ゴルメサブズィの盛り付け例;シーラーズ風サラダや米飯、ハーブ野菜などを添えて
イランをはじめとするイスラム圏は最近、通称ラマダンとして知られる断食月が明け、公共の場での日中の飲食が解禁されて平常に戻りました。しかし、イランをはじめ世界では新型コロナウイルスの勢いはいまだ衰えず、相変わらず厳しい状態が続いています。例年ですと、イランではラマダン中には日没後にモスクなどあちらこちらで、断食をした人々を労う大規模な会食・エフタルの場が設けられるのが普通でした。しかし、今年もコロナ蔓延の影響でそうした集まりごとが自粛され、ごく一部の場所で持ち帰り用に配布されるのみにとどまり、いささか寂しいラマダンとなりました。
この期間中、筆者も何度かそうした持ち帰り用のエフタル食の配布を受けました。その中から今月は、特にボリュームが多く断食後の栄養補給に適し、しかも普段からイランの家庭料理の定番、また来客用としてもしばしば食卓に上る人気メニューの1つで、ゴルメサブズィと呼ばれる、牛肉と赤インゲン豆・野菜の煮込みの作り方とこれにまつわる話題をお届けしたいと思います。
まず、この料理の名称や成立の歴史に関して少々ご説明したいと思います。ゴルメサブズィという名称は、トルコ語起源の語彙ゴルメ(貯蔵肉、細切れ肉の意)+サブズィ(野菜)という合成語です。この料理はおよそ100年ほど前からイランで作られるようになり、母親から娘に代々継承されてきた家庭料理の1つとされています。その調理法を簡単にご紹介しますと、複数の野菜のみじん切りを炒めたものを、牛肉または羊肉と赤インゲン豆とともに長時間煮込むというもので、通常は米飯とともに出され、イラン全国、また各家庭の間でも調理法にそれほど大きな違いがないのが特徴です。但し、北部カスピ海地方では、地元で取れた野菜を用い、また南部ペルシャ湾岸地域では酸味と辛味が少々強くなる、という若干の違いは存在します。
伝えられるところによりますと、この料理は当初は農耕民族の間で生み出され、彼らが家畜を屠殺し脂肪分を除去して、さらに適当な大きさに切り分け、さらに家畜の脂肪分から調理用などの油脂を作る際に、この際にできた新鮮な肉を煮てから野菜と乾燥レモンを加える、というプロセスを経て成立したということです。
さて、それではここからは、実際のゴルメサブズィのレシピと調理法をご紹介してまいりたいと思います。イランでは、このメニューに関しては羊肉が使われることが多くなっていますが、牛肉でも代用できますので、ここでは牛肉を使った方法をご紹介することにいたしましょう。また、本来は小さめの乾燥レモンを使用しますが、レモン汁でも代用できます。なお、米飯につきましては、先月の拙レポートにて、湯取り法による作り方をご紹介しておりますので、そちらをご参照ください。
<用意するもの>(目安は3人分です)
牛肉(骨と脂肪分を除いたもの) 500g
タマネギ 大1個
サラダオイル 250g
レモン汁 適量
赤インゲン豆 1カップ
パセリ、ほうれん草、ニラ、ミント、コリアンダー、フェネグリーク(和名コロハ、もしあれば) 合計1kg
ターメリック、塩、胡椒 適量
米 3カップ
<調理法の手順>
まず、赤インゲン豆を前日の夜から水につけて、調理時に柔らかくなるようにしておいてください。
1.牛肉を一口大の適切な大きさに切り、タマネギをみじん切りにし、フライパンで一緒に炒める
2.適量のターメリックと胡椒を加えてさらに炒める
3.水につけて柔らかくしておいた赤インゲン豆を加える
4.ひたひたになる位の水を加えて、肉と豆が半煮えになるまで中火で煮込む
5.野菜を洗ってみじん切りにし、別のフライパンで適量のサラダオイルで炒める。なお、筆者の個人的な感覚では、最初は油なしで野菜のみをいため、野菜から出てくる水がなくなったところで適量の塩を加え、さらに水分がなくなって少々野菜に焦げ目がついたところで、油を加えるのがよいかと思われます。
6.炒めた野菜を、4.の肉と赤インゲン豆に加え、適量のレモン汁を加えて、肉と豆が完全に煮え、野菜となじむまで、目安としては深緑色の油がにじみ出てくるまで弱火でゆっくり煮込む
7.米飯を湯取り法で作っておき、肉と豆が完全に煮えて、野菜独自の風味が出てきたところで適切な器に盛り付ける。出来上がったときに、以下の写真のように、炒めた野菜から深緑色の油がにじみ出てきていれば完璧です。
なお、付け合せには先月ご紹介したシーラーズ風サラダのほか、ハーブ野菜やヨーグルト、ピクルスなどが加えられることが多いようです。
ところで、ペルシャ語にはこのゴルメサブズィが使われていることわざが存在しますので、ここでその意味と典拠・由来をご紹介したいと思います。
・「断食なしの礼拝、嫁入り道具なしの花嫁、タマネギなしのゴルメ」;ラマダン期間中にいくら断食をしても、礼拝をしなかったのでは断食は無効とされます。嫁入り道具なしに全くの手ぶらで他家に嫁ぐことは、普通はないと思われます。また、今回ご紹介したゴルメサブズィを作るのに、まず肉とタマネギをしっかり炒めなければ、おいしい風味が出てきません。このことから、このことわざは不完全あるいは未完成のもの、または片手落ちを意味するようになりました。
・「頭からゴルメサブズィの匂いがする」;自分より目上の人や絶対的な権力のある人などに対する不遜な言動により、厳罰に処せられるべきであることを指します。
これは、特にサファヴィー朝など王が絶対君主とされていた時代に、王や上級官僚などに対しそれより下の身分の者が不遜、大胆な発言をした際に断罪などの極刑に処せられ、処刑された者の頭を煮込んで料理を作るということが行われていたことに由来する、といわれています。
なお、前回の拙レポートにおきまして、炊飯器を使用せずに鍋で米を半煮えにしてから水を切り、蒸らすという「湯取り法」をご紹介させていただいたかと思います。これに関しまして、イランの食文化では、「おこげ」が重視されており、ペルシャ語では「タハ・ディーグ」(釜の底の意)と呼ばれ親しまれています。米飯を湯取り方式で作る際、半煮えの米の下に油を敷き、薄手のパンや薄く切ったジャガイモなどをその上に敷いて、おいしいおこげを作る、ということがよく行われています。これがまた、香ばしく独自の風味があり、来客用メニューでも米飯とは別におこげを出すこともしばしばです。しかも、このおこげの作り方も実に様々で、米飯のほか、スパゲッティをソースとともに蒸らす際にも応用されています。以下に、おこげの調理例をご紹介します。
スパゲッティを作る際にジャガイモを敷き詰めた例
米飯の間にほうれん草を挟んだ例
レタスを敷いた例
スパゲッティのパスタの下に玉ねぎの輪切りを敷いた例
半煮えの米を別の鍋にあける前に、ヨーグルトとサフランを混ぜた例
おこげの盛り付けにも工夫を凝らした例
おこげによる「芸術作品」
おこげがご馳走の1つであることは、イランの食文化の興味深い特徴の1つと言えるかもしれません。しかも、米飯をよそうのにも、イランでは茶碗ではなく、日本での銘々皿よりはるかに大きめの皿が使用されます。また、そうした米飯とともに食べるおかずは主に、肉などをじっくり煮込んだものが多くなっています。
今後まだしばらくは、自宅で多くの時間を過ごさなければならないかと思われます。そうした「おうち時間」に、もう1つのイラン料理の風味をお楽しみいただければ幸いです。この機会に、皆様がイラン料理をきっかけとしてそれまでになかった新しいものに触れ、また1つ世界を広げていただけますことを願っております。
次回のレポートも、どうぞお楽しみに。