ペルシャ湾には多種多様な水生生物が生息
筋のような独特の模様のあるイカ
去る2月28日にアメリカとイスラエルによるイラン攻撃が始まってから、早くも半年以上が経過しました。これまでに攻撃の応酬、停戦、攻撃再開や小競り合いなどといった状況が繰り返され、ペルシャ湾・イラン情勢は、いつ収束するのか全く先の見えない状況が続いています。先月分のレポートをお届けしたころは、それでもまだ何とか小康状態にあり、アメリカによる大規模な対イラン経済制裁が発表されたものの、軍事攻撃は表面上抑えられていました。それがここにきて、残念ながらまたもや攻撃の応酬が再発し、さらには双方がそれぞれの主張を前に出し、事態は平行線をたどっています。
そうした中で、先月はニュースにはまず出てこないと思われる、ペルシャ湾の意外な、しかも本来的な姿をお届けしようと、ペルシャ湾地域の絶景をご案内してまいりました。きっと、現在のきな臭い出来事からはまず想像もつかない絶景に驚かれた方々も多いのではないでしょうか。
そして、さらに驚異的なのが、この地域には多種多様な水生生物が生息しているということです。先月ご紹介した自然の景観や絶景に加えて、こうした水生生物の生息は一般の皆様の目に触れることは非常に少ないかと思われます。そこで今月は、現在全世界が注目しているペルシャ湾やその湾岸地域に生息する水生生物の数々を、戦争中ながらも敢えてご紹介してまいりたいと思います。
色鮮やかな珊瑚と大量の魚の群れ
ペルシャ湾にはクマノミやタツノオトシゴ、ヒトデといった日本でもおなじみの水生生物に加えて、数百種もの観賞魚が生息しています。以下にその主なものを挙げていきましょう。
タテジマキンチャクダイ(縦縞巾着鯛、写真は成魚。学名:Pomacanthus imperator);英語ではエンペラーエンゼルフィッシュと呼ばれ、名称は日本の天皇に由来するともいわれています。
ハタタテダイ(旗立鯛、学名;Heniochus acuminatus);白黒の縦じまの入った体に、白い幟旗のような背びれが特徴です。ペルシャ語では「アンテナフィッシュ」と呼ばれています。
ムラサメモンガラ(学名;Rhinecanthus aculeatus);モンガラカワハギ科に属し、何とも変わった外見が特徴です。ちなみに、そのせいでしょうか、ペルシャ語では「黒いピカソの魚」と呼ばれています。
イエローテールタン(学名;Zebrasoma xanthurum);スズキ目ニザダイ科ヒレナガハギ属に属し、深い青紫色の身体に、黄色の尾ビレを持つ美しいツートンカラーが特徴です。ペルシャ語では、「尻尾の黄色い外科医」と呼ばれています。
ヒブダイ(別名;オウムウオ、インコウオ);英語ではパロットフィッシュと呼ばれます。パロットフィッシュという名前の由来は、この魚の口がオウムのくちばしに似ていることによります。この海水魚はそのカラフルな模様とは逆に、研磨性のある鋭い歯を持っており、それを使ってサンゴを引っ掻き、サンゴに付着した藻類を食べます。
さらに、この他にもペルシャ湾には以下に挙げるように、実に様々な生物が生息しています。
アオガニ(青蟹またはブルークラブ、ワタリガニ科、学名;Callinectes sapidus);鮮やかなサファイアブルー(青色)の脚やハサミの一部が特徴。
ジンベエザメ;外海で最大のサメおよび魚です。この冷血種は主に世界中の熱帯および亜熱帯の海域で見られ、回遊ルートでペルシャ湾にもやって来ます。
タイマイ;ペルシャ湾に生息する重要な生物の1つがウミガメです。中でも代表的なのがタイマイで、鼻の先がワシの嘴のように尖っていることから、ペルシャ語では「ワシバナガメ」と呼ばれています。ペルシャ湾に浮かぶゲシュム島などは、こうしたウミガメの産卵地でもあります。
マナティーによく似たこの生物は、近縁種のジュゴンです。その体の大きさが示すように、ペルシャ語では「海の牛」と呼ばれています。 ペルシャ湾は、オーストラリアに次ぐ世界で2番目に大きなジュゴンの生息地として知られています。
コウイカの一種;日本でイカとして真っ先にイメージが浮かぶのは、胴体の細長いツツイカのほうではないかと思われます。一方で、ペルシャ湾には胴体の太いコウイカが生息しています。
ペルシャ湾からそれにつながる外海のオマーン海には、全部で11種類のイルカが生息しています。ペルシャ湾沿岸にはイルカの群れが現れることが多く、ゲシュム島などにはイルカを見物する遊覧ツアーもあるそうです。
ウミウシの一種、クロモドーリス・アンヌラータ(学名;Chromodoris annulata、イロウミウシ科の1つ);ペルシャ語では、海の虹とも評されています。
そして何と、驚いたことにペルシャ湾には真珠貝も生息しています。
ペルシャ湾における真珠貝漁は、この湾に面した地域の多くの住民にとって、古くから生業として行われてきました。1960年以前には、世界の天然で高品質な真珠の約80%がペルシャ湾の海域で漁獲され、中でもホルモズガーン州西部バンダル・レンゲ郡はバーレーンに次ぐ、ペルシャ湾における真珠と真珠貝の漁獲・輸出の中心地だったということです。特にラヴァーン島、シードヴァル島、ヘンドゥラビー島、キーシュ島などにある一部の港は、バンダル・レンゲ郡の海域における最も重要な真珠貝漁場とされています。しかし、真珠貝の資源量が急激に減少したため、近年、ペルシャ湾のホルモズガーン州の海域ではこの水生生物の漁獲が禁止されているということです。

さて、紺碧の美しいペルシャ湾には、これまでご紹介してきたような美しい色鮮やかな熱帯魚などが済む、さながら竜宮城のようなところに思われるかもしれません。ですが、ここには猛毒を持つなど、人間に危害を加えうる生物も数多く存在します。以下にそうした水生生物をご紹介していきます。
ペルシャ湾に生息する最も危険な海洋生物の一つがクラゲです。クラゲはペルシャ語ではArus-e Daryai(海の花嫁)と呼ばれますが、その名称とは裏腹に、毎年、毒クラゲによって命を落とす人の数は、サメによる死亡者数を上回ると言われています。このクラゲの触手は最大60本あり、長さは5メートルに達します。特にペルシャ湾に生息するアカクラゲは、数あるクラゲの種類の中でも最も毒が強く、刺されるとアナフィラキシー・ショックを起こすそうです。
具体的には、ペルシャ湾にはテンジクザメ、ジンベエザメ、シュモクザメ、オオメジロザメ、トラフザメなど、7種類のサメが生息しています。ただし、ジンベエザメはおとなしい種類とされています。サメは色を識別することができ、ネコのように夜間でも暗闇で物を見ることができるそうです。そのため、ダイバーや海水浴客はサメが出没する可能性のある海域では夜間の遊泳を避けるべきだとされています。
サメに次いで、海で最も恐れられ、最も獰猛な魚といえばカマス (Barracuda)だとされています。大きな口に鋭い歯を持つこの魚は、ヒトに対して特に攻撃性を示すと言われており、特に最近戦争で被害を受けたことで知られるホルモズガーン州をはじめ、イラン南部のほぼ全域に生息しています。なお、世界に生息する約20種のカマス科の魚のうち、4~5種がイラン南部の海域に生息しています。
ウニは世界中の海に生息する、小さくて棘のある水生動物で、900種以上が確認されており、ペルシャ湾にも生息しています。ウニによる怪我や中毒などの被害は、ほとんどが偶発的な接触や不注意な取り扱いによるもので、海水浴客、ダイバー、漁師などが被害を受けた事例が報告されています。ウニ(ウニ綱)は、特殊な棘によって毒による被害を引き起こすとされ、その初期症状としては、棘が刺さった部位の痛み、発赤、灼熱感、腫れ、炎症などがあり、刺さった棘が残ると肉芽腫、関節炎、滑膜炎など、さまざまな合併症を引き起こす可能性があるそうです。
ペルシャ湾にはエイも生息しています。代表的なものはアカエイと呼ばれる種類のものです。アカエイの大きさは様々で、体幅は25~30cmから1.8mまで、ほとんどの種は体長90cm以上になります。アカエイの歯は罠のように鋭く、非常に強い顎を持っていますが、人間にとって致命的な脅威となるのは、その強い顎ではなく、尾にあります。アカエイの尾には毒針があり、刺されると獲物の体を麻痺させます。場合によっては、アナフィラキシーショックを起こすこともあると言われています。
ミノカサゴ;ペルシャ語では「雄鶏の魚」、英語ではライオンフィッシュと呼ばれます。背びれに毒があると言われています。
このレポートをまとめている現時点で、まだ連日のようにイランとアメリカの攻撃の応酬をはじめ、周辺国や関係国とのやり取り、当事国のイランやアメリカの公式表明など、様々なニュースが入ってきています。しかし、軍事兵器を使用しての戦争が引き起こすのは決して、いわゆる戦闘行為そのものでの人的被害・物的被害のみにとどまりません。戦争による環境汚染や海洋汚染などにより、ペルシャ湾が誇る美しい自然的景観や動植物の多様性、ひいては自然環境や生態系にも確実に影響が及びます。筆者のイメージ、意識にあるのはあくまでも、十数年前に実際に足を運んで目の当たりにした、まさにイランの美ら海ともいえる美しい紺碧の海です。ペルシャ湾の海辺の町を潮風に吹かれながら散策し、沢山の貝細工などの郷土土産が並ぶ光景に胸を躍らせたこと、また夜のペルシャ湾に金波銀波が広がっていた様子は、今でも忘れがたい思い出です。しかし残念ながら今の現実では、一部の国や人物の思惑の強要により、かけがえのない物的・人的資産とともに、本来のペルシャ湾が持つ美しさまでもが毀損、破壊されているのではと思われてなりません。
ゲシュム島のマングローブ樹林
ペルシャ湾やカスピ海といった、海という要素は、砂漠や山脈などと同様にイランの自然の重要な構成要素でもあり、また、子供時代そして現在も千葉県に在住している筆者にとって、子供時代から親しみのある千葉県の外房・内房の海を想起させるものです。特にペルシャ湾、ホルモズ海峡は結局は太平洋、インド洋などを経て1つにつながっているのであり、自分が子供時代に親しんだ海と重なっているように感じられます。
現在のメディアで報道されるペルシャ湾は残念ながら、ホルモズ海峡の封鎖、船舶の通行料、攻撃の応酬など、その本来的な美しさとはかけ離れた要素ばかりです。中東情勢やペルシャ湾で起こっている現実の出来事に照らし、また私たちの実生活に直接かかわる部分が多いことから、決して目を背けることができないのは事実でしょう。しかしながら、一日本人としてイランに長年滞在し、実際のペルシャ湾やホルモズ海峡を見てきた身として、現状はあまりにも残酷なものです。一刻も早く現在の緊迫化した情勢が収束し、この海域や湾岸地域に存在する本来の良さが世界にもっと知られるようになることを願って、今月のレポートを締めくくりたいと思います。
ゆったりと泳ぐタイマイ
タテジマキンチャクダイの幼魚
