つい2ヶ月ほど前、イランでは特に中部カーシャーン市近郊をはじめとする地域でのダマスクローズの開花、および摘み取り作業のシーズンを迎えていました。日本ではこの花そのものにはあまりお目にかからないかもしれませんが、ローズウォーター、ローズオイルの存在は皆様もご存知かと思われます。そして、それらに使われているのがまさにこのダマスクローズです。ダマスクローズは、普通私たちがイメージするバラよりは幾分小さいものの、医学的な効用を持ち、イランでは実に様々な目的に使用されています。今回は、イランでのダマスクローズにまつわる話題や利用法、その効能についてご紹介してまいりましょう。
<イラン・カーシャーン市近郊のバラ畑>
ダマスクローズの正式な品種名は「ロサ・ダマスケナ」と呼ばれています。ダマスクというのは、十字軍の同盟都市だった、現在のシリアの首都ダマスカスに因むと言われていますが、これは13世紀の十字軍によって、ダマスクローズがヨーロッパにもたらされたことによる、とされています。
この種のバラは「バラの女王」とも称され、世界全体で2万種以上に及ぶバラの中でも非常に甘く芳醇な香りを持ち、ローズウォーターやローズオイルの原料とされています。現在、ダマスクローズの主な生産地とされているのは、イランのほかにトルコ、イタリア、モロッコ、中国、ブルガリアなどとなっています。人類がバラの栽培を始めたのは、紀元前5000年ごろのメソポタミア文明の時代だといわれています。この種のバラはイランを初めとする中東が原産地とされており、非常に古くから人間の手で栽培されていたということです。伝説によれば、古代エジプトの女王クレオパトラもバラ風呂用、即ち現代でいう入浴剤としてダマスクローズを愛用し、ほかに中国の楊貴妃やナポレオンの妻ジョゼフィーヌにも愛用されていたと言われています。
さて、そのダマスクローズの栽培は、イラン国内では東部セムナーン州、南ホラーサーン州、西部ハメダーン州など複数の州で実施されていますが、やはりなんと言ってもこのバラやその関連製品の最も有名な産地は、中部イスファハーン州カーシャーン市近郊とされています。以下の写真は、イラン中部カーシャーン市近郊の町ガムサルでのバラの摘み取り作業の様子です。この作業は通常、朝の比較的涼しい時期に行われます。
イランでは、現在でもバラの摘み取りのシーズンになると、人間の手による丹念な摘み取り作業、そして使用箇所となる花びらをむしりとる作業が実施されています。
摘み取った花は袋詰めにされ、トラックなどで市場に運搬されます。これらの花は全てバラ水用ではなく、一般の市場で販売されるものもあり、自家製ジャムなどを作ろうとする顧客に購買されます。
カーシャーン市近郊の町にて。個人でバラの花を買い求めてやってきた顧客も決して少なくありません。なお、摘み取ったバラをそのまま袋詰めにする場合もあれば、花びらだけをむしり取ったものを販売するケースもあります。但し、これはもちろんその収穫期のみです。
この地域のバラの摘み取り作業や、特にバラ水の製造は非常によく知られており、バラの摘み取りに際しては華やかな儀式も実施されています。
さて、イランにおけるダマスクローズの利用法として最も有名なものは、ローズウォーターではないでしょうか。もちろん工場生産されているものも商店にたくさん出回っていますが、やはり個人の工房で生産されたもののほうが風味や香りの面で優れているようです。以下は、カーシャーン市近郊の町の1つ・バルゾクという町にある個人工房での「水蒸気蒸留法」によるバラ水作りの様子です。
まず、摘み取った大量のバラを袋から大きな専用の鍋に入れます。
バラ水を作る場合は、摘み取ったバラの花をそのまま鍋に入れます。
バラ水を作るには、鍋いっぱいにバラを入れる必要があるとのこと。それにより芳香の強いバラ水ができるということです。
30キロもの大量のバラを近くの泉のわき水で4時間煮込んだ後、大鍋から突き出ている管を通って、小さな別の壷に蒸留水が溜まります。これがバラ水です。1回につきおよそ80リットルのバラ水が取れるとのこと。また、蒸留水を溜める壷のような入れ物は、冷水の中にあり、出来上がった蒸留水を冷やす仕組みになっています。
なお、バラ水には1番煎じと2番煎じがあるとのこと。もちろん1番煎じのほうが風味などの面で優れ、値段が幾分高く、お菓子作りや冷たいドリンクの香り付けといった食用に使われます。これに対し、2番煎じの方は来客に手を清めてもらう際に手に振りかけたり、また墓参で墓石にかけたりするといった用途に使われるということです。出来上がったバラ水は、ペットボトルに入れられて販売されます。
そして、このときに取れるバラの脂肪分からは高品質のローズオイルやオーデコロンなども生産され、これらはヨーロッパなどにも輸出されているということです。
バラ水作りのシーズンには、カーシャーン市近郊の町にはローズウォーターの生産工程を見学するツアーも多く見られ、数多くの人々がこれに参加します。
こうしてダマスクローズからとれたバラ水には、ビタミンAやビタミンCが豊富に含まれ、女性ホルモンのエストロゲンを受容体を増やす働きがあるほか、心臓や神経、歯茎の強化にも効果があるといわれています。さらにありがたいことに、副作用やアレルギーなどの発生例が報告されていないことから、バラ水は非常に安全性が高いということです。
さて、このように品質や安全性の面できわめて優れたダマスクローズはエディブル・フラワー(食べられる花)でもあり、そのほかにも多様な使用法があります。そこで、今度はこのバラを使ったローズティーについてご紹介してまいりましょう。
ローズティーは、いわゆるハーブティーの1種であり、一般的には乾燥させたダマスクローズの花びらを煎じて飲みます。ローズティーには、体を温める成分が含まれていることから、特に冬の寒い時期にお勧めしたい飲み物であり、精神安定剤としての効果もあります。
また、このローズティーを定期的に飲むことでデトックス効果、そして肝臓や胆汁の洗浄作用、利尿作用、生理痛や生理不順の緩和および便秘や下痢の改善も期待できるということです。さらに、抗酸化作用や制癌剤としての効能もあることから、ローズティーはきわめて優れた健康飲料だと言えます。
さらに、ローズティーにはダマスクローズのつぼみを乾燥させたものを使用する場合もあります。この種のローズティーは、抗酸化作用があるとともに、コラーゲンの増強、しわとり、にきびや目の周りの隈の解消など、皮膚の若返りや身体の免疫システムの強化に効果があり、さらには抗うつ作用や不眠症、リューマチや関節炎の改善にも適しているということです。ちなみに、ローズティーを飲む際には砂糖の代わりに蜂蜜を使用することも可能です。
次に、家庭でも簡単に作れるダマスクローズの花びらを使ったジャムの作り方をご紹介してまいりましょう。用意するものは以下のとおりです。
・ダマスクローズの花びら 500g
・砂糖 1kg
・レモン汁 小さなスプーン1杯
・水 1リットル
・カルダモン ごく少量
1.摘みたてのダマスクローズの花から花びらのみをむしり取り、水を張った大きめの容器に入れ、花びらに傷がつかないようそっと洗ってごみや誇りをとってからざるに入れて水を切る。
2.洗った花びらを清潔な布地の上に広げて、さらに余計な水分を除去する。
3.余分な水分を除いた花びらをハサミで小さく切り刻む。
4.規定の量の水と砂糖を鍋に入れて沸騰させ、とろみがつくまで煮詰める。
5.刻んだバラの花びらをくわえて30分ほど煮込む。
6.レモン汁とカルダモンを入れて沸騰させる。ここで好みに応じて食紅を少々加えてもOK.
7.一煮立ちしたら火を止める。
8.鍋のふたをタオルや布でくるむなどして、煮込んだジャムの入っている鍋にかぶせ、2時間ほど置く。
9.ジャム全体を冷ましてから、カルダモンを取り除き、ガラスの容器に移し替えて冷蔵庫に保管する。
こうして出来上がった手作りのジャムを、温かいパンにバターなどと一緒に載せて召し上がってみてはいかがでしょうか。
なお、イランではダマスクローズを使ったジャムには整腸効果があり、お腹の調子がよくないときにこの種のジャムを薬の代わりに食べると効果があるとされています。
さらに、イランでは食事の際の付け合せに添えるヨーグルトに、ミントやバラの花びらの粉末を振りかけて食べる習慣もあります。ダマスクローズ関連の食品をはじめとするある香料販売店によれば、ダマスクローズの粉末にはアルツハイマー病の予防・治療効果もあるそうです。
確かに、ダマスクローズ関連の商品の生産の場にも機械化・オートメーション化の波は確実に押し寄せており、市場や小売店では工場での大量生産による製品が主流を占めています。しかし、ダマスクローズの生産地では今なお、丹念な手作業や家内工業による伝統的なスタイルで生産された高品質の製品が生産され、訪れる人々の注目を集め、珍重されています。イランでは、はるか昔から一般生活の場にダマスクローズが幅広く浸透していますが、この種の植物を用いた製品の生産方式が大きく変化したとはいえ、伝統的な生産方式とそれによる製品は今後とも珍重され、イランにおける「バラの文化」はさらに奥深さを増していくものと思われます。