カスピ海で小船を操る船頭
貝殻の打ち上げられているカスピ海岸
これまで、このテヘラン便りではほぼ毎月1回の割合で、イランの様々な見所や伝統習慣、行事、イベントなどをご紹介してまいりました。これらのレポートをお読みいただいた皆様の中にはきっと、実際にイランを旅行してみたいと思われる方々も数多くいらっしゃることと思われます。イランは、日本のメディアではどちらかというと激動と報じられる事の多い中東地域にありながら、周辺国とは異なり、治安も非常に良好で親日国家とされています。また、悠久の歴史を誇るイランには中東諸国の中で最も多くの世界遺産が存在するとともに、熱帯から亜寒帯まである多種多様な気候・地理的条件などから、大自然の生み出した景勝地も多く、旅人を決して飽きさせる事のない魅力を秘めています。さらに、昨今の円高とあいまって、イランは日本人の皆様にとりましては極めて好都合な条件にある、旅行のしやすい国ではないかと思われます。
なかでも、イラン北部はカスピ海に面し、首都テヘランをはじめイランのそのほかの乾燥した地域に比べると降雨量や湿度が高く、気候風土の面や、稲作や茶葉の栽培、及び漁業が盛んであること、切妻屋根の木造家屋が多く見られるといった日本との共通点がたくさんあります。
ギーラーン州での稲作の風景
マーザンダラーン州ラームサルの緑豊かな山岳地帯に建つ切妻屋根のある別荘
ギーラーン州ラーヒジャーンでの茶摘の様子
さて、カスピ海と聞いて、一般の日本人の皆様のイメージとして真っ先に浮かぶものの1つは、世界最高の珍味の1つで、カスピ海の黒い真珠とも評されるキャビアではないでしょうか。日本では、どちらかというとロシアなどのものがよく知られているかもしれませんが、イラン産のキャビアは他国産のものよりも粒が大きく、品質の面でもより優れていると言われています。
実は、そのカスピ海へはイランの首都テヘランから、最短で車で3時間ほどでアクセスすることが可能です。もう少し詳しくお話すると、一般的にイラン北部とされるカスピ海沿岸地域は西海岸のギーラーン州、東海岸のマーザンダラーン州およびゴレスターン州に大きく分かれ、別荘なども多く、特にテヘラン在住者にとって絶好のリゾート地と見なされています。
夜のカスピ海の航空衛星写真(写真下部がイラン領)
そうしたリゾート地の代表例が、マーザンダラーン州ラームサル市であり、ここは1971年2月2日に制定され、1975年12月21日に発効した湿地の保存に関する国際条約である、ラムサール条約が作成された地です。このラームサルだけをとっても、温泉あり、アルボルズ山脈の森林あり、さらにはパフラヴィー朝最後の国王モハンマド・レザーシャーの宮殿までもが存在し、話題には事欠きません。イラン北部と一口に言っても、実際にこの地域は東西に長く伸び、また景勝地や名所旧跡も多い事から、1回で全てをご紹介することは非常に難しいと言えます。このため、今回から複数回に分けて、日本とも何かと共通性が多く、テヘランからも比較的近くアクセスしやすい、イラン北部のカスピ海沿岸地域の旅行プランの例を皆様にご案内してまいりたいと思います。
今回はまず手始めに、史跡見学を中心としたギーラーン州の1泊2日の周遊プランをご提案することにいたしましょう。移動はすべて車によるものとします。
<1日目>
テヘラン~ガズヴィーン(テヘランから西に150キロ、朝食)~ラシュト市内観光・昼食~アンザリー湿原周遊~茶葉の町ラーヒジャーン(宿泊)
テヘランからラシュトまでは、車でおよそ4時間ほどの道のりです。そのちょうど中間あたりにガズヴィーン州が位置しており、あえて早朝に出発し、ガズヴィーンで朝食というプランはいかがでしょうか。また、折角ですから、この旅の経路の途中にあるガズヴィーンの名所を1つ、プランに組み入れてみました。ここでは、ガージャール朝時代の栄華を物語り、ペルシャ語で40本の柱の宮殿として知られる、チェヘロソトゥーン宮殿をご提案させていただきたいと思います。
この宮殿は、ヨーロッパ式の帽子と称される独特の屋根がついており、また敷地内では念入りに手入れされた花壇や木立がさわやかな雰囲気をかもし出しており、私たちを迎えてくれます。宮殿内は、ステンドグラスを通して入ってくる色鮮やかな光が、優雅な王朝時代の雰囲気を雰囲気に花を添え、主に書道博物館として、当代きっての書家ミール・エマードの作品などが展示されているほか、当時の宮廷内で使用されていた遺品なども収蔵されています。本命であるギーラーン州に向かう前にほんの少しだけ、王朝時代の雰囲気を味わってみるのはいかがでしょうか。
なお、チェヘロソトゥーン宮殿の詳しい内容については、テヘラン便りの2015年6月分の拙レポートをご参照ください。
さて、ガズヴィーンを出発して今度は一路、ギーラーン州の中心都市ラシュトに向かいます。この町は、19世紀末から20世紀初頭のナショナリスト、ミールザークーチェクハーンの生誕地とされています。
ミールザー・クーチェクハーン(1880-1921)
このため、このプランでは市内のバザール巡りやラシュト博物館に加えて、ラシュトゆかりの名士ミールザークチェクハーンの邸宅博物館を、ぜひ皆様にご覧いただきたいと思います。
ラシュト市内の伝統的な市場・バザールの様子
さすが、カスピ海に近いとあって、鮮魚もたくさん販売されています。
ラシュト大きな見所の1つは、やはり何と言ってもギーラーン州の民族文化に関する品々が展示されているラシュト博物館ではないでしょうか。ここには、ギーラーン州内で発掘された考古学上の発掘品をはじめ、この州の人々の習俗や文化にまつわる品々が数多く展示されています。
外から見たラシュト博物館。この建物はもともとは、20世紀初頭の立憲運動で活躍した、ギーラーン州生まれの作家・詩人・画家、ジャーナリストのミールザーホセイン・キャスマーイーの邸宅でした。1970年に、当時のイラン芸術文化省により、博物館への転用目的で買い取られ、その後イスラム文化指導省により正式に博物館となりました。その後、新たに改修工事が加えられて1998年に再度オープンし、現在に至っています。
ギーラーン州の人々の昔ながらの習俗を再現する展示品の数々。
そして、ラシュトの最大の見所ともいえる、この町ゆかりの名士ミールザークーチェクハーンの邸宅博物館にも是非足を運びたいものです。
外から見たミールザークチェクハーン邸宅博物館。降雨量の多いラシュトに立地しているためでしょうか。この邸宅にも木材が使用されています。2階建てのこの博物館は、著しく損傷していたところを、1999年にラシュト市役所に委譲され、邸宅博物館として改修されたということです。総面積は300平方メートルほどです。
博物館の内部。ミールザークチェクハーンにまつわる遺品や写真などが展示されています。
博物館見学の後は、大自然が織り成す景勝地をご案内したいと思います。ラシュトの北西に約25キロほど離れた、バンダルアンザリー市にあるアンザリー潟は、数多くの貴重な植物や水生生物が生息する国際湿原として、1975年にラムサール条約に登録されました。なお、ここに咲くハスの花の見ごろは、7月中旬から8月くらいまでとされています。しかし、残念ながらこのハスも、最近では数が減少しており、保護再生に向けた措置が必要とされているとのことです。
ハスの花が咲き乱れるアンザリー湿原
ハスの花のシーズンは7月中旬から8月ごろ
ひょっこりやって来たカエル。
さて、初日の最後のプログラムとして、バンダルアンザリーから東方面に50キロほど離れた、茶葉の名産地であるラーヒジャーンに足を伸ばしてみることにしましょう。さすが、茶葉の名産地とあって、市内には大型のティーポットのオブジェがあります。
この町の最大の見所は、茶葉の生産にちなんだ「お茶の博物館」とされています。
ペルシャ語によるこの博物館の正式名称は、「ラーヒジャーン茶の歴史博物館」となっており、1996年にオープンし、イランの国の文化財にも指定されています。ところで、この博物館の外装の第1印象は、これまでに見てきたイランの数多くの建造物からして、博物館というよりも何か特定の人物の墓廟のように思われるのではないでしょうか。それは、この建物の近隣にもともと、ラーヒジャーンに初めて茶葉の栽培を広めた人物で、「イランの茶の父」とも称されるモハンマド・ミールザー・カーシェフォッサルタナの墓廟があることに由来しています。この博物館そのものも、この人物の墓廟としても知られています。
イランの茶の父;モハンマド・ミールザー・カーシェフォッサルタネ(1862-1929)
当時、イランは茶葉を外国から輸入しており、その代価は膨大なものとなっていました。しかしカーシェフォッサルタナは、茶葉や砂糖の輸入のために、イランの予算や石油が国外に持ち出されてはならない、と考えていたことから、1895年に初めてインドから4000本の茶の苗木をラーヒジャーンに持ち込み、この地で茶の栽培を試み、ついに成功させたということです。現在この博物館がある場所は、彼が生前に購入していた土地だということです。1996年の開館後、ここには毎月平均で700~800人が見学に訪れているとされています。イランで唯一とされる、茶の博物館内には、カーシェフォッサルタネの写真や遺品などをはじめ、イランでの喫茶の歴史を物語る数々の遺品が展示されています。
ここには、イランの茶の父カーシェフォッサルタネの胸像などをはじめとする、イランの茶の歴史に関する品々が展示されています。
1日目の日程はここまでとし、ラーヒジャーンでの宿泊を予定しています。
<2日目>
ラーヒジャーン発~マースーレ村見学(昼食)~ルーデハーン城砦見学~オリーブの町ルードバール~テヘラン
さて、2日目は、ラーヒジャーンから南西に方角を変えて、ギーラーン州フーマン行政区にある2つの名所をご紹介したいと思います。まずは、イラン国内有数の観光地としても定評があり、階段状の家並みが軒を連ねるマースーレ村に足を運んでみましょう(マースーレ村の詳細につきましては、2013年7月分のテヘラン便りの拙レポートをご参照下さい)。
階段状の独特の家並みの連なるマースーレ村
マースーレ村は、イラン北部の小さな天国とも称され、国内外から数多くの観光客がやってきます。多くの観光客に注目されている秘密は、この村の家並みの独特な構造にあるといえるでしょう。よく見ると、ある民家の屋根がその後方の家の庭、あるいは道路になっているという、非常に不思議な造りになっている事がわかります。
山の急な斜面に位置していることから、村内のいたるところに階段が多く見られます。
これだけ有名になっている観光地といえど、地元の村民も普通に暮らしています。繁盛しているバザールでは、地元民の手工芸品なども販売され、民族博物館もあります。
マースーレ民族博物館の入り口
ところで、イラン北部をご旅行された際には、この地域の郷土料理の1つであるミールザーガーセミーを是非お試しください。ナスや卵、にんにく、トマトなどを使って作るこの料理は、出来立てのパンにはさんで食べる事が多く、一般のイラン人にも人気のあるメニューの1つです。ちなみに、この料理の名称は、ラシュトの元支配者でこの料理の考案者であるモハンマド・ガーセムハーン・ヴァーリーという人物の命名によるものと言われています。
イラン北部の代表的な郷土料理「ミールザーガーセミー」
ここまで、ギーラーン州の主だった見所に絞ってご紹介してまいりましたが、このプランのクライマックスとして、同じフーマン行政区内にあるルーデハーンの城砦を是非訪れていただきたいと思います。この城砦は、サーサーン朝時代もしくは、7世紀のアラブ軍による侵略を受けた時代のものと言われています。
1000段の階段の城砦という別名もあり、見学ルート上に935段の階段があり、これを上って最終的に城砦の建物に到達する仕組みになっています。見学ルートは全体でおよそ1.5キロほどですが、階段が多く途中で休息を入れたいこともあり、普通の速さで歩いて1時間ほどは見ておきたいところです。
見学ルート上に1000段近い階段が存在するルーデハーン城砦
お目当ての城砦は、高い山の上にへばりつくように位置しています。城砦の入り口に着くまでに、とにかくひたすら飽きることなく階段を上らなければなりません。
ですがご安心を。順路上には、無料で見学者のお茶をサービスしてくれるスポットがたくさんあります。見学ルートの一部には、少々滑りやすいところもありますので、足元に注意しながら進みましょう。途中でうまく休息を取り入れながら、無理をせずマイペースで城砦までの道を楽しみたいものです。
「城砦まであと200メートル」と書かれた標識
そして、全ての階段を上り詰めると、城砦のこの入り口に着きます。かつては防衛用に使われていたというこの城砦も、今では雑草やコケが生えています。「国破れて山河在り、 城春にして 草木深し」という杜甫の句が似合いそうな風景です。
城砦の内部は、非常に複雑な造りになっています。また、これまでの疲れも一気に吹き飛んでしまうほど、城砦の上方からは素晴らしい眺めを展望できます。
なお、ルーデハーン城砦の歴史など詳細につきましては、テヘラン便りの2012年11月分の拙レポートをご参照ください。
そして、このモデルルートの締めくくりの地であるルードバールは、オリーブの生産地として知られています。ルードバールをご訪問された記念に、お土産としてオリーブはいかがでしょうか。種を抜いたもの、またピクルスなどにされているオリーブ、オリーブオイルはもちろん、オリーブ石鹸もあります。様々な用途に合わせてお選びいただけます。
ほかにも、ギーラーン州をはじめとするイラン北部の代表的なお土産の1つに、クルーチェと呼ばれる郷土銘菓があります。これは、甘食をもう少し平べったくしたような生地に、文字や模様などが施されていたり、ゴマや胡桃などがちりばめられたものです。いろいろな形状や風味のものの中から、お気に入りのタイプをお選びいただけます。
イラク北部の郷土銘菓・クルーチェ。月餅にも少々似ています。
ルーデハーン城砦で心地よい汗を流したあとに、オリーブの香りが漂うルードバールでお土産をゆっくり購入し、テヘランに向かうという、以上のメニューにより、本周遊プランを締めくくりたいと思います。
実は、ギーラーン州にはこのほかにも、まだまだたくさんの名所旧跡や景勝地があり、それらはとても数日間で全てご案内しきれないほどの数に及びます。そのため、今回は特に定評があり重要とされるスポットのみを厳選し、周遊プランを組んでみましたが、いかがでしたでしょうか。このプランにより、日本では砂漠の国と思われがちなイランに、実は日本と気候風土が比較的類似している地域が存在すること、そして、話題に事欠かないそうしたイラン北部の魅力を少しでも皆様に知っていただけますことを願っております。
イラン北部周遊シリーズの次回は、カスピ海の東海岸地域にスポットを当てたプランをご紹介する予定です。どうぞ、お楽しみに。