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イランの文化に見るパン

イラン式パンの一種;サンギャク

イラン式朝食の一例

早いもので、2020年もあとわずかとなりました。本年はアメリカとイランの間の緊張で幕を開け、その後は新型コロナウイルスの世界的流行であっという間に過ぎ去っていった感がいたします。すっかり冬本番を迎えたイランでも、まだまだコロナの勢いは衰えず、政府や行政サイドはしきりに全国的な注意を呼びかけています。寒さが益々厳しくなり温かい食べ物が欲しくなるこの季節、イランの街角の至る所で朝早くから夜まで熱いかまどの中で次々に出来上がり、人々が行列を作って待っている食べ物があります。それはナンと呼ばれるイラン式のパンです。

パンやさんの前で行列を作り、パンの出来上がりを待つ人々

「いらっしゃーい!出来立てのパンはいかがですかー!」

 

人類史において、人間が初めてパンを焼いたのは今から数千年前の新石器時代だとされています。パンの主成分となる小麦は、栄養面で重要な役割を果たしており、またイスラム教国のイランでは、特にパンは神からの恩恵、聖なる存在として非常に大切にされ、日本人にとっての米に相当すると言えます。買ってきたパンを自宅で保管する際にも、誤って何かをパンの上に置いてはいけないなど、パンは特別の敬意の対象として扱われています。もちろん、イランの食文化でも米飯は主食とされ、イラン料理に欠かせない要素ですが、それとは別に、イラン式のパンであるナンはイラン人にとって身近な存在であるとともに、イランの食文化において独自の位置づけを有しており、イラン人の生活や意識に深く根ざしているように思われます。

近年、日本でも国際化が進むとともに、さまざまなエスニック料理レストランもよく見かけるようになりました。インド料理店ですと、ナンがメニューの付け合せに出てくるのはもうお馴染みではないでしょうか。また、スーパーなどでもエスニック料理の材料や調味料をはじめ、ナンが店頭に置かれているケースも少なくないようです。しかし、イランではナンが一食材としてのみならず、重要な文化・意識を形成しているといっても過言ではありません。そこで、本年の最後のレポートでは、イランの文化にみるパンというテーマでお届けしてまいりたいと思います。

 

今から120年ほど前のテヘラン市内のパン屋さん

 

イランではパン職人という職業は、数ある職業の中でも1日あたりの就労時間が非常に長く、また祝祭日、一般の休日においても就労率の高い職業とされています。

まず、イランでパンといえば、朝食の主役、ということになるのではないでしょうか。カスピ海沿岸地域などでは、日本のように朝食に米飯を食べる地域もあるそうですが、イラン式の朝食の代表といえば、温かいパンに紅茶やバター、チーズ、ジャム、と来るのが一般的で、新鮮なハーブ野菜を包んで食べることもあります。

 

現存する史料文献や碑文などによりますと、人類が初めて小麦を捏ね上げてパンを焼いたのは、現在より8000年から6000年も前のギリシャ・ローマの人々、または9000年前の古代メソポタミアのシュメール人だとされ、当時は現在のような専門のかまどではなく、日光の灼熱で熱した石の上にパン生地を乗せて焼いたとされています。

日本語においては、パンという言葉はポルトガル語からの借用語とされ、もともと日本の食文化にパンは存在せず、外国から入ってきたものであることはよく知られています。

イランでは、少なくとも紀元前6000年から7000年の時期にパンの原料となる小麦の存在が知られ、既に栽培が行われていたとされています。考古学的な史料からは、現在のイラン東部セムナーン州ダームガーンおよび、南部ファールス州タフテジャムシード(通称ペルセポリス)に当時小麦が存在していたことが判明しています。そして、イランで初めて原始的なパン製造が行われたのは、紀元前のアケメネス朝時代とされ、当初は薄手の平べったいパンが多く作られるのが平常で、宗教的に重要な日や国民の祝祭日などには太く厚みのあるパンが作られていたということです。また、当時は家族に必要な食材も原則的に自給自足であったことから、パンを焼くという作業はそもそも、家庭をあずかる主婦が主に担っていたということです。

イランでは、いわゆる伝統的な種類のパンのほかに、日本の食パンとほぼ同じ形式のものや、ナーネ・ファンタジーなどと呼ばれる、ヨーロッパ風のパンも出回ってきています。

しかし、やはり主流を占めるのは、街角に見られる伝統的な形態のパン屋さんが1つ1つ丹精こめて生地を練り、焼き上げる出来立てのほかほかのパンだといえるでしょう。そこでまず、イランの日常の食卓に登場する主なパンの種類についてご紹介してまいりたいと思います。イランの伝統的なパンは、主に以下の4種類に分けられます。

1つめは、サンギャクと呼ばれるものです。これは、底に小石を敷いた特別のかまどで焼かれることから、ペルシャ語で「石」を意味する「サング」という言葉が含まれています。日本語でいう「石焼きパン」に相当するのではないでしょうか。このため、出来立てのこの種のパンは、生地に小石がいくつも付着していることもあり、またそのほかのパンとくらべて、茶色い外見となっているのが特徴です。サンギャク・パンは、数あるイランの伝統的なパンの中でももっとも古くからイランで製造されており、一説によりますと7世紀のイスラム伝来以前、特にサーサーン朝時代から作られていた、と言われています。

焼きたてのパンを手にポーズ

なお、このたびテヘランのパン製造業者委員会のある関係者の方に、イランでのナンおよび、サンギャクの出現の歴史についてお話を聞くことができましたので、ここにご紹介したいと思います。

それによりますと、今から500年ほど前にイランがサファヴィー朝の治世にあったころ、当時の為政者アッバース大王は軍勢を率いての遠征の際に、携帯用の主食としてのナンと副食を必要としており、いずれの町に遠征した際にも、遠征先に自軍の兵士らが食するナンを製造できるナン屋が必要だと考えました。そこで彼は、当代切ってのイランの学者シェイフバハーイーにこの問題の解決を依頼したということです。

しかしながら、様々な町・地方に遠征するわけですから、当然ながら生産される小麦の質には町や地方ごとに違いがありました。それでも、ナンを作る際には焼きあがったときに、決して生地がばらばらになってはいけません。そこで、様々な地域の小麦を混合した上に、栄養価を考え、また消化を助けるべくフスマも加えられました。このようにして出来上がったパン生地は、幾分茶色味を帯びており、また普通の生地よりも粘着力が低いことから、熱した石の上に乗せて焼く必要があったということです。

このように、この種のパン生地が非常に柔らかく、一定の形状を維持しにくいことから、当時の大学者シェイフバハーイーは、今で言うサンギャク・パンを焼く専用のかまどを考案した、と言われています。

こうして現在の形態に定着したサンギャクは、風味や消化のよさなどの点でイランで最も優れたパンとされ、人々の間で脚光を浴びるようになったとともに、イスラム教徒の断食月であるラマザーン月には、断食終了後の栄養補給源として盛んに食されています。

なお、サンギャク・パンの製造には、高品質の小麦とフスマ、少量の塩のみが使用され、大麦などのほかの穀類は一切使われません。このため、ビタミン、たんぱく質、鉄分、カルシウム、食物繊維などが豊富に含まれ、イランで作られているほかの伝統的なパンよりも栄養価が高く、また消化がよいことから最も優れたパンとされています。また、ある学説によりますと、特に成長期の子どもにとって、脳神経系の発達や知能・行動面での成長にも有益だそうです。

 

さて、次にご紹介するのは、ラヴァーシュと呼ばれる薄焼き型のパンです。これは、酵母を使わずに小麦粉、水、塩のみで作られる種無しパン(フラッドブレッド)に属します。

なお、ラヴァーシュという言葉の起源はアルメニア語とされ、一説にはアルメニア語で手のひらを意味するlawという言葉が起源ではないかと言われています。

イランでは毎日、朝食にパンを食べることが多いため、まとめ買いするケースもよく見られます

しかし、ラヴァーシュ・パンはイランをはじめとする西アジア、アルメニアなどのコーカサス地方で広く食されている上、歴史的にはこれまですでに800年以上にわたりこの種のパンが製造され、一般に普及してきたと言われています。2014年には、「ラヴァシュ:文化の一表現としての伝統的なパンの製法、意義、外観」として、アルメニアなどと共同でユネスコ無形文化遺産にも登録されました。

ラヴァーシュ屋さんの入り口。日本でパン屋さんといえば、OOベーカリーなど洋風のイメージがありますが、イランの伝統的なパン屋さんはこのように独自の雰囲気があります。

 

なお、特にこの種のナンについては、上記の写真のようにパン職人が1枚1枚手で作るいわゆる伝統的な方式で作られたもののほか、以下の写真のように工場で機械により大量生産されたものも売られています。しかし、風味の点でも、パン職人が丹精こめて作る伝統的なもののほうが美味しいように思われます。

 

 

こんどは、バルバリーと呼ばれるパンをご紹介しましょう。この種のパンは、パン生地を平たく伸ばした上に指で窪みをつけていくのが特徴です。また、装飾や風味を添える目的で胡麻を振ることもあります。

焼きあがったバルバリー・パン

捏ね上がったパン生地。これらを伸ばして指でくぼみをつけていきます。

 

捏ねたパン生地に、指で1つ1つ丹念に窪みをつけていきます。

窪みをつけたパン生地に胡麻を振り掛けます

さて、バルバリーというこのパンの名称の由来は、主にイランとアフガニスタンの国境付近などに暮らしている、ハザーラ族(別名バルバル族)に由来します。今から100年ほど前のガージャール朝時代末期に、バルバル族がテヘランでこの種のパンの製法を開始し、それが次第に人々の間に広まっていったことが発端だとされています。また、このパンは多くの場合、表面に窪みをつける前に重曹を溶かした水溶液が塗られます。

こちらは胡麻入りのバルバリー。胡麻なしよりも少々お値段が高いようです。

なお、面白いことに1つのパン屋さんで、バルバリーとサンギャクといったような複数の種類のパンを製造しているところはまず見かけず、ほとんどがバルバリー専門、ラヴァーシュ専門、といったように、それぞれのパン屋さんで専門とする種類は1つに決まっているようです。また、テヘラン市内のパン屋さん、特にバルバリーとラヴァーシュを製造しているところは、がイラン西部ザンジャーン州出身のアゼルバイジャン系(トルコ系)の人が運営している場合がほとんどです。

そして、4つめはタフトゥーンと呼ばれるタイプのものです。この種のパンも、先にご紹介したラヴァーシュ・パンと同様、酵母を使わずに薄く延ばし、その上で直径40センチほどの円形にいくつもの穴を開けた形状で作られます。タフトゥーンは、古い時代にはイランの家庭や村落部で作られ、その後市場や大都市圏へと広まっていったと言われています。

なお、タフトゥーンという名称の由来については、ペルシャ語で「熱」を意味する言葉;タフト+ヌーン(ナンの口語形)が、人々の間に次第に広まるに連れて呼びやすいように発音が変化し、タフトゥーンに変わった、とする説のほか、ペルシャ語で「赤熱させる」ことを意味する動詞「ターフタン」から来たとする説があります。いずれにしても、しばらくの間かまどの中にくっつけておかなければならないことに由来しているようです。

独自の伝統的なかまどの中でおいしそうなパンが焼きあがりました

 

この種のナンの製造工程を順に写真を追ってみていくことにしましょう。

生地を薄く平たく伸ばします。この際に独自の器具で細かい穴がいくつも開きます。

出来上がった生地を、1枚1枚丁寧にかまどの壁にくっつけます。

ちょうどよく焼きあがったところで、金属の細い棒をパンの穴にかけてかまどから取り出します

また、こうした代表的なタイプのナンのほかにもよく知られているものには、パン生地に水ではなく牛乳を混ぜることで、全体的にふっくらと仕上がったシールマール(ペルシャ語でシール・牛乳+マール・“塗りつける”の意味の動詞の語根による合成語)や、砂糖入りのガンディー(ペルシャ語で砂糖粒を意味するガンドの形容詞形)などがあります。

ふっくらとしたシールマール

材料に砂糖が使われているガンディー

さて、ここまでご紹介してきたのは平常時における一般的なナンの製造ですが、イランではラマダンとして知られる断食月などの特別な折に、独自のパンを製造・販売することもあります。以下は、イラン北西部の町タブリーズでの、ラマダン期間特製のパン作りの様子です。平常時の普通のパンよりも、製造過程に趣向が凝らされていることが伺えます。

 

ところで、イランではパンの原料となる小麦粉を、政府が安価で卸売業者やパン屋さんに卸しています。大量に卸売りされた小麦粉

このことから、パンはそのほかの食品と比べて非常に安く購入できます。しかし、その一方で既にお話しましたとおり、パンが食文化における主食であるのみならず、宗教的な観点から神の恵みとして特に大切にされています。このため、仮に食べ残しとなったり、さらにはしばらく時間が経過して乾燥し、硬化して食べられなくなった場合でも、普通の調理ごみとして処分することは罪とみなされます。ですが、大量の「残パン」が生じているのもまた事実です。では、こうしたパンの行き先はどうなるのでしょうか?

そこで、イランでは食べ残しのパンをほかのごみとは別に分けてとっておき、日本のちり紙交換屋さんに相当する、巡回式の廃品回収業者が回ってきた際に、ほかの不要物とは別に、「ヌーネ・ホシュキー」(乾燥パン)として渡すことになっています。

今から20年ほど前には、ナマキーと呼ばれる残パン回収業者さんが、リヤカーなどで街中を回ってきた際に、食べ残しのパンを渡し、それと引き換えに、食塩1袋やざるなどのプラスチック製品をくれるのが習慣になっていました。ナマキーというのは、ペルシャ語で塩を意味しており、当時はそうした業者さんが「ナマキー、ヌーネホシュキー」などと叫びながら、街中を回る光景がよく見られたものです。

一昔前まで存在した、残パン回収業者さん(ナマキー)

なお、現在では、古くなった冷蔵庫や家電製品などを買い取る業者さんが、やはりスピーカーで呼びかけながら軽トラックなどで回ってきますので、この時にそうした業者さんに引き取ってもらうことになります。

 

さて、イランではこのように、パンはたとえ乾燥し硬くなって食べられなくなっても、普通のごみではなく別扱い、再生可能な物質として扱われるほど、独自の敬意の対象となっています。イランの文化におけるこうしたパンの位置づけは、同国で使われている生きたことわざや慣用句の中に、パンがしばしば出てくることからも見て取れます。そこで最後に、実際にイランの慣用表現やことわざにパンが出てくる例をいくつかご紹介しましょう。

・「パンのことを考えよ、メロンは水だけ」;まず基本的な必須事項を優先し、付随的、枝葉末節的な事柄は後回しにせよ、という意味。ここでは、パンが優先されるべき機軸的な事柄や確実な物事、メロンが「割ったらほとんどが水分である」ことから、不確実でそれほど重要でないものとして扱われています。

・「かまどが熱いうちにパンをくっつけよ」;日本語の「鉄は熱いうちに打て」に相当することわざ。好機を逃してはならないことのたとえ

・パンを持ってくる人;一家の生計を担う人

・パンが油の中にある;油を使った料理の付け合せにパンを食べることで、パンがよりおいしく感じられることから、「形勢や成り行き、立場、旗色が有利、物事がうまく運ぶ」などの意味で使われる慣用句

2020年もあとわずかな日々を残すのみとなりました。本年は政治的緊張とその直後の新型コロナウイルス危機発生に始まり、その後は終始コロナ問題で終わったような感はぬぐえません。東京五輪は来年に持ち越されたのみならず、コロナ変異種の出現などとあいまって開催自体が危ぶまれる、という声も聞かれます。イランも少なからぬコロナの被害を受けており、ワクチン購入もアメリカでの政権交代に伴う制裁の行方に左右されそうな中、今後の政府の舵取りや、対米関係を始め世界との関係の今後の状況に焦点が集まりそうな気配です。

このような中で、少しでもイランから心温まるホットな情報を皆様にお届けしたく、毎月のレポートを発信してまいりましたが、いかがでしたでしょうか。

本年も、イランを取り巻く情勢がますます緊迫化する中、拙レポートをお読みいただき、有難うございました。今後まだしばらくは、コロナウイルスが猛威を振るう中、厳しい状況が続くかもしれませんが、どうか互いに手を携えて、力強く乗り越えてまいりましょう。遠くイランから、皆様のご多幸とご健勝を心よりお祈り申し上げております。来たる2021年こそ皆様にとりまして必ずや今年以上に素晴らしい年となりますことを祈念いたしまして、本年のレポートを締めくくらせていただきます。皆様、どうかよいお年をお迎えくださいませ。それではまた、新春のレポートでお会いしましょう。