダラーン州ゆかりの著名人としては、近代詩人ニーマー・ユーシージ、そして現在、書道家および画家として活躍している、トウヒーディー・タバリーを挙げることができます。この州の主要な農産物には、タバコ、茶、綿花などのほか、日本のように湿り気の多い気候風土であることから、イランの他の州ではあまり見られない稲作がさかんです。そして、カスピ海の名産物として有名なキャビアも見逃せません。今回は、時間の関係でこの地域の郷土料理などを味わうことができませんでしたが、次の機会にはカスピ海地域の食文化にも、是非注目してみたいと思います。

マーザンダラーン州では、ペルシャ語とはかなり違う、この州独特の方言であるマーザンダラーニー語が話されています。よく注意して聞いてみると、標準語とは動詞の活用がかなり違うことに気づきました。また、使われている単語にも、この州独特のものがずいぶんあります。地元の人同士の会話に、注意深く耳を傾けてみましたが、何となく意味を想像できる部分もあるものの、かなり難しいと感じました。日本語でも、標準語と鹿児島弁は相当の隔たりがあるといわれますが、地図上で見てテヘランからそう遠く離れていない町で、これほどの方言の違いがあることは、私にとっては本当に驚きでした。
このたびご紹介しました、カスピ海沿岸の小さなリゾート、マーザンダラーン州ナマックアーブルードの町はいかがでしたでしょうか。今後ともまた、折りあるごとにイランの知られざる景勝地やリゾートを、皆様にご紹介してまいりたいと思います。どうぞお楽しみに。