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今年の4月29日にFAO・国連食糧農業機関は、カナートと呼ばれる、イランの古くからの地下水路システムを、正式に世界農業遺産に登録しました。GIAHS・世界農業遺産システムの学術実行委員は、これについて次のように語っています。
「イランのカナートは、数千年の歴史を誇り、砂漠地域で最も重要な農業用水の水源である。このシステムは、イランでは中部の町カーシャーンといった、一部の都市の周辺では驚くべき存在とされている」
現在、世界11カ国における25の農業システムが、世界農業遺産に登録されています。今回は、この興味深い地下水路システムについてお話することにいたしましょう。
イランでのカナート発明の経緯と背景
イランは、その気候や地理的条件から、水の少ない国とされています。歴史を通して、イランでは水不足というこのハンディを克服するため、独自のさまざまな努力が行われてきました。こうして最終的には、水への切実な必要性により、イラン人の持つ才能や知識は、特異な技術に向かうことになります。そうした試行錯誤の中で、驚くべきシステムとして生まれたのが、地下水を含む層から水を引いてくるカナートです。実際に、カナートは地下水を含む帯水層を壊すことなく、これを恒常的に利用するための手段なのです。このため、数千年間地下水源にダメージを与えることなく、これを恒常的、合理的に利用するという方法が続けられてきました。イランの人々は特に、農業用地を利用する際にカナートを利用し、異常気象や干ばつを乗り切ってきたのです。実際に、この方法により天然資源を守ることに成功しました。おそらく、乾燥地帯、或いはこれに順ずる気候区分に属するイランで数千年に渡る文明が存続したのは、カナートの存在に負うところが大きいと言えます。
世界に広がるカナートとその仕組み
カナートは、歴史上最も驚くべき集団作業の1つといえます。歴史や考古学者の発見が証明しているように、この重要な技術はイラン人による独自の発明であり、次第に西ヨーロッパや北アフリカ、中国、さらにはチリなどの南アメリカといった、世界の他の地域にまで広まって行きました。
カナートは、地域によってはカレーズとも呼ばれ、複数の連なった井戸により構成されており、これらの井戸は地下水路に繋がっています。カナートは、複数の井戸が一定の間隔で設けられ、それらの井戸が地下水路により繋がった構造になっているのです。これらの井戸は、地下を掘った際に出る物質を外に出す搬出経路としての役割に加え、地下水路の換気を行う役割も果たし、カナート内の清掃やメンテナンス、点検のための通路でもあるのです。カナートは、その中心部から水が外に出てくる仕組みになっており、その水は灌漑やそれ以外の目的に利用されます。
カナートの最初の部分は、母井戸と呼ばれる、最初に地下の帯水層に届く第一の井戸にあります。カナート全体の距離は、そこから出てくる水の量を左右しますが、自然条件によっても異なってきます。そうした条件は、帯水層につながる井戸の深さに関係があります。地下水を含む地層の場所が深ければ深いほど、この井戸も深くなります。また、カナート全体の距離を決定する最大の要因は、地面の傾斜です。地面の傾斜が緩いほど、カナートの全長が長くなり、傾斜が急になればなるほどカナート全体の距離は短くなるのです。
世界でもまれなカナートの発明により、大量の地下水を集めて地上に送ることができるようになりました。カナートにより送られる水は、天然の泉の水と同様に、年間を通して、また他の道具を一切使用することなく、地下から地上に送られ、農業用水に利用されています。
カナート研究者の間では、カナートはイランで初めて発明され、紀元前のアケメネス朝時代にイラン人によって、オマーンやイエメン、そして現在のソマリアやエチオピアに当たる東アフリカに広まって行った、として見解が一致しています。その後、カナートはイスラム教徒によりスペインに持ち込まれました。歴史上最も古いカナートは、イラン、アフガニスタン、そしてタジキスタンにあります。現在、世界34カ国にカナートが存在していますが、イランでは4万箇所という、他の国々のカナートの合計を会わせた何倍もの数のカナートが、現在も実際に使われています。イランのカナートで最も重要なものは、北東部のホラーサーン地方、中部ヤズド州、南東部ケルマーン州、中部マルキャズィー州、そして南部のファールス州にあります。この灌漑システムが発明されてから数千年が経過しているにも関わらず、現在もイランの集落や住宅地、農地や牧草地で利用されており、乾燥地域における農業の重要な柱となっています。
カナートの本場・イランにある特徴的なカナートについて
世界最大、また最も深い母井戸を持つカナートは、イラン東部・ホラサーン・ラザヴィー州のガナーバードにあるガスバ・カナートで、これが掘削されたのは紀元前のアケメネス朝時代に遡ります。このカナートは、2500年の歴史を持ち、この行政区にある2000ヘクタール以上の農業用地の伝統的な灌漑に使われています。全長が33キロ133メートル、深さ340メートル、470箇所の井戸を持つガスバ・カナートは、ごく簡単な測量によって引かれ、5万6000トンの土砂が運搬されたといえます。このことから、エジプトのピラミッドの建設の際よりも多い土砂が運搬されたといえます。ガスバ・カナートは、世界で最も深いカナートで、偉大な文化・文明の遺産として、確実に人類の文明の驚異の1つに数えられます。
イランで最も水量の多いカナートは、イラン南部・ファールス州にあるアクバルアーバード・ファサーのカナートです。また、イランで最も古いカナートは、イラン中部・アラークにあるエブラーヒームアーバードのカナートとされています。さらに、イランで最も驚くべきカナートは、イラン中部・ヤズド州アルデスターンにある2階建てのムーン・カナートで、今からおよそ800年前に建設されました。このカナートには共通する井戸がありますが、帯水層に通じる母井戸と実際に水が出てくる井戸の水のくみ口が異なっています。また、テヘランとその南部の町レイにあるかナートはかつて、テヘラン南部ヴァラーミーンの灌漑に使用されており、30年前までは世界で最も水量の多いカナートとされていました。しかし、この20年間で母井戸が壊れ、また土砂の除去が出来なくなったため、以前のような灌漑はできなくなっています。このカナートが建設されたのは、サファヴィー朝とガージャール朝時代に遡ります。現在、テヘランにはおよそ300箇所のカナートが存在していますが、その一部は互いの機能を喪失させています。
イラン南部・キーシュ島にはさらに、魅力的な古いカナートが存在します。2000年の歴史を誇るこのカナートは、1992年に発見されました。これは、地下都市とともに建設されており、キーシュ島の見所の1つとなっています。このカナートには、過去にカナートの掘削のために掘られた井戸が見られます。これまでに、このカナートでは200箇所の井戸が確認されており、14メートルから16メートルの間隔を置いて井戸が設けられています。このカナートの井戸の天井は、厚さが2メートルから15メートルの珊瑚の層で構成され、逆に最も下の部分は水が浸透しない土で構成されています。こうした特徴により、雨水がさんご層に浸透した後、地下深くの浸透性のない土の層で、地下水の層が形成されます。現在も、このカナートの地下15メートルの部分で、観光や商業向けの地下都市が建設されています。
カナートに対する今後の展望
言うまでもなく、西暦2000年代においては将来を見据える現代人にとって、水資源の危機は最大の懸念事項となっています。水資源の危機により、世界各国は水が発展における中心的な存在であることに注目し、貯水されている地表水の利用や開発、改善、再生と、その維持のために、包括的な運営を行うようになりました。カナートの経済的な地位と、このシステムを利用した永久的な発展の実現、歴史的な価値、そしてその文化的なアイデンティティー、これらの点によりFAO・国連食糧農業機関は、カナートというこのイランの偉大なシステムを、世界農業遺産に登録することになったのです。この措置により、世界の他の国々もこの価値あるシステムに注目し、自国の気候に適した形でカナートを使用するようになりました。さらに、今回世界農業遺産に登録されたことで、これまで以上にカナートの技術やシステムの再生に対して、真剣に注目する必要性が認識されているのです。