緑豊かな土壌と空、山岳地帯とともに階段状の泉が醸し出す絶景
黄昏時の茜雲を背景に
国内で真夏日の日数が記録を更新し、猛暑そしてかつてない厳しい残暑が続いていた日本も、最近ではぐんと気温も下がり、秋の到来が感じられるようになりました。
かなり前から地球の温暖化が叫ばれ、この夏は遂に「地球の沸騰化」という表現も登場するなど世界各地で「猛暑」が注目されていた中、本レポートでもイランでの暑さにまつわる話題をお届けしてまいりました。
そのイランでも最近は大分さわやかな気候に様変わりし、一部の地域では早くも暖房器具を使用し始めたという話も聞かれます。そこで今回は前回、前々回とは大きく話題を変えて、日本ではおそらくほとんど知られていないと思われ、「エッ!?これがイラン?」と驚きを誘うような、緑豊かなカスピ海地域の景勝地・バーダーブスールト泉をご紹介したいと思います。
バーダーブスールト泉は州内有数の憩いの場所
バーダーブスールトの泉については、2018年に3回ほどに分けて「カスピ海沿岸地域周遊への招待」と題した拙レポートの中で取り上げました。ですが、最近特にこの泉の絶景に関する情報を入手しましたことから、一般的に「砂漠の国」と認識されがちなイランの意外な見どころと知られざる絶景を、読者の皆様方にご覧いただければと思います。
まず、初めにお断りしておきたいのが、日本では一般的に砂漠の国と思われがちなイランに、日本と非常によく似た温暖湿潤気候区が存在しているということです。今回ご紹介するバーダーブスールト泉は、イラン国内有数の湿潤地帯とされる北部カスピ海地域・マーザンダラーン州(赤線で囲んだ地域)に位置しています。
特にこの州は、ご覧のように地理的に比較的近く、テヘランから車で最短で3~4時間ほどで気軽にアクセスできるリゾート地となっています。但し、この泉に行く際には、周辺にレストランなどがないことから、各自で飲食物を携帯していく方がよいそうです。
なお、気候やこの泉までの途中のルート上の都合などから、訪れる最適の季節は4~5月ごろとされています。
ちなみに、この泉を初めて訪れた外国の要人は、ロシアの地理学者ゲリゴーリ・マルグノフ(Malgoonof, Gerigoori.)だとされています。彼は1858年~60年にかけて任務を命じられた際、カスピ海南部地域に足を踏み入れており、自らの旅行記において「アール―スの泉」としてこの泉を挙げています。
さらにその後は、当時イラン駐在のイギリス領事だったLovett Beresfordが1881年、勤務地のテヘランから現在のイラン北東部ゴルガーンを旅行した際にこの泉を訪れ、「より完成度の高い美しさを備えている」と評しています。
それではここで、「カラフルな泉の階段」とも言うにふさわしいバーダーブスールトの泉の概略について概略的にご紹介しましょう。
この泉はイラン北部の、カスピ海に面したマーザンダラーン州の中心都市サーリーの南東95km、海抜1841mの地点に位置しています。
美しい緑の中に横たわるバーダーブスールトの泉
バーダーブとは、ペルシャ語で「ガスを含む水」を意味し、スールトとは「強い影響力があること」を指し、またこの泉があるオロスト村の旧名でもあります。
オロスト村の絶景
バーダーブスールトの泉は水をたたえた多数の段丘で構成されていますが、全体的な構成としては大きく2つの泉に分かれています。第1の泉は水の量が多い上に非常に塩辛いため、冬でも凍結しないそうです。長さは15mにも及び、また多くの旅行者の話では深さもあるということです。
しかも、その水には医学的な湯治効果もあり、脚の痛みやリウマチ、頭痛、皮膚病に効くとされていることから、多くの人々が訪れています。
第2の泉は、第1の泉の西側に位置し、酸味を含む水が湧き出ています。その水面は通常、赤やオレンジ色に見えますが、その原因は周辺に鉄の堆積物が見られことだとされています。
なお、この泉はトルコのパムッカレ泉に次ぐ、世界第2位の塩水泉とされています。
写真をご覧いただければお分かりのように、海抜1841mに位置するこの泉は多数の棚田のような泉が多数連なっています。この棚田のようなものは、数千年にもわたって形成された一連の階段状のトラバーチン(石灰質化学沈殿岩)段丘層で構成されています。
これらの段丘層が生み出す地形は、まさに風と水の連携によりできた大自然の大傑作といえるものです。水をたたえた無数の段丘が延々と連なり、七色の泉と評されるに相応しい、非常に珍しい光景を生み出しています。
このような地形ができるのは、海抜高度が高く、しかも常に穏やかな風が吹いている場所に沈殿物を含む水が沢山のしわのようなものを形成し、それがさらに長い時間をかけて棚田や段丘を生み出すと言われています。その結果、この泉を形成している段丘は数百、水をたたえている水たまり池のような部分は数十以上に上るそうです
満天の星空との共演も見事
青空と茶色の段丘側面、エメラルドグリーンの泉面が見事に調和
水色に輝く泉の階段
日本にも、石川県能登町に五色が浜として知られ、海水の色が様々な色に見えるとされる美しい海岸がありますが、バーダーブスールトの泉は言うなれば「五色が泉」といったところでしょうか。
段丘の側面にも色彩のバリエーションが。まさに「五色が泉」!
さらに、ここに存在しているいくつもの大きな1つの水溜りが形成されるには、200年から300年もかかるそうです。
大きな段差の上下にあふれるエメラルド色の水
側面から見た段丘状の泉
大きな泉に対し、経っている人の姿が小さく見えます。
あまりの大きさに思わず唖然
家族そろっての行楽地にも最適。きれいな湧き水に戯れる子ども
見事な段丘が重なる絶景をカメラに収める観光客
あまりの美しさ、水のきれいさに大人でもつい中に入ってみたくなります。
延々と続く段丘に座って一休み。
見学者が一息つける休憩所もあります。
夕焼けが泉面に反射
泉面が同時に青と緑に見えた瞬間。これに土の色が加わって見事な三色に。
泉の表面に立つさざ波
段丘面の縁に太陽が反射
雪をかぶった山脈とも見事に調和
雪化粧した冬のバーダーブスールトも魅力的です。
なお、かつては30km2ほどの総面積を誇っていたこの泉は、現在は地球温暖化による旱魃などの影響で1km2ほどに縮小してしまったということです。また一部の泉段丘は乾燥し、水が干上がり表面に割れ目が入っています。
ちなみに、この泉は2008年には、テヘラン東部のダマーヴァンド山とともに、イランの国有自然文化遺産に登録されています。
マーザンダラーン州はテヘランからも比較的アクセスしやすく、テヘランからの週末のリゾート地として知られていますが、この州には一見してイランとは信じがたい景勝地が数多く見られます。その1つが今回ご紹介したバーダーブスールトの泉であり、今後のイラン周遊ルートには、テヘランから比較的近い見どころとして是非、加えていただければと思います。
イランにはこの他にも、特に日本人の間でそれほど知られていないと思われる名所・景勝地が数多く存在します。今後も、そうしたイランの意外な見どころを随時ご紹介してまいります。どうぞ、お楽しみに。