中東最大規模とも言われる南西部デズフールのシェヴィー滝
国内有数の規模と知名度を誇る北部ラートン滝
季節的ながらも最大800mもの落差を誇るタッフ滝
日本の4倍半もの国土面積を誇るイランは、実に多様性に富んでいます。前回は、南部にある「塩分の結晶のドーム」をご紹介しましたが、これはイランに存在する大自然のごく一部に過ぎません。これまでにも、イランは決して一般的なイメージとしての砂漠だけにとどまらず、様々な見所や絶景が存在することをお話してまいりました。イランは気候風土の多様性に恵まれていることから、「山あり谷あり」に加えて湿原や湖、外海、河川、滝、洞窟、温泉や火山、洞窟や樹林、離島などが存在しています。
ところで、世界で名だたる滝といえば、世界一の規模を誇る北米ナイアガラの滝や、南米ベネズエラのエンジェルフォール、アフリカの「ビクトリアの滝」などが思い浮かぶのではないでしょうか。しかしその一方で、イラン国内にも大小さまざまな滝が存在しています。これまでにこのレポートにおきましても、何度かイラン国内にある景勝地を訪問した際に遭遇した滝をご紹介してまいりました。「イランに滝!?」と思われるかもしれませんが、山地や峡谷の多いイラン国内の景勝地として滝は決して見逃せません。
イランには現時点で、季節を問わず常に存在する滝が約300箇所あるとされ、それぞれの滝が自然愛好家などの注目を集めるユニークな特徴を有しています。また、その落差や美的景観、大きさなど、滝の注目点はいくつもあるかと思われます。そこで今回は、そうした点に注目した上で、一般的なイメージからはおそらく思い浮かばないと思われる、特に注目したいイランの滝の数々をご紹介しましょう。
日本でも厳しい残暑が続いている中、大量の水しぶきを上げて流れ落ち、絶好の避暑地・憩いの場としての滝の話題により、少しでも涼しさを味わっていただければと思います。
まずは、常時流水する滝としては174mというイラン最大の落差を誇るヴォルヴァール滝をご覧ください。
この滝は、南東部ケルマーン州アンバルアーバード郡を走るジャッバーレバーレズ山脈のごつごつした岩肌を流れ落ちています。この滝の水源は、同山脈の一部を形成するアラムシャー山のジャッバーレアーレズ峰(標高3740m)にあります。なお、この山脈は250kmにも達し、イラン南東部を走る山脈では最長とされています。
当然ながら、この滝を見学できる場所へのアクセスは決して容易ではなく、川を渡る必要があるとともに、大きな花崗岩が連なる歩きにくい場所を通過しなければなりません。
ですが、いざ目的地に着いて、目の前に開けるこの壮観な滝を目にしたときには、それまでの疲れも一気に吹き飛ぶのではないでしょうか。
次に、国内有数の落差と規模、そして景勝地として知られるラートン滝(北部ギーラーン州)をご覧いただきましょう。
遠くから見ても迫力満点
ラートンの滝はエルブルズ山脈東部、イラン北西部ギーラーン州アースターラー郡ラヴァンダヴィル市およびクーテクメ村にまたがり、同市から9kmの地点に位置しています。幅は5mほどですが、落差はイラン最大の105mにも及び、世界でも有数の落差の大きい滝に数えられるとする説もあります。種類としては、日光の華厳の滝のように、滝口から滝壺まで垂直に一気に落下する直瀑(ちょくばく)に部類されます。
これほどの大きさがあることから、5~600m離れた場所からもくっきり見えます。滝つぼ付近で休んでいる人々と比べても、この滝の落差が見て取れると思われます。とにかくスケールの大きさは驚異的
上空から見たラートン滝口
この滝の水源はエスピナース山の東斜面で、長さ17kmのラヴァンダヴィル川に注ぎ、急勾配でクーテクメ村およびラヴァンダヴィルに向かって流れ、最終的にはカスピ海に注いでいます。ちなみに、この滝は、2020年にイランの国の自然遺産(日本での天然記念物に相当)に指定されました。
ちなみに、ラートンの滝は四季折々に特有の絶景をかもし出しており、その季節独自の美しさを見せてくれます。春先のラートン滝
美しい紅葉と共演
見事に雪化粧
次に、美的景観を誇る滝としては国内最高とされるマールグーン滝をご紹介しましょう。部類としては途中でいくつかの流れに別れて落下する分岐瀑(ぶんきばく)に属します。
マールグーン滝は南部ファールス州の中心都市シーラーズから130km、同州セピーダーン郡マールグーン村の近隣にあります。この滝の特徴として興味深いのは、国内のその他の滝とは異なり、水源が河川ではなくこの滝のさらに上方にある岩山の中の泉であることです。そのため、この滝は「泉の滝」とも呼ばれています。また、落差は70m、幅は100mにも及び、泉を水源とする滝としては、世界有数の落差を誇ります。さらに、夏でも水温が10℃ほどであることから、避暑地としても好まれています。
マールグーン滝での夏の水遊びは最高です
しかし、やはりなんといっても、この滝の最大の特徴は数多くの滝の集合体が独自の絶景を生み出していることではないでしょうか。
冬のマールグーン滝
次に、ペルシャ語で「苔の滝」を意味するキャブードヴァール滝をご覧ください。ペルシャ語ではキャブードヴァール滝と呼ばれているこの滝は、上の写真からもお分かりのように、苔むした岩面を水が流れ落ちているという、非常にユニークな滝です。なお、キャブードヴァールとは、現地の方言で「青い」、そして「水の小川」を意味する2つの言葉の合成語です。
この「苔の滝」はイラン北東部ゴレスターン州の美しい緑豊かな原生林に覆われた山の中にあります。そして、この地域にはその他にも一連の滝 (約7つの滝)、ナーナムキャブードヴァールと呼ばれる河川、広大な湖が横たわっています。滝のそばを流れる小川
なお、これまでの研究によりますと、この滝の歴史は数千年前、あるいには数百万年前に遡るとされています。それは、古第三紀にあたる数百万年前(2,500万年前から5,000万年前)の化石がこの滝の隣に存在していることによります。
憩いの場でもあるとともに、この滝の水源となっている泉の水は飲料にもなるそうです。
紅葉が始まった時期の「苔の滝」
次に、イラン北部に位置するヤヒー滝をご覧ください。ヤヒーとはペルシャ語で「氷の、氷のように固まった」という意味を表しています。その名の通り、流れ落ちる水が白く固まっているのがお分かりいただけるかと思います。この滝は正確には、テヘラン北部に隣接したマーザンダラーン州アーモル郡、ダマーヴァンド山脈南部の海抜5100mの地点に位置しています。そして、これまでにご紹介してきた滝とは異なり、流水状態にあるのは毎年6月下旬から8月下旬くらいまでの数ヶ月間のみで、それ以外のシーズンは常に凍結しています。暖かいシーズンのヤヒー滝。流水時の貴重な時期。通常の滝のように水が流れ落ちている季節は年間を通してごくわずかの期間のみ
残雪に覆われ凍った状態
落差は7~12m、幅は3mほどですが、非常に珍しい部類の滝といえるのではないでしょうか。
では、以下の写真で本格的に凍結している状態の、名実ともに「氷の滝」というに相応しい冬本番のこの滝をご覧ください。この滝は、本格的な冬には完全に凍結することから、その表面を登ることも可能です。
凍結した滝の表面を登るクライマー
余談ですが、ダマーヴァンド山脈といえば、日本の富士山にも景観が非常に類似し、「イラン富士」とも評されるダマーヴァンド山が有名です。この地域を訪れたついでに、「イラン富士」にもご注目いただければと思います。日本の富士山を連想させるダマーヴァンド山(標高5611m)
さて、特にイラン北部から北西部にかけては、緑豊かな地域が広がっていますが、次にご紹介するのは北西部・東アーザルバーイジャーン州ジョルファー郡にあるアースィヤーブ・ハラーベ滝です。ここは、イランとアゼルバイジャンの国境地帯であるアラス地区に位置しています。
この滝の名称であるアースィヤーブ・ハラーブとは、ペルシャ語で「壊れた水車」を意味しています。このような名がつけられた理由としては、昔からこの地域には水車が存在しており、現在はその廃墟・遺構だけが残っていることが挙げられます。
この滝の最大の特徴は、一部苔むした大きな岩の上を、多数の流水が連なって流れ落ち、独特の景観を生み出していることです。
「水のカーテン」のようなアースィヤーブ・ハラーベ滝
特に、春から秋にかけての行楽シーズンには、たくさんの人々がここを訪れています。
また、この滝のある地域は緑が豊かであるとともに、比較的冬の寒さが厳しく、積雪もおおいことなどから、四季折々の美しさを見せてくれます。
ちなみにこの滝の近隣には、ユネスコ世界遺産にも登録されている「アルメニア教会建築群」の1つである、聖ステファノス教会があります。
では次に、視点を一気に北部から南西部に移し、イランで最も美しい滝の1つとされるとともに、中東最大規模を誇るシェヴィー(またはシューイ)滝をご紹介しましょう。この滝は幅が約70mにも達し、人々の憩いの場所にもなっています。壮観な風景を誇るシェヴィー滝
滝への入り口を示す看板。地元では「シューイ」と呼ばれている
この滝は、南西部フーゼスターン州デズフール郡シェヴィー村(正確には同州とロレスターン州の境)にあることから、この村と同じ名がつけられています。また、シェヴィーとは、地元で話されているロル方言で「優美」を意味し、滝として特に美しい景観や原生的な様相からこの名がついたということです。
では、以下にその名実ともに美しい滝と呼ばれるに相応しい、シェヴィー滝の絶景の数々をご覧ください。
紅葉との共演も見事
新緑に覆われるシェヴィー滝
そのスケールの大きさは中東でも最大規模を誇る
ちなみに、この滝は今から10年前に国の特別自然遺産に指定されました。
ついでながら、この滝の脇にはもう1つの滝があり、第2のシェヴィー滝、もしくは「蛇の石」として知られています。この滝は水量の差が大きく、幾重にも重なった岩の層が見られるのが特徴です。また、近隣には水遊びができる天然の池や水溜りがいくつもあります。シェヴィー滝を訪れたついでに、ここで水遊びを楽しむのもいいかもしれません。
そして、同じくイラン南西部コフギルーイェ・ブーイェルアフマド州には、国内で非常に知名度の高い滝の1つ・キャマルドゥーグ滝があります。高さが100m近くあり、幅は60mにも及ぶこの滝は、コフギルーイェ・ブーイェルアフマド州キャマルドゥーグ村にあります。
地元の方言ではこの滝はキャマルドゥと飛ばれ、当地に残る資料文献によれば、キャマルとは硬く真っ直ぐな壁を意味し、このことから滝が壁の形状であることを指します。また、風が吹くことで水の通り道が幾重にも分かれ、粉状の水しぶきとなります。さらに、この滝の水源には塩分が含まれていることから、この粉状のしずくが白く見えます。このことから、地元民はこれを白いヨーグルトドリンク(ペルシャ語でドゥーグ)に例え、その結果この滝はキャマルドゥーグと呼ばれるようになったということです。
では次に、西部ロレスターン州にあるビーシェ滝をご紹介しましょう。ビーシェとはペルシャ語で「茂み」、「小さな森」などを意味します。この滝は以下の写真からもお分かりのように、樫の樹木の間からいくつもの分水が流れ落ちており、滝口が小さな茂みの端に位置する形となっています。この滝は落差が約48m、滝口はおよそ20mほどとなっています。
紅葉シーズンのビーシェ滝
ビーシェ滝は、西部ロレスターン州の中心都市ホッラマーバードからおよそ65キロの地点にあります。特に、この地域にはビーシェという鉄道駅があることから、国内各地から多数の観光客がここを訪れています。
夏の水遊びの場としても最適
ちなみに、ビーシェ滝はイランで48番目となる国有遺産に指定されています。
さて、ただいまご紹介したロレスターン州は、国内でも非常に滝が多い州であり、同州内には50箇所以上もの滝が存在しています。そこで、この州が誇るもう1つの著名な滝・ノウジヤーン滝をご紹介しましょう。ノウジヤーン滝は落差がおよそ95mにも達し、やはりイランの国有遺産に指定されています。この滝の名称の語源となっている「ノウジ」とは、現地で話されるロル方言で「レンズマメ」を意味しており、この地域一体において大量のレンズマメが生産されていることに由来します。いくつもの大きな岩石の間を流れ落ちるノウジヤーン滝
この滝は、中心都市ホッラマーバードの南東51km、タッフ丘陵の上にあるノウジヤーン樹林地帯を水源としています。また、周辺はサンザシや樫の木が多数自生しているほか、薬草も多く生えていることから、この滝の見学のついでに薬草摘みもできるそうです。
さて、ここまでは常時流水するイラン国内の滝のうち、美的景観や規模、落差などの点で特に注目に値する滝の数々をご紹介してまいりました。しかし、実はイランにはこれら以外にも、季節的に流水が見られる滝も存在します。今回は最後に、そうした季節的に出現する滝ながらも、水量の多い時期には最大落差が約800mにも達するタッフ(別名;ベレンジェ)滝をご紹介しましょう。この季節的な滝は、ロレスターン州アリーグーダルズ郡の海抜3500mの山脈地帯にあります。ベレンジェ山系・丘陵地帯にあるため、同名の滝とも呼ばれています。部類としては、落下の途中に岩盤(段)があって,水が段に衝突して更に落下する段瀑に属します。落差はその折ごとに異なりますが、最低約500mから最大800mにも及び、一部の資料では落差の面では世界で13位にランクされているそうです。数百メートルの落差を誇るタッフ滝は迫力満点
冬の終わりから春にかけて増水
合計3段に跨るタッフ滝年間を通して流れるこの滝の水の量に非常に大きな差があり、冬の終わりから6月半ば位かけて水量が増し、それ以外の時期は水かさは非常に少なくなります。
さらに、この滝についてはまだ解明されていない部分が多くありますが、その歴史は数千年にも及ぶと推定されています。
さて、今回もおそらくは日本の一般的なガイドブックなどではほとんど見られないと思われるイランの景勝地としての滝をご紹介してまいりましたが、いかがでしたでしょうか。
イランの自然といえば、まずは砂漠、そしてカスピ海やペルシャ湾、ダマーヴァンド山やエルブルズ山脈、ザグロス山脈などが代表的でしょう。しかし、初めにお話しましたように、イランには300箇所以上にも及ぶ滝があり、今回のレポートでご紹介したもの以外にも数多くの滝が国内各地に散在しています。それこそ、砂漠・サファリ散策ならぬ滝めぐりを中心とした「イランの滝見学ツアー」といったプランが組めるかもしれません。このように、イランは史跡のみならず自然散策においても話題に事欠かない魅力を多数備えています。このレポートでは今後も、イランの知られざる魅力をたっぷりとお届けしてまいります。次回もどうぞ、お楽しみに。