春の新年ノウルーズにはラクダも華やかに装飾(ゲシュム島にて)
水辺で遊ぶ子供たち(南西部フーゼスターン州)
去る2月28日にアメリカとイスラエルによるイランへの攻撃が始まって以来、すでに7カ月近くが経過しました。開戦後の最初の数か月間はテヘランやその他の都市圏も軍事攻撃が行われていましたが、攻撃は次第にペルシャ湾地域やその湾口に当たる要衝・ホルモズ海峡へと移りました。そして時間の経過とともに、イラン国民の間では、軍事攻撃は南部地域だけて、その他の都市はいたって平穏だという声も聞かれるようになりました。その背景として、アメリカは開戦当初こそ「4,5週間で終わらせる」などと豪語していたものの、軍事攻撃では思わしい結果が得られないことから、事態は事実上、軍事戦争から制裁などを中心とした経済戦争へと様変わりしていることが挙げられます。
さて、あれから日本でもほぼ毎日のようにイラン・ペルシャ湾情勢、ホルモズ海峡をめぐる動向や関係国の駆け引きなどに関するニュースが報じられていますが、ホルモズ海峡を含むペルシャ湾岸地域は決して軍事地帯などではありません。先々月と先月の2回にわたり、ペルシャ湾岸地域の自然や水生生物などについてご紹介いたしましたが、おそらく昨今のニュースに出てくる戦争の殺伐とした雰囲気からは到底思い浮かばない、大自然の豊かさが感じられたのではないでしょうか。さらに、ペルシャ湾岸地域は熱帯に属することもあり、実際はテヘランなどの大都市圏とは大きく異なり、非常に長閑でのんびりした、海の幸に溢れる生活が営まれています。そこで今回は、ペルシャ湾岸地域の人々の暮らしの一こまを写真とともにご紹介していきたいと思います。
その日一番のビッグサイズの魚を手にポーズ;(ホルモズガーン州バンダルアッバース最大の魚市場にて)
筆者自身もペルシャ湾地域を訪れてみて感じたのですが、この地域は熱帯地方に属しており、テヘランやその他の内陸地域とはかなり様子が違います。特に真っ先に目についたのは女性の服装です。テヘランやそのほかの都市によくみられる黒いチャードルではなく、色柄物のカラフルなものが目立っています。
「どう?カラフルで可愛いでしょ!?」(ホルモズガーン州バンダルアッバースにて)
ペルシャ湾南部地域、特にホルモズガーン州バンダルアッバースの人々の文化は、その地理的な位置と様々な国からの商人の往来によって、イラン、インド、サウジアラビアの文化が魅力的に融合したものと言われています。この文化の融合は、バンダルアッバースの民族衣装にも顕著に表れています。衣服に施された刺繍や装飾はインドの衣服に似ており、デザインもペルシャ湾を隔てた対岸のUAEアラブ首長国連邦の衣服と非常によく似ています。最新の情報によると、バンダルアッバースの民族衣装はUAEの建国よりも古い歴史を持つとされ、その独自性を証明しています。バンダルアッバースの民族衣装は、この地域の高温多湿な気候条件に合わせて、軽くて薄い生地が用いられ、青、紫、ピンク、緑といった鮮やかな色が多用されています。
イラン南部・ペルシャ湾岸地域の鮮やかな民族衣装
また、女性用ズボンは、一般的に同じデザインで、上部はゆったりとしていて着心地が良く、足首から膝にかけては細身になっています。ズボンの裾の装飾は、特にバンダルアッバースの地元民の趣向によって異なります。
色鮮やかなサテンなどの生地に装飾の施された女性用ズボン
そして、ペルシャ湾岸をはじめとするイラン南部の女性たちの間で多用されている特徴的な服飾の1つに、額と鼻、頬の部分を覆うネガーブ(アラビア語のニカブが語源。仮面の意味。ブルカとも呼ばれる)があります。
色鮮やかな独自の仮面をつけた女性(キーシュ島);イスラム的な装い・へジャーブでもあるとともに、灼熱の太陽光線を遮り、かつおしゃれの意味もあるそうです
この服飾は特に、既婚女性が顔を覆い、日差しから肌を守るために着用するのが一般的です。ですが、用途はこれだけではなく、装飾的な側面も見逃せません。そのため、ネガーブ(ブルカ)は様々なデザインと色のものが作られ販売されています。
では、ここからはそのほかの一般的なペルシャ湾地域の人々の暮らしの一コマをご紹介してまいりましょう。
海辺でくつろぐ家族連れ(ゲシュム島にて)
海辺での母と子の日常の一コマ(ブーシェフル州にて)
ヤシの茎で作った小屋で採れたての魚をさばく女性(フーゼスターン州アバダンにて)
貝細工や瓶詰ナツメヤシのシロップなどを販売する母と子(ヘンガーム島)
海辺で荷車を引く青年(ラーヴァ―ン島)
海辺に打ち上げられた沢山の魚に見入る青年(南東部スィ―スターンバルーチェスターン州グワーデル湾にて)
町中の市場で生地を選ぶ女性。色鮮やかな生地がたくさん売られ、仮面をつけた女性がお店版をしています(キーシュ島)
魚市場で真剣な眼差しで魚を選ぶ男性;「どれがより大きくて安いかな?」;ホルモズガーン州バンダルアッバースにて)
魚市場で新鮮な魚をたくさん購入し、両手で持ち運ぶ女性;「これで美味しいおかずが作れるわ!」(バンダルアッバースにて)
市場で果物を買い求める女性たち(ホルモズガーン州バンダルアッバースにて)
ナツメヤシ園でお手伝いをする少年(フーゼスターン州アバダンにて)
地元の祭礼でカラフルな衣服に身を包んだ子供たち。純朴な子供たちの表情には、ほっこりさせられるものがあります(ゲシュム島にて)
路地裏の子供たち(ホルモズガーン州バンダルアッバース市内で)
ナツメヤシ園内の水路に飛び込む少年;「せーの、ドボーン」(フーゼスターン州アバダンにて)
波乗りを楽しむ子供たち。この地域では東京とほぼ同緯度にあるテヘランで氷点下にある雪が降っている、まさにその時期にこうした海水浴が楽しめます(ブーシェフル州にて)
露店で手工芸品を販売する合間に勉強(ゲシュム島)
カモメが飛び交う中で、大人数で船を沖に出す漁師たち;「よーし、船を出せ!」;南東部スィ―スターンバルーチェスターン州グワーテル湾)
日没の海に佇む漁師;「黄昏時の漁も中々だね」(ブーシェフル州)
またペルシャ湾岸地域にはアラブ系の人々も多く、これらの人々の間ではアラビア語も多く利用されています。さらに、服装も一般のイランの都市でみられるものとは違ってアラブ系の服飾が多く、イランの大多数の都市ではイスラム教シーア派が多数派なのに対し、イラン南部ではスンニー派も多く存在しています。
ヤシの葉や茎などで作った家屋でくつろぐアラブ系男性(フーゼスターン州)
昼下がりに町中で気晴らしに伝統的な打楽器を奏でる男性。服装もアラブ風です(ヘンガーム島にて)
アシやナツメヤシの葉などで編んだ手工芸品を道端で販売するアラブ系女性。浅黒い肌に色柄物のチャードルがよく似合っています。鍋敷きやかご、ざる、帽子などカラフルな品が並んでいます(ホルモズガーン州バンダルアッバースにて)
魚の露天商で魚をさばくアラブ系の女性(ホルモズガーン州バンダルアッバース)
ナツメヤシ園内の給水設備をチェックするアラブ系男性;「どれどれ、水はちゃんと出ているかな?」(フーゼスターン州アバダンにて)
そして、フーゼスターン州をはじめとするペルシャ湾地域にはバフティヤーリー族などをはじめとする遊牧民も存在しており、彼らは今なおテント生活を送っています。
ロバを連れて歩く少女;「家畜も家族の一員です。私の家は向こうのテントです」
木の棒を柱にして建てたチャードルの中でお茶を飲む女性。犬もやってきました。テント生活は一般に考えられているより居心地がよいそうです
ザグロス山脈を移動する途中で食事をとる遊牧民の家族。彼らは小さいうちから移動生活に慣れており、乳幼児を連れての移動も彼らにはとっては普通のことのようです
都市型の生活とは異なり、屋外で木の枝などを燃やして湯を沸かす親子。空気のきれいな場所で家族と共に暮らすことは、人間として最も理想的なことなのではないでしょうか
子羊を抱きかかえる遊牧民の少女。こうした人々は子供のころから家畜と共に育ち、家畜の扱いに慣れています;「自分の弟妹みたいで可愛いです!」
しかし、この地域の人々の基幹産業の1つは、海に面していることから、やはり漁業だと言えます。伝統的な漁、底引き網や地引網などを使った作業により大量の魚が水揚げされています。ペルシャ湾という大きな海を相手に仕事をすることは、彼らにとって「男のロマン」とも言えるのかもしれません。
地引網を引く漁師たち(ブーシェフル州)
カモメが飛び交う中で網を引く漁師たち(ホルモズガーン州バンダルアッバース近辺にて)
ペルシャ湾に続く外海・オマーン海でとれた大量の魚
腰まで水につかり伝統的な手法で作業(ブーシェフル州)
ペルシャ湾でとれた新鮮な魚を販売する青年;「僕の店のすぐそばで採れた魚です」(ゲシュム島にて)
いよいよ漁に出る前に、漁網を入念にチェック(ホルモズ島にて)
大量に水揚げされたエビを1匹1匹丹念により分ける作業;「これはパソコンや機械じゃできないね!」(ブーシェフル州)
採れたての大量のエビを誇らしげに示す男性;「俺たちのエビは天下一品!」(ブーシェフル州にて)
船上で採れたての魚を誇らしげに掲げる漁師(南東部スィ―スターンバルーチェスターン州グワーデル湾にて)
2人に支えられて船から身を乗り出し大量のエビのかかった網を引き揚げる作業(ブーシェフル州)
水揚げされた魚を主分けする作業員;「さて、何種類の魚が捕れたかな?」(南東部グワーデル湾にて」
同時にとれた魚とエビを船の上でより分ける作業(ブーシェフル州)
カモメが飛ぶ中で採れた魚を運搬(スィ―スターンバルーチェスターン州グワーデル湾にて)
また、ペルシャ湾地域は漁業だけでなく、熱帯地方でもあることからナツメヤシの栽培も盛んです。特に盛んなのは、フーゼスターン州アバダンです。
茎についたままのナツメヤシを手に;「どうだい、たくさんとれただろう」
ナツメヤシの木の根元に水をかける女性;「いっぱい水を吸って、たくさん実をつけてもらいたいです」
背の高いナツメヤシの木に登って収穫;「高所恐怖症などありません」
大粒のナツメヤシを誇らしげに示す男性;「ほら、今年の粒も大きいよ!」
ナツメヤシ園に必要な水量を管理(フーゼスターン州アバダン)
さて、一般的なイランのイメージとして「砂漠」「乾燥した国」という要素が思い浮かぶかもしれませんが、ペルシャ湾とそこに浮かぶ島々も歴然としたイラン領です。これらの地域では、さながら日本の海辺を思わせるような貝細工の手工芸品を売る土産物店も数多く存在します。
貝細工のお土産を販売する女性(キーシュ島)
ホルモズ島の土産物店。思わず江の島をイメージしてしまいました
ブーシェフル州の貝細工店。貝殻の装飾をちりばめたティッシュケースが人気の品だそうです
ホルモズ島の土産物店。貝細工と並んで、この地域でとれるカラフルな砂を瓶に詰めた「色砂のガラス」も販売されています
ホルモズ島名物のお土産に「色砂アートの瓶詰」をどうぞ!
こうしてみてくると、ペルシャ湾地域は決して石油、タンカーといった要素のみに集約されるのではなく、土地柄から漁業をはじめ、ナツメヤシの生産や手工業なども盛んに営まれ、市場には活気があふれ、人々がその土地に適合した暮らしを営んでいることがお分かりいただけるかと思います。
このように、ペルシャ湾に面した地域や島しょ部は本来、昨今の戦争のニュースとは全く逆に、自然に恵まれた実に長閑な生活、無邪気な子供たちや純朴な人々がのんびりと、心豊かに暮らしている地域です。一般的にペルシャ湾岸地域をはじめとするイラン南部は、ペルシャ語でバンダリー(港に面した)と呼ばれ、服装や習俗、宗派などの面で、他のイランの諸都市・地方とはかなり違う様相が見られます。筆者自身ももうかなり前ではありますが、これらの地域を訪れ、この地域の見事な自然の景観や、心優しいのんびりした人々に心打たれたことを昨日の出来事のように記憶しています。彼らは都市部の人々に比べて、金銭面ではそれほど多く出費しておらず、また伝統的な生活様式を続けている場合が多いようですが、美しい自然や家族、部族面でのつながりなど、心の面では非常に満たされているように感じられます。しかし最近は、そうしたペルシャ湾の美しい景観や、そこで暮らす人々の長閑な生活が脅かされているという現実に、本当に心を痛めている毎日です。
この原稿をまとめている現在、とりあえず軍事攻撃や応酬などは一旦停止されており、一応の小康状態にあるようです。先だっては、トランプ米大統領が直々に「来月初旬の中間選挙までは軍事攻撃を行わない」と発表していますが、その舞台裏では再攻撃に向けた準備が進められているとの報道もあり、依然としてイラン情勢は予断を許さない状況にあります。また、数々の筋から得た情報によれば、特に最近の制裁や、国の通貨リアルのさらなる暴落の影響で、イランの国民生活はさらに厳しい状況に追い込まれているということです。筆者自身は確かに現在、そうした軍事的な戦争のない日本にいるものの、現在ペルシャ湾地域で起きている出来事は、決して他人事とは思えません。長らく暮らし親しんだイランや、そこでできた貴重な人間関係、友人知人、思い出は常に記憶の中にしっかりと刻まれています。雲行きの怪しい内容のニュースを目にするたびに、個人ではいかんともしがたいこの状況に歯がゆさ、腹立たしさを感じる一方で、何とか一刻も早い現状の好転を祈る日々が続いています。
カラフルな複数色の砂を瓶に詰めて作るホルモズ島名物の「色砂のガラス」
今回の一連の戦争や制裁において、それを仕掛けた側はおそらく国際的な正義を掲げ、相手側の行動を正させようとしているのでしょう。しかしながら、それはあくまでも仕掛ける側の一方的な解釈・押し付け・行動でしかないと思われ、仕掛けられた側にも相応の然るべき言い分があります。また、そもそも戦争や制裁は仕掛けられている側のみならず、仕掛けた側、行使している側も相当の悪影響を被ることを想起すべきでしょう。現に車社会といわれるアメリカではすでにこの戦争の影響がブーメランのごとく跳ね返ってきており、ガソリンや軽油の値上がりなどが消費者の暮らしをひっ迫していることは周知の事実です。そして、直接の交戦国ではない日本やそのほかの世界各国にも火の粉が飛び散り、原油の値上がりをはじめとした物価高が国民生活に押し寄せていることは言うまでもありません。
カモメの大群が飛び交う中で地引網を引く漁師(ゲシュム島)
しかも、特にトランプ米大統領の当初の思惑とは大きく異なり、戦争は短期で終わるどころか長期化し膠着状態に陥り、開戦から8か月目に入った現在も終息の見通しは立っていないのが現状です。戦争を仕掛けた側であるアメリカは、軍事戦争では奏功しないと見るや、今度は経済制裁の拡大に転じましたが、それでも事態は収拾がつく兆しは見られず、益々悪化するばかりのように見受けられます。戦争を仕掛け制裁を行使している側はこの辺でそろそろ、イソップ童話で言うところの「北風式」のやり方を止めて、「太陽式」に転じるべきではないかと思われてなりません。そして、世界の平和を預かる国際機関はもとより、アメリカと対等の立場から意見ができる日本も平和憲法を誇る国として、特に戦争を仕掛けた側に対し停戦を促し、またシルクロード時代からイランと交流のある伝統的な友好国として、もっと積極的に仲介・外交を買って出てもらいたいと感じています。
とにかく、世界有数の悠久の歴史と豊かな古代文明を誇り、日本人にもよく似た義理人情や優しさに溢れた国民、美しい自然の景観や名所旧跡、美味しい郷土料理や多種多様な伝統工芸、世界によく知られた芸術を誇る国がこのような事態に置かれているのは、なんとも心苦しいものです。特に、24年間という長期間にわたりイランに在住し、一般にあまり知られていないイランの魅力を間近に体験してきた身として、昨今の現状は本当に残念でなりません。ですが、これほどの厳しい試練を与えられながらも決しても自らを見失うことなく、抑圧への抵抗、そして国家発展の道を歩み続けているイランを、陰ながら応援している次第です。事態の収束には相当の時間を要するかもしれませんが、驚異的な耐久力や回復力、抵抗力を持つイラン国民ならきっと、この難局をも乗り切れることを信じ、この戦争を経てイランがさらにステップアップすることを願って、今月の原稿を締めくくりたいと思います。
ゲシュム島をはじめとする、ペルシャ湾地域の人々の習俗
すぐそばをカモメの群れが飛び交う海辺での作業(南東部スィ―スターンバルーチェスターン州グワーデル湾にて)
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