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ノウルーズの7つの縁起物・ハフトズィーンを飾った食卓(パキスタン)
イランやその周辺国、中央アジア、インド・パキスタンの一部などでは、日本の春分にあたる3月21日に、ノウルーズと呼ばれる春の始まりの祝祭を執り行います。3000年の歴史を誇るこの祝祭は、2009年にユネスコ無形文化遺産にも登録され、イラン文化圏のものとしてのみならず、今や世界的に認知されるにいたっています。現在、イランをはじめとしたノウルーズを祝う習慣のある国や地域では、ノウルーズの祝祭が盛んに行われており、それらの地域全体で3億人近い人々が新年を祝っています。この儀式は、もともとはゾロアスター教から発祥したとされていますが、現在は先に述べた国や地域の、イスラム教徒をはじめとする様々な宗教や民族に属する人々のものとされ、国や民族、宗教などによって多少の違いはあるものの、かなりの共通性が見られます。今回は、イランをはじめ、その他の国や地域におけるノウルーズの祝祭の様子をお伝えする事にいたしましょう。
今から200年ほど前のガージャール朝時代のノウルーズの祝祭の様子
もうかなり前に、このレポートの中でイランの春の新年ノウルーズの概略についてはお伝えしたかと思います。この春の祝祭は、年末に住空間や公共の施設などで大掃除が行われること、日本の松飾りに相当する7つの縁起物ハフトスィーンを飾る事、お年玉を渡したり、家族親戚や友人知人を訪問しあう年始回りを行うなど、日本のお正月の習慣と共通した部分もあります。そのほかに、民族や国によって、独自の行事やスポーツ競技、音楽などのイベントが加えられるなど、お国柄や民族色豊かな側面も見られます。ですが、いずれの国で行われるノウルーズも、春という生命の再生を祝い、また旧年中の穢れや悪い感情を吹き払い、気分を改めて新年をスタートさせることを目的としています。
コーランの間に新札をはさんでお年玉を渡す習慣
イランの地方都市での年末の大掃除と絨毯干しの様子
ノウルーズについて語る上で欠かせないのが、日本のお正月の松飾に相当する7つの縁起物を飾った食卓、ハフトスィーンです。ハフトスィーンとは、ペルシャ語で数字の7を意味するハフト、そしてスィーンというのは、ペルシャ語のアルファベットのSを意味し、すなわちSで始まり、再生や誕生、豊穣などの概念を表す7つの縁起物の集合体ということになります。それらの内訳は、以下のようなものです。
中央にコーランを添えた7つの縁起物の食卓の例
1.Sabze(サブゼ);麦やレンズマメなどを濡らして発芽させた青草。再生や喜び、豊かな緑の象徴であり、人間と自然の結びつきを示す。
2.Samanu(サマヌー);麦芽のエキスを大なべで何時間も煮込んで作られる甘いペースト。植物の実りの象徴とされる。
女性たちによるサマヌー作りの様子
3.Sib(スィーブ)リンゴ;、健康、美しさ、実りの象徴
4.Senjed(センジェド);ホソバグミ、そのつぼみや葉の香りが、愛情を呼び起こし、生や愛を象徴するとされる。
5.Somaq(ソマーグ);ウルシ科の植物スーマック、
および
6.Sir(スィール)にんにく;健康のための薬、人生における喜びの象徴
7.Serke(セルケ)酢;忍耐の象徴。できあがるまでに時間がかかることによる。
さらに、イランの人々はこれらのハフトスィーンに加えて他のものも添えます。その例として生命と創造の象徴である卵、透明性の象徴である鏡、人生における清らかさや祝福の象徴としての水などが代表的です。さらに、金魚も飾られますが、これはイラン暦の最後の月であるエスファンド月(うお座の月)を表し、活力や人生を象徴しています。そして、硬貨は財産や労働の繁栄を示し、ろうそくは、明るさや光、暖かさを表すとされています。
この他にも、ネコヤナギ、糸杉、ヒヤシンスの花も飾られます。これらの香りは、春の訪れを知らせるとみなされ、また、お菓子やキャンディも加えられます。そして、これらの傍らには、一般的にイスラム教徒の聖典であるコーランが、ゾロアスター教徒の場合は、この宗教の聖典アヴェスターが置かれます。
それでは、ここからはイラン国内の代表的な民族によるノウルーズの祝祭の様子をお伝えしてまいりましょう。まずは、イランのほか、イラク、トルコ、シリアなどにまたがって暮らす山岳民族・クルド人のノウルーズから。
クルド人のノウルーズの儀式の特徴は、丘や自宅の屋根、高台などにおいて焚き火をすることです。ほかにも、松明を掲げて練り歩く儀式があります。
また、クルド人たちはノウルーズに皆で集まって踊り、新年の到来の喜びを表します。以下の写真は、色鮮やかな民族衣装を着て踊るクルド人女性たちです。
また、クルド人特有のノウルーズのイベントの1つに、クーセギャルディーと呼ばれるものがあります。これは、春の到来を告げる役割の人物と、その妻の役割を演じる人物が、付け髭などで面白おかしい格好をし、人々の家を回って冗句や滑稽な動作などを見せ、春の到来を告げるというものです。これらの人物が訪れてきた場合には、その家の主がこれらの人物に卵や食用油などを渡す習慣があるということです。
続いては、トルクメン人のノウルーズの習俗です。春の新年の到来を祝い、ラクダなどの家畜にも美しい装飾を施しています。
女性たちは、美しい衣装に身を包み、縁起物のサブゼやお菓子を運んでいます。
鮮やかな民族衣装で着飾ったトルクメン人の子供たち(北東部ゴレスターン州ゴルガーン市)
今度は、イラン国外に視点を投じてみる事にいたしましょう。まずは、もう1つのペルシャ語圏であるお隣のアフガニスタンでの様子をご覧ください。
これは、「赤い花の祭典」(ペルシャ語でミーレゴレソルフ)と呼ばれる春の式典の様子です。この儀式は、アフガニスタン北部の聖地マザーリシャリーフのブルーモスクで実施され、春の訪れと赤い花の開花時期とほぼ同じ時期に実施されることから、この名がつきました。この行事では、人々が集まり、熱気と興奮の中、幸運と恩恵、よきもののシンボルであるシーア派初代イマーム・アリーの旗が掲げられます。マザーレシャリーフに巡礼に来た人々は、自らの幸せと故郷の繁栄のために、イマーム・アリーの旗を掲げ、この旗は40日間掲揚されます。
先端にカラフルな花束をつけたイマーム・アリーの旗を大勢の男性たちが運んでいます。アフガニスタンの人々の間では、正確にはイマーム・アリーがイスラム教徒の指導者であるイマームに就任した日が、ノウルーズとみなされているということです。また、この儀式では、イマームアリーに敬意を表して、21発の祝砲も打ち鳴らされます。
この行事のほかにも、「農民の祭り」がノウルーズの第1日目に行われ、この行事では農作業に携わる人々がカーブルなどの主要都市に出かけて自らの農作物を披露します。
アフガニスタンではまた、ノウルーズの祝賀行事として乗馬レースも行われます。
街中では、色とりどりの風船を掲げて、祝賀の気持ちを表す人々の姿も見られます。
メディアでは何かと、情勢不安や多国籍軍の駐留、爆弾テロ事件などのマイナス面ばかりが報道される事の多いアフガニスタンですが、そのような中で、大人はもちろん、子供たちが凧揚げをするなど、僅かながらでもノウルーズという平和なひと時を楽しんでいる様子には、ほっとさせられるものがあります。
真新しい、カラフルな服に身を包んだ少女たちの晴れやかな表情がとても印象的です。
アフガニスタンで見られる、ノウルーズの面白い慣習の1つに、キャムピーラクというものがあります。これは、年配の男性がカラフルな服や帽子を身につけて、春の訪れの吉報の伝達者となり、数人の同行者とともに村から村へと周り、一般から寄付を募った金品を人々に配るとともに、声高らかに詩を吟じるというものです。キャムピーラクは、冬の寒さを春に屈服させる自然界の力の象徴とされています。
今度は、イラン系民族が主流を占める中央アジアのもう1つのペルシャ語圏・タジキスタンに視点を投じてみたいと思います。華やかな民族衣装と、きれいに飾り付けられた7つの縁起物がとても印象的です。
角笛のような管楽器を吹いて、春の訪れを人々に知らせているのでしょうか。背後には、タジク語(キリル文字)で「ノウルーズの祝祭」と書かれているのが見えます。
子供たちも、きちんと着飾って儀式に参加しています。
伝統舞踊も披露されています。
伝統音楽のコンサートも開催されています。
タジキスタンで行われるノウルーズのイベントの1つに、ゴルギャルダーニーの儀式があります。これは、主に子供たちが野原や山に出かけて花を摘み、それらを手に街中を歩き回って、人々に春の到来、緑の芽生え、新年の開始の時期を知らせるというものです。この儀式は、以前は大人が実施していましたが、現在では子供によって行われています。
次に、イランの北東部と国境を接しているトルクメニスタンのノウルーズをご紹介しましょう。
トルクメン式のデザインの絨毯に、鮮やかな民族衣装が見事にマッチしています。
イランのノウルーズと同様に、豆類や麦などを発芽させたサブゼは、トルクメニスタンにもあります。こちらは少々大きめです。
艶やかな民族衣装を着て楽しく躍動的に踊っている姿は、まさに春の到来の喜びそのものです。
ノウルーズの縁起物の1つ・サマヌーを作るトルクメン人の女性たち。麦芽のエキスを大なべの中で煮込み、かき混ぜています。
カラフルな衣装でおめかしした子どもたちも、春の到来を喜んでいます。
ほかの国でもノウルーズを祝って行われる催し物に、乗馬レースがありますが、トルクメニスタンでは、さながらサーカス風の乗馬レースが行われています。
これも、ノウルーズの催し物。きれいに飾り付けしたテントの前での綱渡りを、大勢の人々が見守っています。
これまでご紹介した国以外でも、ノウルーズの祝祭は盛大に行われています。以下は、アゼルバイジャン共和国でのものです。
首都バクー市内にあるユネスコ世界遺産「乙女の塔」のそばに、7つの縁起物の1つ・サブゼが設置されています。
カラフルな民族衣装を着た女性をはじめとする大勢の人々が、焚き火を囲んで楽しそうに踊っています。
新年の喜びに感極まって焚き火の上を飛び越える様子。イランでは、年明け前の最後の火曜日の夜に、焚き火をしてその上を飛び越える儀式チャハールシャンベ・スーリーが行われています。しかし、アゼルバイジャンではノウルーズそのものは、3月20日から23日までとなっているものの、実際にはその数週間前から、前祝いのような形で以下のような焚き火の儀式を行うということです。そして、この期間中は特に、悪い言葉や暗い話題を口にしないよう気をつけるそうです。
年若い少女たちも、赤を基調としきれいに着飾っています。
また、アゼルバイジャンと国境を接するジョージアでも、ノウルーズの祝祭が実施されており、ここでも芽生えや再生のシンボルとしてのサブゼの存在は欠かせません。
ジョージアでもやはり、ノウルーズの祝祭に伝統舞踊と音楽は欠かせないようです。
ジョージアの美女たちの踊りには、ついうっとりと見とれてしまいます。
さらに、そのほかの中央アジア諸国でも、ノウルーズの祝祭が盛大に行われています。以下は、キルギスでの様子です。
カザフスタンでも、綺麗な民族衣装を着てのノウルーズの祝祭が行われます。
よく見ると、カザフスタンにも、キルギスと同様に、日本人などの東洋系の人種に似た容貌の人々がたくさん見られます。そうした国の人々が独自の民族衣装を着てノウルーズを祝っている光景には、とても興味深いものがあります。
民族衣装を着た東洋系に近い容貌の女性の背後には、カザフ語(キリル文字)で、ノウルーズと書かれた幕が掛けられています。
ウズベキスタンでも、伝統楽器を奏で、伝統舞踊を披露してのノウルーズの祝祭が行われています。
角笛のような管楽器を演奏するのは、タジキスタンのノウルーズとも類似しています。
男女がペアになっての舞踊も、とても見ごたえがあります。
歌を歌い、タンバリンに似た打楽器を鳴らしながら、ノウルーズの縁起物に欠かせないサマヌーを作っています。
ここでも、あでやかな衣装を着た女性たちと、縁起物の存在が幅を利かせています。国境を越えても、笑顔、笑顔の波は変わりません。
このほか、シリアやイラク、トルコなどに住むクルド人も、ノウルーズを祝います。まずは、イラクからご覧ください。
女性たちは、他国の女性たちと同様に、カラフルな民族衣装を身につけ、春の到来の喜びを表しています。
一方、男性は、太いズボンをはき、頭にターバンを巻くという、クルド人のトレードマークともいえる衣装で、ノウルーズの儀式を実施します。イランのクルド人と同様に、松明を持っての儀式です。
焚き火をする慣習は、イランのクルド人とも共通しています。なお、左側に見える三色旗はクルディスタンの旗です。
男性同士による郷土舞踊で、喜びを表現しています。
トルコのクルド人たちも、女性、男性、子供たちがそれぞれ、独自の方法で春の到来を祝っています。
さらに、レバノンに在住するクルド人も、クルディスタンの旗を持ち、カラフルな衣装を着てノウルーズを祝います。彼らの間では、ノウルーズは春と自由の儀式と見なされているということです。
しかも、ノウルーズを祝う国は、これだけに限られません。以下順に、アルバニアと中国・新疆ウイグル自治区のノウルーズの様子です。
最後に、インドのノウルーズの祝祭と、これにまつわる面白い慣習をご紹介することにいたしましょう。インドでは、ノウルーズに際してフーリーと呼ばれる祝祭が行われます。フーリーとは、「色の祭り」を意味しますが、具体的に何をするのでしょうか?
それは、事前に用意された専用のカラーの粉末や色水を家族親戚、知人友人どうして互いにかけ合うことです!
このイベントは、ノウルーズの2日目の朝から正午までの間に行われ、互いにカラーパウダーや色水を掛け合った後、3回にわたって相手を抱きしめ、最高の年になるよう願うというものです。このイベントに直接参加せず、見物するだけ、あるいは通りがかりの人も、仮に自分にカラーパウダーや色水をかけられても、この日は無礼講だとのこと。彼らの間では、艶やかな色は春の到来と自然の再生のしるしと見なされているということです。
ここまで、イランをはじめとする様々な国のノウルーズの祝祭をご紹介してまいりましたが、どの国の民族・国民も、自らの方法で祝祭を行い、春の到来を喜んでいることに変わりはありません。この祝祭はユネスコ無形文化遺産にも指定され、国際的にも認知されるとともに、ノウルーズ文化圏という一大文化圏を形成し、民族や言語、習慣の違いにかかわらず、ノウルーズという旗印を掲げて自然との調和や連携、ひいては平和をアピールするものといってもよいのではないでしょうか。3000年近い歴史を持つこの祝祭は、今後もそれぞれの国や民族、文化と見事に融合した形で、次の世代に継承されていくと思われます。