イラン情報

イランにおける日本教育事情と今後の課題・展望

 

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イランでの日本語教育と今後の展望・課題(1)

私は、5年ほど前からこちらでイラン人向けの日本語指導にも携わるようになりました。当時テヘラン市内にあるマジマ・インスティテュートという、応用科学短期大学での日本語指導を依頼されたのがきっかけで、その後は主に個人のお宅に集まっての、少人数の学生さんに対する指導が中心です。現在、イランで恒常的に日本語を指導している機関としては、テヘラン大学外国語学部日本語学科と同大学の公開講座が挙げられます。ただ、巷の語学教室はやはり英語、ドイツ語、フランス語などが中心で、日本語や韓国語、中国語などは希少言語とされています。ですが、日本や日本語、日本文化に対するイラン人の関心は比較的高いようで、今でも「日本語指導をしてもらえないか」と申し込まれることがよくあります。

さて、日本語教師をいざ引き受けたものの、外国語としての日本語を、日本語を母語としない人々に指導した経験もなく、また海外での日本語教育を行うための専門課程を修得したわけでもない私は、当初イラン人に日本語をどう指導してよいのか、正直なところとまどいました。しかし、マジマ・インスティテュートにはもう、開講を今や遅しと十数名の学生さんが待ち構えているとのこと。その顔ぶれは、高校2年生の男の子を筆頭に、大学生、一般社会人など様々です。彼らのほとんどは、日本人に接するのは初めてのようで、また日本語に触れるのも全く初めて、という人ばかりでした。確かに、現在ではインターネットという強力な手段があり、実際に日本に出向かなくても、かなりの情報は入ってくるようですが、やはりネイティブの教師に習うのは、彼らにとっても魅力的だとのことです。教室に入ると、彼らはどんなふうに日本語の授業が始まるのかと、好奇心、不安、興味など色んな気持ちが入り混じった様子でしたが、私が彼らの母語であるペルシャ語で授業をすることが分かると、ほっとした表情を見せました。私も未知の外国語に取り組もうという彼らの学習意欲を目の当たりにし、正規の日本語教師でこそないけれど、彼らの母語を外国語として学んだ経験を生かして、何らかのサポートはできるだろうと確信し、こうして週2回の日本語教室がスタートしました。

まず、この講座にやってきた受講生の方々に、なぜ日本語を学ぶのか、日本語に興味を持ったきっかけについて聞いてみました。その中の1人、17歳の高校2年生、セペフル・モストウフィーさんは、当時テヘラン市内の名門高校の数学科コースに学び、大学ではコンピュータ・サイエンスを学んで、将来は日本で修士課程・博士課程を続けたいとのこと。インターネットで侍を初めとする日本の文化を見て興味を持ったことがきっかけだそうです。また、大学でエンジニアリングを専攻する女子学生マルヤム・ヴォスーギーさんは、お父様がお仕事の関係で日本に定期的に出張し、また一定期間滞在されたご経験があるそうで、お父様が日本に滞在中に1度日本に来たことがある、とのことでした。その時に実際に日本を見てとても気に入り、きっとまた日本に来たい、そのためには日本語を学ばなければ、と強く感じたそうです。そして、やはり大学で物理学を専攻する双子の女子学生モジュガーン・ダルヤーさんと、モルヴァリード・ダルヤーさんは、インターネットで日本のアニメーションを見て、すっかり日本のアニメのファンになり、英語の字幕なしで日本のアニメを理解できるようになりたい、との思いからこの講座に来たとのことでした。皆さんの思いは様々ですが、その学習意欲は本当に見上げたものです。当時、この講座は夕方4時から夜8時までという時間帯に割り当てられ、週に2回、10回で1つの学期という単位でカリキュラムが組まれていました。彼らはそれぞれ、この講座外での勉学や仕事などに忙しいにもかかわらず、きちんと通ってきます。高校生、大学生であれば、定期テストなどもあるだろうに、それでも休まずに授業に出席してくれました。ここからは、こうした彼らに対する、実際の日本語指導について、もう少し詳しく述べてみたいと思います。

まず、授業を始めるにあたり、人の名前を呼ぶときに、敬称として名前の後に~さんをつけることを教えました。これは、男性、女性を問わず、また苗字、下の名前のいずれにつけてもよいことも説明しました。そして、これからは、授業を始める前に出席を取るので、自分の名前を呼ばれたら、「はい」と返事をするように伝えました。彼らに、少しでも早く日本語の雰囲気に馴染んでもらうために、日本の学校のように授業の初めと終わりには、受講生の間で当番を決めて日本語で「起立、礼、着席」の号令をかけることになりました。取りあえず、これらの決まり文句は、ホワイトボードにローマ字で書いて見せて、どういうときに言えばよいか、そして発音のみを示しました。まだ読み書きができなくても、日本語を使って会話をするということに、彼らは大喜びでした。ちなみに、イランの学校でも、教室に先生が入ってきたら、学級委員の生徒が「起立」と号令をかけ、先生が着席するよう指示するそうです。それから、「こんにちは」、「こんばんは」、「さようなら」、「お疲れ様でした」、「ありがとうございます」といった代表的な挨拶のほか、「(ボードに書いたものを)消していいですか」、「どうぞ」、「ちょっと待って下さい」、「質問はありますか」、「分かりましたか?」 「もう一回」、「先生!」といった、授業ですぐに使える表現をローマ字で示し、彼らに発音してもらうことからはじめました。

イラン人は好奇心旺盛で、どんどん質問してきます。不思議な文字を使う日本語で、自分の名前を書いて欲しい、とされ、まずは私自身の名前を漢字で書いて発音して見せました。受講生の間からは驚きの声が上がりました。それから、私自身も受講生1人1人の名前を覚えるために、彼らの顔と名前を確認しながら1人ずつ、カタカナで彼らの名前を書いて見せました。日本語にはひらがな、カタカナ、漢字の3種類があって、イランを初めとする外国の地名や人名はカタカナで書くということを説明しましたが、カタカナでボードに書かれた自分の名前に、彼らはとても不思議そうな表情です。自分も、あの文字がかけるようになるのか、早く読み書きを覚えたい、という発言が沢山出ました。しかし、その日はもう時間が来ていたため、「では次回から、さっそくひらがなの読み書きを始めます」ということで、初回の授業はお開きとなりました。

初めての授業でしたが、とても活気にあふれ、受講生全員が積極的に参加してくれて、休憩時間をはさんで4時間の授業時間があっという間に過ぎてしまいました。始める前には、どう指導したらよいか、上手く説明できるだろうか、といった不安も少々ありましたが、いざ、ホワイトボードの前に立って説明を始めるとだんだん調子が上がってきて、さらに受講生からの質問に答えているうちに、すっかり軌道に乗っている自分に気がつき、これなら自分にもできそうだ、という確信が持てました。

次からは、いよいよひらがなの指導に入りました。これについては、次回のレポートでまた、詳しくお話しすることにいたしましょう。