Blog

ナツメヤシにまつわる話題

ナツメヤシの樹木とその多種多様な果実

ナツメヤシの葉で編んだ手工芸品

これまでいくつかのこのレポートにおきまして、イランが多種多様な気候風土に恵まれ、決して日本で一般的にイメージされている砂漠の国ではなく、カスピ海やペルシャ湾に面し、火山や温泉、緑豊かな樹林も多いことについてご説明してまいりました。しかし、イランという国の風土について語る上で、やはり砂漠という要素は欠かせないものとなっています。

そうした豊かな気候風土を反映し、イランでは豊富な種類の果物や野菜、魚介類に加えて、砂漠地帯を代表するナツメヤシが大量に収穫され、国内はもちろん国外にも輸出されています。そこで今回は、おそらく日本ではほとんど栽培されていないと思われ、イランでは一般的な産物・食材、食文化の構成要素の1つであるナツメヤシ(別名;デーツ)とこれにまつわる話題をご紹介してまいりましょう。

ヤシという植物そのものは「名も知らぬ 遠き島より 椰子の実一つ」と島崎藤村の詩にも歌われ、皆様もすでにご存知かと思います。

今回ご紹介するナツメヤシは、植物学上はヤシ科ナツメヤシ属に属し、イラン原産とも言われています。また、学名はPoenix dactylifera L.とされ、根が深く張り、乾燥暑熱砂塵にも耐性病害虫に強く、樹齢が100年から150年にも及ぶことから不死鳥(フェニックス)を意味するようになったとする説もあります。

巨大なナツメヤシの木立のもとで戯れる親子(南西部フーゼスターン州)

現在、ナツメヤシは一般的に西アジア・北アフリカなどをはじめとする砂漠・乾燥地帯に多く見られ、これらの地域が原産とされています。イランでは主にペルシャ湾に面した南西部、南東部、中部の砂漠地帯などがナツメヤシの産地として知られており、近年において同国では年間およそ90万トンのナツメヤシが生産されています。

大量に収穫されたナツメヤシ(南部ファールス州)

また、ペルシャ語ではナツメヤシはホルマーと呼ばれ、この言葉は外来語としてトルコ語やインドネシア語、マレーシア語、ヒンディー語(インド)、ウルドゥー語(パキスタン)などの諸言語に入り込んでいるということです。

オアシスの象徴として知られるとともに、その栽培の歴史は紀元前8000年にまでさかのぼると言われています。特にこれらの地域における強い日差しと乾燥した気候風土という厳しい気候条件でも成育することから、「生命の樹」とも称され、またその果樹は豊富な栄養素・ミネラルを含む健康食品として、乾燥地帯の人々の健康・生命を支えてきました。

また、乾燥させたナツメヤシは長期間経っても栄養素が失われない事から、特に遊牧民や砂漠を旅する隊商たちの貴重な栄養源、携帯用保存食として重宝されてきたということです。

ナツメヤシはイスラムの聖典コーランでは「神の与えた果実」とされ、22回にわたりナツメヤシが言及されているとともに、預言者ムハンマドは「ナツメヤシのある家庭は決して貧しくない」と言ったとされています。旧約聖書では「エデンの園の果実」と称され、イスラム教シーア派初代イマーム・アリーはこれをパンやチーズなどとともに常食し、また聖母マリアがイエス・キリストを身ごもっていた際には毎日欠かさずナツメヤシを食していたそうです。

さらには、ユダヤ教の礼拝の中心地であるソロモン神殿の壁には、ナツメヤシが描かれていたとされ、ハンムラビ法典にも、ナツメヤシの栽培方法に関する戒律が記されているということことです。そして、メソポタミア南東部のカルデア人は、ナツメヤシを生活の樹木と見なし、古代ギリシア人は勝利の象徴と捉えていたとされています。

また、イスラム出現初期のころの、いわゆる断食期間であるラマダン月中の日没後には、人々にはパンとナツメヤシが振舞われたとされ、現代のイランでもラマダン期間中の栄養補給源として盛んに食されています。

こうしたこともあり、イランではナツメヤシは非常に価値のあるものとして人間に例えられることが多く、ナツメヤシの樹木を数えるときには1本、2本ではなく、「1人、2人」と数えます。また、ナツメヤシが実をつけることは「ナツメヤシに子ができた」と表現します。また、ナツメヤシの樹木が枯れることは「死んだ」と表現されます。

さて、ナツメヤシについて語る上でまず注目したいのが、その栄養価に代表される滋養源や健康維持面での重要性です。先にお話しましたように、ナツメヤシは特にイスラム圏や砂漠地帯の国々で特に健康食、遊牧民の携行食として重宝されてきましたが、その栄養価や医学的な効能には目を見張るものがあり、ナツメヤシがあれば生き延びられる、とも言われるほどです。

ナツメヤシには水分のほか、たんぱく質や糖分、脂肪分、カリウム、ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、鉄分、銅、ビタミンA,B1,B2,C、ナイアシン、食物繊維が含まれています。

熟したナツメヤシには、数多くの医学的な効用があり、副腎皮質ホルモンの一種で、各種の感染症や腎炎の治療に効果のある天然ホルモンというにふさわしいコルチノイドに似た働きがあります。

またナツメヤシは100gにつき157カロリーから383カロリーの熱量を生み出すとされ、1キロ当たりのエネルギー生産量は、肉1キロのエネルギー生産量に相当するということです。しかもナツメヤシに含まれる糖分は急速に消化・吸収され、すぐにエネルギーに変わります。さらにコレステロールは含まれないため、これはまさにナツメヤシが滋養源かつ健康食品と呼ばれる所以だといえるでしょう。

特に最近では日本人の2人に1人がガンに罹患する時代だと言われ、医学的には体内のマグネシウムが不足した場合、ガン罹患の可能性が高まるとされています。ここでも豊富なマグネシウムを含み、抗炎症作用のあるナツメヤシが効力を発揮します。食糧が少ない砂漠の民やアラブ民族は、ナツメヤシを多く食することからガンへの罹患率が低いそうです。

また、ナツメヤシは脱毛を防ぐなど髪や皮膚の健康にも有益とされるほか、植物繊維を多く含むことから消化器官の機能改善、便秘の予防効果もあるということです。

さらには抗酸化作用があることから、アテローム性動脈硬化・心血管疾患の予防や、血中コレステロール・高血圧・血糖値の抑制にも効果を発揮します。そして、カルシウムやマグネシウムも豊富に含まれますので、特に女性にとって気になる骨粗しょう症の予防にもなるということです。そしてもちろん、鉄分や食物繊維が多く含まれることから貧血の改善や整腸にも効果があるとされています。

ナツメヤシはさらに妊産婦にも大きな効能を発揮します。ナツメヤシからはオキシトシンに類似したホルモンが発見されていますが、これは出産時の子宮の収縮の促進、出産後の出血や痛みの緩和、出産後の体の回復を促す作用があります。

このように、ナツメヤシが持つ健康・栄養面での効果を挙げれば枚挙に暇がないほどですが、ほかにもナツメヤシを食べることでアルツハイマー病の抑制・緩和も期待できるということです。今後世界全体で進むといわれる高齢化にも、ナツメヤシは力強い存在となることが予想されます。

 

さて、一口にナツメヤシと言ってもイラン全域には100種類も近くが栽培されているそうです。これらのナツメヤシは、含まれる水分量に応じて大きくドライ(水分が15%以下)、セミドライ(水分が15%~18%)、フレッシュ(水分が18%~35%)の3種類に分類され、さらに品種ごとに独自の名称がつけられています。

それでは、以下にイランで特によく見かける有名な品種のナツメヤシをご紹介してまいりましょう。一口にナツメヤシと言っても、形状や表面の色彩、また風味なども実にさまざまです。

・アステマラーン;南西部フーゼスターン州で多く栽培され、甘味が非常に強く高カロリー。完熟の一歩手前のものが特においしいとされ、また粘り気が強い。水分が比較的多く、イラン経済で特に重要とされる種類の1つ。

 

・ピアーロム;含有水分量の点ではセミドライに属し、イランや世界で最も価値があり好まれている品種の1つ。外見上から「チョコレート・デーツ」とも称される。南部ホルモズガーン州北部ハージーアーバードを起源とし、またこの地域で多く栽培される。

・マザーファティー;別名ロタブ(後述の「完熟の一歩手前」の段階のもの)。特に南東部ケルマーン州バム産のものが有名で、イラン国内各地の食品雑貨店で、箱詰めされたものがよく見られる。国外に輸出される割合が最も高い種類の1つ。水分量は15%から18%と比較的多く外見は黒紫、程よい甘味、柔らかく食べやすいことが特徴。

・シャーハーニー;水分が多い高級品種の1つ。色はやや明るめで細長く、後述する未熟な段階でも甘味がある。乾燥した状態で収穫される場合もあり。地域によってシャーヴニー、シュニー、シャーイーなどと名称が異なる。南西部フーゼスターン州、南部ブーシェフル州などで多く栽培。

 

キャブカーブ;セミドライ種に属し、形状は楕円形で、未熟なうちは黄色で苦味があり、熟すとこげ茶色、コーヒー色になる。南西部フーゼスターン州、南部ファールス州及びブーシェフル州などで多く栽培。ナツメヤシのエキス抽出にも多用され、イラン経済においてはエステムラーン種、シャーハーニー種、マザーファティー種に次いで重視されているとのこと。

ザーヘディー;ドライに属し、熟すと黄色に近い茶色になる。ガサブという別名でも知られ、イランから輸出されるナツメヤシのうちで特に権威があるとされる、イラン国内はもちろん、世界市場でも多く販売される品種の1つ。全体の形状としては卵型で先が尖っている。フーゼスターン州、ブーシェフル州、ファールス州などで多く栽培。ほかの種類に比べて安価で、また特に糖尿病のある人に好ましいとされる。

 

ラッビー;別名パーキスターンとしても知られ、イランではパキスタンと国境を接する南東部スィースターンバルーチェスターン州各地で多く栽培。完全に熟したものは黒または濃いコーヒー色を帯びている。

ハリーレ;外見が黄色であることが特徴。水分の多いフレッシュに分類され、やや未熟な段階でも食べられるとされる。鉄分を特に多く含み、人工甘味料に取って代わるほど甘みが強く、ダイエット食にも最適。南東部ケルマーン州ジーロフト産のものが特に有名。

 

ここからは、ナツメヤシの面白い特徴についてお話してまいりましょう。

イチョウなど一部の樹木にオスとメスの区別があることはよく知られているかと思いますが、ナツメヤシの樹木にも雌雄株があります。ちなみに、雄株には上向きの白い花が咲きます。

以下の写真のように、オスの樹木の花にはハチが寄ってきます。

 

実際に実をつけるのは雌株の方ですが、雌花にハチは寄ってこないそうです。

本来、自然界では風によって受粉がされていますが、現代ではさらに効率を上げるため人工授粉が行われているということです。以下は、南東部スィースターンバルーチェスターン州のナツメヤシ園での人工授粉の様子です。

さらに、イラン南西部フーゼスターン州のあるナツメヤシ園の経営関係者の話によりますと、ナツメヤシが実るにはメス50株に対し、オス1株の割合がちょうどよいということです。そして、「桃栗三年、柿八年、間抜けの柚子の十六年」という諺がありますが、ナツメヤシの苗は植えてから実をつけるまでに5年前後はかかるということです。10年たつと1本の樹木から約1万個のナツメヤシが収穫できるとされています。

ナツメヤシの収穫の様子(イラン南西部フーゼスターン州、収穫期は8月中旬から10月頃とされる)

以下は南部ファールス州にあるナツメヤシ園で大量に収穫されたもの。国内市場に出荷されるほか、国外にも輸出されるそうです。

発芽したナツメヤシの種子

 

ナツメヤシの苗木。成熟には5年ほどかかるそうです。

そして、もう1つの興味深い点は、ナツメヤシの実は成長・成熟過程にともなって呼び名が変わることです。日本ではブリが出世魚であり、成長に伴って関東ではワカシ(ワカナゴ)→イナダ→ワラサ→ブリ、となっていくことは既に皆様もよくご存知かと思われます。この点で、ナツメヤシは「出世果実」と呼んでもよいかもしれません。

ナツメヤシの場合は、果実の色および化学組成の変化に基づいて、ハバーブーク、キムリ、ハラール(もしくはハーラク)、ロタブ、タマルという5段階(名称はいずれもアラビア語)に分けられます。

1.ハバーブーク;受粉後から4,5週間くらいまで。1粒あたりの重量は平均1グラムほどで、大きさはえんどう豆大。

2.キムリ;アラビア語で「未熟」を意味します。文字通り未熟で硬く、青りんごのような緑色で、この段階でもまだ食べられません。この期間が一番長いとされ、品種によって2ヶ月強から3ヶ月強くらいまでと幅があります。

3;ハラールもしくは、ハーラク;「カリカリした」の意味。この期間は、品種にもよりますが、大体1ヶ月前後とされています。青りんごのような緑から黄色くなっていますが、まだ風味は渋いままです。この段階で販売される場合もあります。

4.ロタブ;「成熟して柔らかい」の意味。この段階になると、茶色から黒に変化し、柔らかくなり、甘味が増してきます。イラン国内の食品雑貨店では、この段階のものが箱入りで販売されていることが多くなっています。完熟する一歩手前のこの段階では、完熟したものよりも糖度が低く、水分量が多いとされています。

イラン国内の食品雑貨店などで販売されている箱入りのロタブ・ナツメヤシの例

5.完熟段階のタマル;「天日で乾燥した」の意味。市場に出回っている大半のナツメヤシがこの段階のものです。ロタブよりもさらに甘味が増します。果肉が収縮して皺がよっているものもあります。

梱包され、市場に出回っているナツメヤシの例。風味や柔らかさなどによる人気の面から、ほとんどがロタブ以降の段階のものです。

日本ではやはり、どうしても気候風土の面などから、ほかの植物や農産物に比べて、ナツメヤシはなじみが薄いかもしれません。しかし、砂漠の民の健康や生命を支えているとあって、ナツメヤシが非常に優れた滋養源であることは確かです。最近では、ネット通販などでも入手できるようですので、砂漠の健康食であるナツメヤシを、日本の皆様にも是非お試しいただければと思います。

 

ちなみに、イランではナツメヤシはそのまま食されるだけではなく、他にも菓子類に使われたり、またシロップなどにされています。

菓子類に使用されている例

シロップとして販売されている例。これも栄養満点で、筆者も牛乳と混ぜてよく飲んでいます。

 

さて、ここまではナツメヤシの果実の食材・食文化的な要素の1つという側面からお話してまいりましたが、イランにおけるナツメヤシの用途は決してそれだけにとどまるものではありません。特に南部地域を中心に、ナツメヤシの葉や幹などを使った手工芸も盛んに行われ、その製品は全国に出回っています。

手工芸に使われるナツメヤシの葉

ナツメヤシの葉を使ってのかご編み

かご編みの途中過程

取っ手のある蓋つきの入れ物

 

ナツメヤシの葉による敷物を編む作業(南西部フーゼスターン州アフワーズにて)

出来上がった敷物

 

ナツメヤシの葉でできた手工芸品

ナツメヤシの葉と茎で作った箒

ナツメヤシの葉を編んで作った団扇

 

また、ナツメヤシの葉だけでなく、種も手工芸に使用されており、1つ1つの種子を丹念につないだイスラム式の数珠などが製作されています。

特に、ナツメヤシの種子を使用しての手工芸品づくりは、イランでは刑務所の収監者の工芸品製作作業としても行われているそうです。

しかも、驚いたことにナツメヤシの種でできたコーヒーもあります。これも健康への効果は抜群だそうです。

ナツメヤシの種を原料としたコーヒーには、リン、鉄、カルシウム、マグネシウム、亜鉛などが豊富に含まれ、血糖値の抑制や腎結石・抜け毛の予防、リューマチや関節痛の改善、授乳期間中の母乳の増量、神経の安定などの効果があると言われています。

 

さらに、ナツメヤシの葉や幹は、灼熱の太陽の光をさえぎる東屋や、近隣と自宅を隔てるフェンス、さらには椅子やテーブルの支えにも使われるなど、まさに乾燥地帯の人々の暮らしにも多用されています。

ナツメヤシの葉と幹を使った東屋

ナツメヤシの葉でできた垣根

ナツメヤシの幹で製作された椅子とテーブル

 

これまでお話してきましたように、砂漠・乾燥地帯の重要な栄養源としてのナツメヤシは、食用としてのみならず、特にイランではその種子や葉までもが手工芸などに利用されていることから、その全てが利用できる価値ある植物だと言えると思われます。

 

それでは最後に、ナツメヤシに関するペルシャ語のことわざをご紹介してまいりましょう。

・「神も欲しいし、ナツメヤシも欲しい」;2つある良いものを両方求めることから、貪欲に全てのものを欲しがる、他人に害悪を与えてでも利己主義になって自分だけが利益を得ようとする、過剰な要求を押し付ける人やその状態を意味します。

・「私たちの手は短い、ナツメヤシの実は高い木の上にある」;日本語で言う「高嶺の花」に相当することわざです。

以上、今回は西アジアの健康食・ナツメヤシにまつわる話題をお届けしてまいりましたが、いかがでしたでしょうか。

ナツメヤシは決してその果実の食用目的のみならず、砂漠・乾燥地帯の人々の暮らしに色々な形で生かされ、生活文化の大きな一翼を担っていることが伺えるかと思います。

和食も健康食としてすでに世界各地で知られ、ユネスコ無形遺産に登録されていますが、西アジアにもこのような健康食・スーパーフードがあることを日本の皆様にも知っていただき、また今後もし、ナツメヤシに触れる機会がありましたら、ぜひお試しいただければと思います。

 

ABOUT ME
yamaguchi
IRIBイランイスラム共和国国際日本語通信でニュース翻訳のほか、イランのことわざを週2回紹介しています。20年以上にわたりイラン滞在の経験があり、2016年からはイラン人の夫とともにテヘランから西に150kmほど離れたガズヴィーン州に滞在していました。現在は、イランと日本を行き来しながら、日本の皆様に普通のメディアには出てこないようなイランのホットな情報をお届けしています。