イランでは、日本の春分に当たる3月21日(閏年の場合は3月20日)に独自の新年ノウルーズを祝います。面白いことに、イランのお正月にも日本の七福神や七草粥などとよく似た7つの縁起物があります。これは、ノウルーズ期間中には必ず、各家庭の新年の食卓に備えられ、それらの名称はいずれもペルシャのアルファベットのSで始まることから、ペルシャ語で7つのS(ハフトスィーン)と呼ばれています。
この7つの縁起物の1つにサマヌーと呼ばれる、麦芽のエキスを何時間も小麦粉と一緒に煮込んで作ったペーストがあります。もっとも、このサマヌーはノウルーズ以外にも、イランでは願掛けのために宗教上の偉人の生誕日などに大量に作られ、近隣の人々などに配布されることも多くなっていますが、ノウルーズ前のサマヌー作りは、イランの春先の風物詩ともいえるかもしれません。
出来上がったサマヌーは、砂糖などの人工甘味料などと一切使わない、天然の麦芽の甘さが、ねっとりした小麦粉の柔らかさがマッチし、つい手が出て食べ続けてしまうほどおいしいものです。今回は、ノウルーズ向けのサマヌー作りの様子と、その作り方をご紹介してまいりましょう。
まず、サマヌーの作り方を簡単にご紹介してまいりましょう。まずは、大量の小麦を水に浸し、発芽させます。それから、発芽して互いに絡み合っている小麦の新芽の塊を、手作業で適当な大きさに契り、その後ジューサーのような機械にかけてエキスをとります。そして、このエキスを小麦粉とともによく混ぜ合わせながら、適当な色がつくまで長時間煮込む、というのが全体的な作業の手順となります。
今回は、テヘランから西に200キロほど離れたガズヴィーン州のあるお宅にて、サマヌー作りを見学させてもらいました。
材料に使う大量の小麦の粒は、まず形の崩れていたり、割れたりしている粒、ごみなどを取り除き、よく冷水で洗ってから、何か平たい入れ物などに入れて、2日間水につけておきます。なお、この水につけた小麦の粒は、高温や低温、多湿を避け、直射日光の当たらない場所に保管し、この段階で悪臭を放ったり、酸味が生じないよう、1日に2回水を取り替えるということです。
そして、3日目には水につけておいた小麦の粒をざるにあけて水をきります。
この際によく注意してみると、大抵は小さな芽が出ています。
この時点で、今度は発芽しかかっている小麦の粒を、清潔な布製の袋に入れ、それをさらに大きなビニール袋に入れて2日ほどおきます。この間にも1日数回は袋をあけ、中の水分が乾いてしまわないよう適量の水をかける必要があります。
また、小麦の粒を袋に入れるのではなく、直接大きな金属製のお盆などに濡らした布を敷き、その上でさらに2日ほど置く、という方法をとる人も多いようです。ただし、袋に入れるにせよ、お盆の上で発芽させるにせよ、いずれの場合も新芽があまり大きく伸びるまで待っていてはならないそうです。
大きな盆の上で発芽させた小麦。発芽して円形のじゅうたんのようになっています。
ちなみに、この小麦の粒をこのままにし、新芽がさらに長く伸びてくると、ノウルーズの縁起物の1つ・サブゼになります。
さて、今度は適度に発芽した小麦の芽の束を、手作業で適当な大きさにちぎります。根の絡み合った小麦の芽を適当な大きさにちぎるにも、かなりの労力を必要とします。
ある程度の大きさにちぎった、発芽した小麦の粒
次に、これらの小麦の新芽を少しずつ機械にかけます。
そして、ぐちゃぐちゃの状態になったものからエキスをこしとります。
さて、数人がかりでこしとったエキスを、大きな鍋に移しかえ、小麦粉を加えて火にかけます。
最近では、バーナー式の大なべ用のガスコンロを使う例も多くなっていますが、薪を燃やして焚き火で作ったほうが、もっと風味がよくなるそうです。但し、薪を調達し運ぶ手間もさることながら、長時間にわたり火を絶やさないよう薪をくべるのも一苦労と思われます。
混ぜ始めた時は、まだ真っ白です。これが全体的に茶色になるまでには、10時間以上煮込む必要があるそうです。
最初は白かった小麦粉とエキスの混ぜ合わせが、時間をかけてゆっくり混ぜ合わせていくうちに、だんだん色がつき、最終的には明るい茶色になっていきます。
前日までにこしとったエキスと小麦粉を火にかけ、混ぜ合わせ煮込むこと12時間。サマヌー作りは本当に長丁場です。やっと美味しそうな色がついてきました。この間、何人もで交代でつきっきりで火加減を調整し、混ぜ合わせたそうです。ご苦労様!
出来上がったサマヌーは、適当な大きさの器に盛り付け、アーモンドやピスタチオなどで表面を飾り付けます。
また、一度に大量に作られたサマヌーは、沢山の容器に入れられ、近隣の住民など一般に配布される事が多くなっています。
ちなみに、サマヌーは非常に栄養価の高い食品であり、ビタミンA,E,K,ビタミンB1,B3,B5,B8,B11,さらにはクロム、リン、亜鉛、セレン、鉄、銅などが豊富に含まれていることから、スポーツ選手などのエネルギー補給にも適しているということです。また、イランのノウルーズの食卓に乗せられる7つの縁起物の1つでもあり、長時間かけて煮込まれることから忍耐、堅忍不抜さの象徴とされています。
また、サマヌーはノウルーズ前のみならず、イスラムの偉人の生誕日や殉教日などにも願掛け用として大量に調理され、一般大衆に配られることも多くなっています。確かに、最近では工場で大量生産されたものも出回っていますが、こうして人の手により時間をかけて丹念に作られるサマヌーの風味と、それにまつわる文化は、確実に次の世代にも引き継がれていくと思われます。