イランの代表的な夏の飲み物(1)・ハーケシール
イランの代表的な夏の飲み物(2);チアシード・ドリンク
ビネガーと砂糖などで作るイランの夏の飲み物(3);セキャンジャビーン
今年の日本は、特に関東地方などで観測史上最も早い梅雨明けを記録し、またそれ以後は例年にも増して厳しい暑さが続いています。メディアでは、高温注意報が出され、熱中症やそれによる被害について連日のように報じられていると同様に、必要な場合には、冷房をきかせ、水分をこまめに補給するといった熱中症対策関連の注意喚起がなされています。
ところで、一般の日本人のイメージでは「砂漠」、「ラクダ」のイメージが真っ先に浮かんでくると思われるここイランでは、国土が大きいゆえに、地域ごとにかなりの差はあるものの、テヘランをはじめとする多くの地域では、夏のもっとも暑い時期には気温が40℃を超えるのはごく普通であり、南部のペルシャ湾岸地域、世界最高気温を記録した南東部のルート砂漠では、50℃を越える事もしばしばです。確かに、イランは日本とはいささか異なり、湿気は非常に少なく乾燥してはいるものの、夏の暑さ対策は欠かせません。そこで、今回は夏の暑さ対策としてイラン人の間でよく飲まれている、冷たい飲み物をご紹介してまいりたいと思います。
イランの食文化の歴史には、有益な飲み物や食物が目白押しであり、それらは人体の健康を考慮した上で、また場合によっては身体的に不快な症状を治すために製造されています。イランの飲み物の大半は、果物や乳製品、薬草といった天然の素材をベースにしており、これらの原料は過去に、世界が4大元素で構成されているという哲学や、人間本来の性質に合致した形で、非常に念入りに組み合わされるとともに、長年にわたって効果が試され、その効能が証明されてきました。
イランで夏の暑い時期に飲まれる冷たい飲み物は、ペルシャ語でシャルバトと呼ばれます。この言葉は、日本語にも入ってきている外来語シャーベットの語源とされています。こうした飲み物は、特に夏の最も暑い時期に、体の平衡感覚を保ち熱中症を防ぐと共に、脱水症状にならないよう長時間にわたって体の水分を維持し、喉の渇きを抑える効果があります。
イランは、太古の昔から現在までの長い年月にわたり、世界における各種の植物性加工品や薬品を生み出してきました。また、イランは昔から医学の中心地であり、このことはイブン・スィーナーやザカリヤ・ラーズィーなど、現在の大学で信頼できる資料として利用されているイランの偉大な医学者の著作からも証明されています。
オーストリア・国連ウィーン事務局の前に設置されている、ザカリヤ・ラーズィー(854-925)の像。エタノールを発見した人物として知られる。
さらに、薬草に加えて、バラ科の植物の一種であるダマスクローズの栽培と、その蒸留水であるローズウォーターも、イランの伝統的な産物の1つとなっています。イランのローズウォーターは、ダマスクローズの栽培の気候条件により、よい香りを持つことから、世界的に良く知られており、イランの輸出品目の1つとなっています。ローズウォーターは、摘み取ってすぐのダマスクローズを使用した蒸留水です。これは、バラの花を色々な方法により、特別な条件のもとで水と混合し、不要な成分をとり除いたものです。イランのローズウォーターは、伝統的な方法と、工場生産の2種類により生産され、イランでは、シャルバトを作る際には大抵、ローズウォーターが使用されています。
それではまず、アブラナ科クジラグサ属に近い植物である、ホソエガラシというハーブの種を使った飲み物をご紹介しましょう。この植物は、ペルシャ語でハーケシールと呼ばれています。この飲み物の作り方は、まず、適切な量のホソエガラシの種を冷水に入れ、砂糖とローズウォーターを加えます。お好みでこれを少々煮出し、サフランを加える、というものです。
ホソエガラシ(右)と、ホソエガラシの種を使ったシャーベット(左)
ホソエガラシの実は、赤茶けた小さい粒状をしており、消毒作用があると共に、熱を下げ、腎炎を治すなどの効果もあります。この植物の実の粒は、少量の砂糖とローズウォーター、そして冷水により非常に柔らかくなって冷やされ、熱中症によるめまいや発熱、倦怠感、吐き気、食欲減退といった症状を緩和します。さらに、胃を初めとする消化器官を強化し、食欲を増進させると共に、また妊娠中の女性にも大変有益とされています。ホソエガラシの種は、水に触れると何倍もの水分を吸収して膨れ上がるため、大量の水分を確保でき、水分が不足した状態に置かれると、それまでに吸収・蓄積しておいた水分を利用する、という性質があります。
次にご紹介するのは、チアシードを使ったドリンクです。作り方はいたって簡単であり、チアシードに冷水と砂糖、ローズウォーターを加え、よくかき混ぜて出来上がりです。
この飲み物も、ホソエガラシのシャルバトと同様に喉の渇きを癒し、また消化を助ける働きがあります。この飲み物に使われるチアシードには、鉄分やカルシウムのほか、血液をさらさらにする成分として知られる不飽和脂肪酸(オメガ3、オメガ6など)が豊富に含まれており、水分を含むとまるでカエルの卵のようにも見えます。
ほかにも、セキャンジャビンと呼ばれる蜜酢のドリンクがあります。この飲み物を作るには、まずお好みの量の砂糖を水と混ぜ、沸騰させて適切な濃度に煮詰めます。それから、これにブドウ酢を混ぜてミントも少々加えます。そして、再度沸騰させてからこし、適切な容器に入れて保存しておくのです。飲む際には、この液体に水と氷を加えます。
イランの一部の地域では、この飲料の味を香りをよくするために、摩り下ろしたきゅうりを加え、来客に出すことが多くなっています。夏の暑いシーズンにおいて、きゅうりの入ったこの飲み物はもっとも風味の良い飲み物とされています。
また、葡萄や未熟な葡萄を使ったドリンクも、イランの天然健康ドリンクの1つといえるでしょう。葡萄の果汁は、夏の果物から作られる最も単純で有益な加工品といえるかも知れません。葡萄の天然果汁は、エネルギーをもたらすと共に、疲労を回復させます。イラン西部では、葡萄の果汁から庭園のシャルバトと呼ばれる、酸味のある葡萄の飲み物が作られます。このように、葡萄の果汁を煮詰めて水分全体の3分の2を蒸発させると、濃密な原液が出来上がります。それから、これを冷蔵庫で保存し、飲む時には適量を冷たい水と混ぜて、食事の際に一緒に飲みます。
葡萄は、ビタミンA、B、Cを豊富に含む果物の一種であり、さらには多量の糖分をも含んでいます。これに加え、良質のカルシウムやリン、マグネシウム、カリウム、ヨウ素、マンガンも含まれています。また、葡萄に含まれる糖分は、血清を作る上で有用です。葡萄は未熟なものから、干し葡萄に至るまで利用価値があり、特に優れた、様々な利用価値があるのです。イランでは、葡萄を使った天然果汁やエキス、ビネガー、干し葡萄が生産されており、そのいずれからも、特定のプロセスにより消化に良い飲み物が生産されます。
イランでは、熟した状態で摘み取る前の時点の未熟な葡萄も利用されています。この未熟な葡萄は、ペルシャ語でアーブグーレと呼ばれ、酸味を含んでおり、調理にも使用されるとともにダイエットにも効果的です。イラン中部のヤズド州を初めとするイランの一部の地域では、春の終わりから夏の初めにかけて、未熟な葡萄の汁を使った甘い飲み物・シャルバトが作られます。このように未熟なうちに摘み取り、茎を取り除いて洗って水を切ったものから、果汁を絞ったものが未熟な葡萄の果汁です。こうして出来た葡萄の果汁は、ガラスの器に入れて直射日光の当たらない涼しい場所に保管し、必要な場合には砂糖、あるいはローズウォーターやミントウォーターを加えることで、酸味のある葡萄のシャルバトができます。この飲み物は、喉の渇きや暑さを和らげるのに効果的であり、おもてなしに使われます。さらに、抗がん作用や胃腸の殺菌作用、抗酸化作用があるほか、医学的にも血圧や悪玉コレステロール値を下げたり、生理不順や糖尿病の治療にも効果があると言われています。
既によく知られているように、アルコール飲料の日常的な摂取は、人間の健康に悪影響を及ぼします。実際に、世界全体の死亡者数のおよそ4%は、アルコール飲料の摂取によるものとされています。特に、アルコールは大半の病気や突発的な事故の原因となっており、アルコール摂取を原因とした病気や事故としては消化器官の疾患、うつ病、心臓発作、自動車の運転中の事故、喉頭ガンや口腔ガン、暴力行為などが上げられます。
炭酸飲料も、世界各国の市場に出回り、食事とともに、あるいは食後にこうした飲み物を摂取する習慣が定着し、また炭酸飲料が食物の消化を助けると考えられています。しかし、炭酸飲料の摂取も健康にとって有害であり、こうした飲み物は繊維やたんぱく質、そして健康に必要なその他の栄養素がなく、糖分と酸以外の主要な成分は含まれていません。又、炭酸飲料には二酸化炭素が含まれていることから、これを摂取することで胃酸が増加し、食物の消化に支障をきたします。さらに、こうした酸が血液システムに取り込まれると、人体はこれを中和する為にカルシウムを消費することになり、カルシウム不足を招きます。一方、骨からカルシウムが抜け出し、血液に流出することから、過剰なカルシウムが腎臓に蓄積され、腎結石を引き起こします。さらに、炭酸飲料の摂取は消化器官や骨の病気、そして栄養不良のもとになります。
これに加え、炭酸飲料の摂取により睡眠障害を招き、落ち着きがなくなり、健康のバランスが失われます。炭酸飲料には糖分が含まれていることから、すい臓に負担をかけることになり、糖尿病の可能性が高まります。専門家によれば、炭酸飲料がダイエットに効果的であるとする、一部の人々の見解とは逆に、こうした飲料が人工甘味料であるアスパルテームを大量に含んでいることから、めまいや記憶力の低下、骨粗しょう症、学習能力の低下を招くということです。これに対し、炭酸を含まない天然の飲料の摂取は、健康の維持に効果的です。
しかし、炭酸飲料やアルコール飲料と逆に、伝統的な天然飲料はイランの食文化の要素を成し、のどの渇きを癒すことや、体に必要な栄養やビタミンを補給する他、国民的、宗教的な慣習と多分に関係していることから、イランの様々な民族にとっての文化的なシンボルとも見なされています。このため、伝統的な飲料を製造し、消費することは工場で生産された炭酸飲料や、有害な飲料の代替としての適切な見本を広めると共に、人々の健康増進に寄与するものと考えられます。
イランでは、国際的な傾向やメディアなどの影響を受けながらも、こうした伝統的な飲み物が今なお愛飲されているのです。